スター・ウォーズの話
ゴールデンウィーク真っ只中、皆さんどうお過ごしでしょうか?
去年は、大型連休関係なく出勤していた私も、今年はお休みです。お家でのんびり。
「ゴールデンウィーク」という言葉は、映画業界が観客を呼び込むために始めた、というのは以前の雑学エッセイでもやりました(その45・ゴールデンウィークを作ったのは誰?)。
それに関連して今回は映画ネタで。
5月22日から、「スター・ウォーズ」シリーズのスピンオフ新作「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」が封切となります。
「スター・ウォーズ」の第一作目(作中の物語の時系列的には「エピソード4」ですが)、公開は1977年。
監督・脚本を手がけたジョージ・ルーカスにとっては、自分の好きな要素をてんこ盛りに詰め込んだ自信作でしたが、試写会での評判は好評とは言えず、酷評でした。
「変な映画」「ゴミ映画」とまで言われたルーカスは意気消沈し、国内にいると興行的失敗の情報が耳に入ってきそうなので、気分転換のために映画から離れて外国旅行に出かけます。
旅行先の映画館で、客が行列を作っているのを見かけて、
「ああ、自分の映画にも、あれだけの客が入ってくれたらなあ……」
なんて自虐的なことを考えていました。
しかし、行列ができていたその映画こそ、「スター・ウォーズ」だったのです。
「君の作った映画が大当たりだぞ!」と旅行先に伝えてくれたのは、盟友とも言えるスティーブン・スピルバーグでした。
試写会で酷評していた関係者たちの意見はどこへやら、「スター・ウォーズ」は世界的に大ヒット作品となりました。
ちなみに、「スター・ウォーズ」でハン・ソロを演じ、一躍有名となったハリソン・フォードも、この作品以前は知名度があまりない役者でした。
学生時代はシャイでおとなしく、イジメられても反抗できない弱気な子供で、大学時代は鬱病になって引きこもっていた時期もあるそうで。
出席日数が足りずに単位を落としかけて、成績を上げるために「演技についてのテキストを読むだけでいい」コースを専攻したそうですが、これが勘違いで、人前で演技しないといけない演劇コースでした。
恥ずかしがり屋の青年には、舞台の上で注目を浴びるなど地獄のような時間。
しかしこれが「人前で何かを演じて、自分以外の人物になるということは、気弱な素の自分を見せなくていいんだ!」と目覚めるキッカケになり、芝居は天職とまで思うようになります。
大学を中退し、演劇学校に入り直し、役者としての人生をスタートさせました。
一時期は挫折し、手先が器用だったので大工として生活していたそうですが(腕は良く、ハリウッドでも彼に頼む顧客が多くいたとか)、知人から紹介されて「アメリカン・グラフィティ」という映画に出演します。
これがなんと、ジョージ・ルーカスが監督デビューして間もない頃の作品。
その次の監督作品も、ハリソン・フォードがオーディションを受ける縁になり、その作品こそが「スター・ウォーズ」でした。
人生、何がどう転がるか、わからないものですね。




