立て籠もり
私は今、使われなくなって久しい廃工場にいる。
「武器を捨てて投降しなさい。君は完全に包囲されている。逃亡は不可能だ」
「うるせえ! それ以上余計な事抜かすと、この女ぶっ殺すぞ!」
犯人は狂乱状態一歩手前だった。私は意を決して賭けに出た。
「何を言っているんだ。君は一人だ。人質などいないぞ」
「ふざけるな! 人質はいる!」
「ならばその人質を我々に見せてくれないか?」
しばらく沈黙が続いた。
「やはりいないのだな? 人質がいると偽って時間を稼ぎ、仲間の到着でも待つつもりか?」
「違う! 人質はいる!」
「いや、いない。君は一人だ。事件はもう一ヶ月前に終わっているんだ。人質は無事救出している」
「嘘をつくな!」
犯人は頑強だった。私は冷静に言った。
「君はその時の銃撃戦で死んだのだよ。もうそこに留まるのはやめて、楽になりなさい」
「・・・」
犯人は工場から出て来た。私は犯人に近づいた。彼は泣いていた。
「さあ、もう行きなさい。君はここにいてはいけない」
犯人はかすかに頷き、スーッと消えて行った。
「ありがとうございました」
そう言って私に声をかけたのは、犯人の母親だった。
「これで息子もようやく成仏出来ます」
「はい」
そんな私達を遠くから見ていた黒ずくめの男が、
「あんた達、もう気がすんだろう。そろそろあんた達も行ってくれないか?」
えっ?
私は犯人の母親と顔を見合わせた。
そうか。
私はあの日犯人と撃ち合って死んだ。
そして犯人の母親は息子の死を知って自殺。
私達は皆死んでいたのか。