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67 母親の覚悟

 怒涛(どとう)のステーキパーティーが終了して半刻 (1時間) 。


 始めは(うな)り声をあげていた子供たちも今は静かにお昼寝中である。


 俺は散らかっていた残骸(ゴミ)を片付けたあと、膝の上にあるシロの頭を()でながら、ひとりゆるりと紅茶を飲んでいた。


 その間にデレクに頼んで、


 石鹸を作る時に利用した重曹水(じゅうそうすい)。これをさらに精製(せいせい)してもらって食用に適した物にしてもらっている。


 これで、また色々と作れるようになったな。


 サイダーなんか作ったらメアリーが喜ぶだろうなぁ。


 一方ではサラにお願いして、


 白砂糖の精製中にできるキザラと、これをさらに精製した『グラニュー糖』を作ってもらっていた。


 さらに、自家製のバターや生クリームなども多数まわしてもらっている。


 これらのスイーツに関しては3つあるダンジョンの中でもサラの担当だな。


 今回の重曹の件もすでに報告している。(うるさいからな)


 なにせ向こう (モンソロの町) にいた頃は、スイーツについて毎日のように質問攻めにあってたぐらいだ。


 結構な頻度でスイーツ研究会も開いているし。


 今では「プリン」と言えばカラメルソースたっぷりのプリンが、「ゼリー」と言えばぷるりんとしたゼリーが皿とスプーンつきで出てくる。


 生クリームを開発したおかげでクレープのレパートリーもかなり増えたな。


 アレンジなんかも入れて20種類以上はあるだろうか。ディッ○ーダンも真っ青である。


 そんなわけで重曹が手に入ればホットケーキ・ドーナツ・()しパン・ケーキなどいろいろとできるだろう。


 勿論(もちろん)、これらのレシピも知ってるかぎりはサラに教えていくつもりだ。


 サラはダンジョンでありながら『スイーツ・パティシエ』をめざしているのだ。(汗)


 しかし、どこを探してもないんだよねぇ。『チョコレート』が。


 カカオ自体見たこともないしなぁ。


 あと料理つくるのに胡椒(こしょう)とかお酢とか欲しいんだよね。


 米もまだ見たことないし。


 まあ、あったところでガッカリするんだろうけど。たぶん。


 あのふっくらしたご飯の味は、お米の文化が発達している日本だからこそなんだよなぁ。


 できることなら日本からを持ってきたいよ、コシヒカリ。


 しかし、無いものねだりをしていても始まらない。


 有るものでより豊かに。――だな。






 おっ、メアリーが起きたようだ。目をこすりながら周りを見ている。


 そして俺を見つけると、ふよふよと近づいてきて俺の(ひざ)に座った。


 「お水飲むか?」 


 水筒を渡してあげると、そのまま両手で持ってグビグビ飲んでいる。


 そうしてメアリーを抱えまったりしていると弟クマがむくっと起きた。


 しばらくボ~としていたが、あわてて川の方に走って行った。


 オシッコだったようだ。


 おっ、ちゃんと手を洗っているな。えらいえらい。


 アライグマのようではあるが……。


 衛生面(えいせいめん)は大事なことだよな。


 手を洗って戻ってきた弟クマ。姉クマを起こすようだが何か顔が笑っている。


 (だま)って様子を見ていると、洗ったばかりの手を姉クマの顔にピタッとあてた。


 姉クマはそれは盛大にハネ起きた!


 そして、イタズラ好きな弟クマはというと……。


 状況を(さと)った姉クマから無慈悲(むじひ)なゲンコツをもらい、頭を抱えてうずくまっていた。


 姉クマはそんな状況(ところ)を見られたのが恥ずかしいのか、俺と目が合うと(うつむ)いてしまった。


 「まぁまぁ、これでも食え」


 俺は笑いながらも(ふところ)からオレン飴を3つ取り出すとメアリーと子クマ姉弟(きょうだい)に渡した。


 「()んじゃダメだぞ。舐めるんだ」


 シロも尻尾を振って近よってきたので、硬めの干し肉を(くわ)えさせた。






 「俺はゲン。こっちは従魔(じゅうま)のシロ。そしてメアリーだ。そっちはなんて名前だ?」 


 あらためて名前を聞いてみた。


 すると姉クマは ハッ! なって、


 「わたしはメル、そして弟のガル。お肉おいしかったです。ありがとう!」


 弟の頭を押さえながら一緒に頭を下げている。


 「そうか旨かったか。それは良かった。ところで今日は2人でここまで来たのか?」


 「うん、そう。朝家を出てさっき着いたの。大きな壁とか出来ててびっくりした」


 「ああ、この周りのヤツな。そうか道まで塞いでたのか……。それはいいんだが、こんな所まで子供だけで来たら危ないだろう。お母さんはダメだと言わなかったの?」


 「え~とね、お父さんを(むか)えにきたの。ぜんぜん帰ってこないから……」


 「えっ、どのくらい帰らないの?」


 ………………


 もう20日程帰ってないそうだ。


 母親に(たず)ねても何も答えてくれないし、村の人達も分からないと言うだけらしい。


 しかし(かげ)では『ヤツは迷宮に食われた』とか『モンスターにやられた』などと(うわさ)になっているそうだ。


 そうなのか……。


 ダンジョンに挑戦して戻らなかったんだな。


 こんな小さい子供が2人もいてなぜそんな事になったのか?


