「ひと山当てる」の「山」って?
シーズンごとの宝くじは毎年買うんですけど、今年はお盆の前も仕事が忙しくて、うっかりサマージャンボを買い損ねてしまいました。気づくと販売時期が終わってたんですよ。
次はハロウィンジャンボかな、なんて「宝くじでひと山当てて、あとは優雅な生活を!」と夢みているのは、私だけではないはず。
宝くじの当選確率を考えると、夢みたいな話ですけど、買わないと当たる確率はゼロ!
買えばゼロじゃなくなる!
ほんの少しでも当たる可能性があるならば、それに賭けてみるのが人生ってモンでしょう!
ところでこの「ひと山当てる」の「山」って、なんでしょう?
かつて、アメリカでは金山の鉱脈を当てて大金持ちになった人がおり、同じく金鉱を当てようと、一攫千金を夢見て掘削道具を持って山に入る人たちが大勢いました。
そして、山の麓や付近の町でも、そういう道具を売ったり、来客向けの宿屋が繁盛しました。これが世に言う「ゴールドラッシュ」ですね。
(たいていの人たちは、金脈なんて見つからずに、落胆して手ぶらで帰っていきました。この辺も、宝くじと同じようなものです)
「ひと山当てる」とは、「山に隠されている金脈・鉱脈を探し当てて、大儲けする」ことに由来し、「株や投機などで当てて、まとまった利益を得る」ことを意味します。
テストの前、「このあたりが出題されるかもな」と予想をして、そこを集中して勉強することを「ヤマを張る」とか「ヤマを掛ける」と言います。
この「ヤマ」も、「ひと山当てる」のと語源は同じく「金脈・鉱脈の眠る山」のこと。
「万が一の幸運を予測して物事を計画する」ことであり、「ひと山当てる」のと意味は似ています。
試験前にヤマを張るのは一種のギャンブルに近いですが、自分の読みが当たって、見事に試験問題が的中した時、その段階で既に嬉しいんですよね。
そして「問題は覚えてるんだけど、正解はどうだったっけ……」と、肝心な所が思い出せなかったりして。(経験者)
「山師」という言葉がありますが、元々は「鉱山技師」や「山林の伐採」など、山に関わる職業を意味しました。
ところが、「一緒に金山を掘って、大儲けしないか?」とウソみたいな話をもちかけてきて、人を騙す悪いヤツが多かったことから、「山師」は「詐欺師」「うさんくさいイカサマ師」の意味も持つようになっていきます。「山師根性」とか「山師的」とか、あまり良い意味で使われません。
「山師の玄関」ということわざもあります。
山師は、人を信用させるために玄関先だけ立派に作り、「俺は稼いでこんなに立派な家を建てたんだ」と騙すことから「外観ばかり立派で、中身が伴わない」「外面だけのごまかし」を言います。
「自分の利益を前提として、直感でテキトーなことを言う」のを、「ヤマ勘」と言ったりもします。
これも「山師の勘」から来ているので、あまり良い意味ではありませんね。
昔、「霊感ヤマカン第六感」というクイズ番組があったのを思い出しました。
女性のスキャットで始まるオリジナルのオープニング曲が、なんか怖かったんだよなあ。




