映画「ローマの休日」、原題に隠された意味
1953年、オードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペックが主演したアメリカ映画「ローマの休日」。
身分を隠して一般市民のフリをして市街に降り、休日を楽しむアン王女と、王女のスクープを狙おうと行動を共にする新聞記者ジョーのロマンス。
恋仲の男女が結ばれるハッピーエンドではなく、身分の差から別れる切ないラストだからこそ、往年の名作として、現代まで輝く作品。
この映画の原題は「Roman Holiday」。
これだと「ローマ人の休日」なんですよね。
「ローマの休日」だったら、「Holiday In Roma」が正しそうにも思えますが。
実は、「Roman Holiday」は、英語の慣用句だそうです。
かつて、古代ローマ人は、休日になると、奴隷たちをコロシアムで戦わせ、生きるか死ぬかの死闘を、観客席で眺めて「娯楽」として楽しんでいました。
それゆえに「ローマ人の休日」という慣用句は「他人を犠牲にして自分の利益を得る」「人の苦しみを見て喜ぶ」という意味があるのだとか。
アン王女は、昔からのしきたりや息苦しい生活に窮屈さを覚え、逃げ出しますが、自由を楽しんでいる裏側では、心配して探し回っている側近の人たちがいます。
また、クビ寸前の新聞記者ジョーは、明らかにアン王女自身が身分を偽っているのを分かった上で、特ダネを掴んで新聞社に戻るために、騙されたフリをし続けます。
二人とも「自分の利益」を優先しているわけです。
そういった背景があるからこそ、自由を捨てて“王女”の立場に戻るアン王女、スクープを潔く諦めるジョー、最後に「自分の利益」を捨てる姿が、見ていて心地よく映るのです。
有名な話ですが、「真実の口」でグレゴリー・ペックが手首を突っ込んで、手を抜くと手首から先が無い……それは服の袖に手首から先を隠していただけで、オードリー・ヘプバーンはビックリ、というあの場面は、撮影の際、グレゴリー・ペックがアドリブで考えたものです。
当時新人だったオードリー・ヘプバーンの緊張を解くため、グレゴリー・ペックがああいった「ドッキリ」を仕掛けて、リラックスさせようとしたのだとか。
(最近だと「ハコネーゼ」のCMで明石家さんまがやってましたね)