 その理由が話を聞いていくうちにだんだん明らかになってきた。






 要因(よういん)一旦(いったん)はこの子たちの母親にあったのだ。


 もともと身体の弱い母だったそうだが、ここ1年程で(さら)に悪くなってしまったようだ。


 今では歩くことすら満足にできない状態なのだとか。


 その妻の治療費(ちりょうひ)や薬代を(まかなう)うため。


 加えては一家の生活費を捻出(ねんしゅつ)するため。


 なまじっか腕に覚えがあった父親はこの春から冒険者となった。


 そしてダンジョンに出入りするようになったと……。


 はぁ~~~。もっと自分が居なくなった時のこともちゃんと考えておけよなぁ。


 今さら言ったところでどうしようもないのだが。


 このままだと母親はそう長くはない。村に居ればこの子たちは()えずに済むのか?


 (どうすっかなぁ~)


 助けることは出来ると思うんだが……。


 なんか違うような気もするんだよなぁ。


 これでは、ただ無責任な旦那(だんな)尻拭(しりぬぐ)いではないのか?


 治療(ちりょう)するにしても対価(たいか)はもらわないとね。


 慈善事業(じぜんじぎょう)をやっている訳でもないし。


 いっその事、村ぐるみ巻き込んでみるか?


 村で病人の治療をおこなう替わりに、この温泉施設(おんせんしせつ)で働いてもらうとか。


 もちろん賃金(ちんぎん)は別に出すし、風呂も毎日入り放題。


 うん、それならいけるんじゃないか。


 ダンジョンや施設の権利(けんり)はいずれ王国に渡すから、熊人族(くまびとぞく)雇用(こよう)(うなが)しておくか。


 あとは村長に会ってからの話だよな。






 それじゃあこのまま村に行ってみるとするか。


 さっそくメルに村まで案内してくれるように話す。


 するとすぐに「良いよ」と返事が帰ってきた。


 特によそ者を入れないとか、閉鎖的(へいさてき)な所ではないらしい。


 せっかく作った温泉施設には、デレクに頼んで結界(けっかい)を張ってもらった。(認識阻害)


 俺たちは熊人族の村に向け出発した。


 森の道はジャングルに(おお)われ鬱蒼(うっそう)としている。


 その中をシロが先頭にたち、草木をウインドカッターでなぎ倒しながら進んでいく。


 メアリーもメルとガルの姉弟もキャッキャ言いながらシロの後を追っていく。


 すると半刻 (1時間) 程で村まで辿り着(たどりつ)くことができた。(めちゃハイペースです)


 「…………」


 う~ん、村というよりも集落か?


 あっちにぽつん、こっちにぽつんと家がまばらに建っている感じ。


 村を(かこ)う柵などもない。


 これはどうなの? 危険じゃないの?


 まあ、俺が心配することでもないよな。獣人(じゅうじん)なんだし。


 まずはメル達の家へ案内してもらう。


 「着いたよぉ。ここだよ」


 そこはスラムのバラック小屋よりは気持ちマシな程度の家。


 ――当然ドアなどない。


 「「ただいま~!」」


 子クマ姉弟(きょうだい)が元気よく中へ入っていくので俺たちもそれに続いた。






 家の中は薄暗(うすぐら)かった。俺は目を細めながら周りを見る。


 「――おかえり。あんた達ごはんは食べたのかい?」


 か細い声が奥から聞こえてくる。


 「うん、お肉をいっぱい食べたんだよー。お腹がパンパンになっちゃったぁ」


 ガルが無邪気(むじゃき)に答えている。


 「へぇ、それはすごいねぇ~。いったい誰に食べさせてもらったんだい?」


 「このお兄ちゃん!」


 ガルがそう言って俺の方を指差す。


 「――へっ!」 


 ビックリして母親は寝たままの姿でこちらを振り返った。


 「こんにちは。俺はゲン。こっちが従魔(じゅうま)のシロ。そしてメアリーです」


 笑顔で挨拶した。


 子供たちもニコニコ笑っている。すると母親は、


 「そうですか、それは大変お世話になりました。そのなりは人族さんですよね。このような辺鄙(へんぴ)な所に何用でしょうか?」


 「ああ、俺はこの上のダンジョンに用があって来てまして、この子達ともそこで偶然(ぐうぜん)に会ったのです」


 「えっ! この子達はまたダンジョンに? あそこは危険だから近づいてはダメだとあれ程言っておいたのに……」


 「事情はお聞きました。その……、大変だったようですね。子供たちの気持ちも分かりますので、あまり(しか)らないでやってください」


 「そうなんです……。すべては私のせいなんです。こんな身体(からだ)でなければあの人だってあんな事には……」


 「しかし、もうどうにもなりません。私はいずれ死にゆく身です。ただ残されるこの子たちが心配で心配で……」


 「…………」






 子供たちには飴玉を渡し、家の前で遊んでくるように呼びかける。


 そして俺は静かになった部屋で話しはじめた。


 「何とかなるならどうします? 身体を治すことが出来るとしたらあなたは何でもできますか? 例えそれが夫の命を(うば)ったダンジョンが相手だったとしても」


 「…………」


 「…………」


 「この身体が治るのであれば何だってします。それがダンジョンの為でも、貴方の為でもです」


 小さな声でのやり取りだったが、


 目を逸らさず、まっすぐに俺を見てくるその瞳に母親の覚悟(かくご)というものが伝わってきた。


 ――しっかり働いてもらいますよ。



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