82 肉野菜炒め
あれから一刻 (2時間) ほど温泉施設でゆっくりした俺たちは夕刻前に王城へ戻ってっきた。
マリアベルは遊び疲れたのか、俺の腕の中ですやすや眠っている。
さっそく部屋付きのメイドさんを使いにやりマリアベルを迎えに来てもらう。
「ただいま! 今日は何して過ごしたんだ?」
「お帰りあんた。今日はおばば様がお茶に呼んでくれたり、午後からはメアリーちゃんが来たから庭に出て遊んだりかねぇ」
「そっかそっか」
退屈せずには過ごせたようだな。
俺もここ数日のことをナツに話して聞かせる。
モレスビーへ行ったことや露天風呂でマリアベルと会ってビックリしたことなど様々だ。
夕食の時間まではパワフルな子グマ姉弟と遊んで過ごした。
無邪気に遊んでいるだけのだが、レベルが上がっていることもあり相手するのも大変になってきた。
力で負けることはないけど、部屋の中で暴れられるといろいろ壊すので困ってしまうのだ。
まあ、山暮らしの子供たちは元気があっていいのだが。
そして次の日。
俺はアランさんと面会し、まずはモレスビーの冒険者ギルドから預かってきた手紙を渡した。
続いて、デレク (ダンジョン) からモレスビーまでの街道を通す計画に伴う現地視察の報告をあげていく。
こちらは、もっとも大変な樹海の切り開きや、山間部の山道の整備はほとんど終わっているので、あとは大した手間でもないだろう。
そして、胡椒が発見されたことを報告した。
「それほどの事……なのか?」
何も知らないアランさんは半信半疑で驚いている。
「それでは昼食にて試してみることにしましょう」
俺は許可を得て厨房へ入ると、昼食を準備していたコックに胡椒の基本的な使い方を教えていった。
せっかくの風味を損なわないよう、使わない時はなるべく密閉された容器に保管するように指導もおこなった。
そして、みんなで昼食を頂く。
「「「――――!」」」
「「「――――!」」」
んっ、会話がまったく聞こえない。それほど食事に集中しているのだろう。
かなりの衝撃を受けていると見た!
そうだろう、そうだろう、初めてならその衝撃は半端ないよなぁ。
そして食事が終わるとアランさんがニッコリ笑顔で握手を求めてくる。
「これは凄い! 感動した! ゲンの話しは本当だったな。すぐ対処するように手配しよう」
それに続き、王城の厨房を預かるコック長までもが食堂に顔を見せ、俺に握手を求めてくる始末であった。
――やれやれ。
まあ、わかってもらえて良かったよ。
これで胡椒のことは敏速に動いてもらえるだろう。
お次はマリアベルの事か……。
昼食会のあと、部屋に戻ってきた俺はさっそく王妃様へアポイントを取る。
すると、意外に早く面会の許可がおりてきた。
俺への優先順位が上がったのだろうか?
――ちがうな。
もうすぐ、おやつの時間だからだ。
しかも呼び出し先がテラスになってるし。
………………
お茶うけにと木の器にかりんとうをザラザラと盛り『午後の紅茶』と洒落こむ。
はじめは『何ですかコレ?』という顔だった王妃様も、今はポリポリ美味しそうにかりんとうをつまんでいる。
食べるときに音がしても、ここはテラスなのでさほど気にならない。
ゆるりと談笑するなかで、マリアベルのことを話していく。
王城に居る間、マリアベルをしばらく指導したい旨を王妃様にお話しした。
「そうねぇ、それでは10日程お願いしてみようかしら」
承諾は得られた。
10日か……。 まぁ何とかなるだろう。
さっそく次の日、朝食後にマリアベルの部屋を訪ねていった。
連れ出せたのはいいがお付きメイド3名も付いてきた。
……それもそうか。お姫様だもんね。
みんなで温泉施設へジャンプした。
本日のダンジョン突入メンバーは俺・シロ・熊親子・メアリー・マリアベル・お付きメイド1名だ。
残り2名のお付きメイドさんは温泉施設の休憩所にて待機だ。
みんなでダンジョン・デレクに突入する。
今日は3階層からだったよな。
マリアベルはすでにシロの背に乗っている。
「じゃあ、あんたぁ。私らは先にいってるわよ、階段前で待ってるから」
「おう了解。気をつけてな」
熊親子は別行動で魔石を集めていくようだ。
4階層へ続く階段で落ち合うことに決め、各自それぞれ散っていく。
俺たちは適度に休みをはさみながらも、どんどん探索を進めていった。
マリアベルがシロの上から魔法を放つと、残った敵をメアリーが一掃していく。
ちゃっちゃと実に小気味よい戦闘である。
メアリーもマリアベルの面倒を良く見てくれているし、ふたりとも楽しそうでなにより。
あれよあれよと言うまに目的の階段へ到達した。
熊親子とも無事に合流できたので、シロに浄化をかけてもらい一旦温泉施設へ戻ってきた。
すると厨房ではすでにスープが出来あがっていた。
(手回しが良いなぁ)
さすがは王城に務めるメイドさんである。
ナツと共に肉野菜炒めを中華鍋でササッと作っていく。
この中華鍋はデレクが作ってくれた鉄打ち出しの特別製だ。
大きな中華お玉と穴あきの片手鍋もあるから、唐揚げなんかもお手のものだ。
出来たての肉野菜炒めを皿によそって白パンを添えて出した。
「「「いただきまーす!」」」
さっそく食べはじめるみんな。
「「「…………!」」」
メイドさん達が目を大きく見開き、口をおさえたままフリーズしている。
フフフッ! どうやら魔法が効いたようだな。
さっき俺が調理した肉野菜炒めはもとより、メイドさんが作ってくれていたスープにも胡椒を効かせてあるのだ。
(どうよ! 魔法みたいだろう)
それからが凄かった。……食べる速さが。
もれなくおかわりを所望された。
まあ、肉野菜炒めは簡単だからな。追加でササッと作って出してやる。
子供たちには胡椒の量を少な目にしたのだが、それでも次々に空の器を差し出してくる。
自分の作った料理を「おいしい!」と言っていっぱい食べてもらえるのは、やっぱり嬉しいもんだよなぁ。
――半分は胡椒のおかげなんだけどね。
テーブルを見まわすと皆さん食べ過ぎのご様子だ。
メイドさんまで椅子の背にもたれ掛かりうなだれている。
――やれやれ。
お腹がまんぷくになった子供たちは休憩室の畳の上でかたまって眠ってしまった。
「ここの片づけはやっておきますので、よかったら温泉の方へどうぞ」
ナツがメイドさんにバスタオルを渡しながら促している。
メイドさん達はお互いに顔を見合わせ頷いている。
――これはあくまで仕事なのだと。
『美人の湯』と謳われる温泉を目の前にして入れないのは可愛そうだよな。
後片付けを終えた俺はシロを呼ぶと、女子の脱衣場に浄化を頼んだ。
――なぜか?
マリアベルを連れ出す際に目的地を伝えてなかったので、着替えなどを持って来ているはずがないのだ。
せっかくの風呂上りに、そのまま身に着けるのは……辛いよな。
………………
子供たちが起きだしたので、みんなを洗いあげたあと一緒に露天風呂に浸かる。
はぁ――――――っ、この一瞬がたまらない。
風呂を上がると、子供たちは電池が切れたおもちゃのようにパタパタと眠りこけていった。
また寝るのか……。
(マリアベルが加わったことで、一段とはしゃいでいたからなぁ)
メイドさん達には風呂あがりのエールという訳にはいかないので、代わりに特製ミルクセーキを出してあげた。
シャビンシャビンに半分凍ったやつだ。
これにはメイドさんも悲鳴をあげていた。
ハハハッ、一気に飲むからだ。
頭がキ――ンとなるよな!
小波のときはいいが、大波が来たときはたまりませーん!
てなことで再び昼休みを取ったあと、午後からのダンジョン攻略を開始した。
4階層からだ。
ここからはゴブリンが出てくるのだが全く問題ない。シロとメアリーが一緒なので。
俺はデレクと打ち合わせをしながら後ろから付いていくだけだ。
そして4階層から5階層へと移り……。
やって来ましたボス部屋。
(さて、どうするか?)
入れるのはマリアベル、そして少しは戦えるお付きのメイドさん1名か……。
まあ、5階層のボス部屋ぐらいなら大丈夫かな。
マリアベルが身に着けている装備はワイバーン革のマントと帽子だ。
この前狩ったワイバーンの革をデレクに頼んで作ってもらったのだ。
それにしても、革のなめしも完璧だし器用なもんだよな。
サイズは良いとしても、デザインや胸でとめるボタンなんかはどうしているんだ?
そう聞いてみたら『リサイクル』しているそうだ。
リサイクル? …………ああ、そういうことね。
どうりで、町で売っているヤツとはつくりやデザインが違ってると思ったよ。
つまり、ダンジョンに入ってきた探索者のものを参考にしたりリサイクルしているのだ。
メイドさんの方はメイド服の上に革の胸当てとブーツを履いてるぐらいで、大した装備は付けていない。
得物はレイピア。刃渡りは100㎝ぐらいあるかな。
あんな細くて折れないのかねぇ。
自信のほどを聞いてみたが2人共やる気だ。
まあ、シロの結界はあるし俺も一緒に入るから問題はない。
するとメアリーがマリアベルに指輪を付けさせている。
シルバーマジックリング:MP20増のやつだ。
なるほど、よく気がついたな。
メアリーの頭をやさしく撫でてあげた。
では、行くとしますか。
マリアベルがボス部屋の前に立つ。
――ゴゴゴゴゴゴゴッ!
鉄の扉が奥に開いていくと、マリアベルが小さな足で テテテテテ――ッ と駆けていく。
俺とメイドさんも後に付いて中へ入っていく。
――戦闘開始だ。
だがゴブリン共は一向に動こうとしない。相変わらずの舐めプぶりだ。
少しは勉強しろよと言いたいところだが、
生き残れるゴブリンなんて居ないのだからケーススタディが記録されることはない。
あれっ、どこ行った?
余計な事を考えていたせいで、目の前にいたマリアベルが消えていることに気付くのが遅れてしまった。
そう思っている間に、舐めプのゴブリンが後ろのボス共々倒れ伏した。
ええっ、何が起こった?
すると右奥の方から手を振りながらこちらに向かってくるマリアベルの姿が見えた。
「…………」
そうだよな、彼女も瞬間移動が使えるのだ。
攻守に渡ってこれほどチートなものもないだろう。
俺は拍手をしながら笑顔でマリアベルを迎える。
「すごかったぞー。マリアはつよいんだなぁ」
そのまま抱き上げてやる。
「シロは? シロどこ?」
「シロか。シロならお外でまってるぞ。すぐ行こう」
魔石を拾いみんなの待つ出口へ向かった。
マリアベルはみんなに手を振っているが、俺はそのまま進んで転送台座の玉に触れさせた。
続いてメイドさんも玉に触れていく。
よっしゃ、今日のところはこれまでだな。
せっかくなのでマリアベルに転送陣の操作を任せ迷宮前広場へと帰ってきた。
続いて熊親子も帰ってくる。
あとは温泉施設で待機していたメイド達と合流。
みんな揃って王城へ帰還するのだった。




