20 モンソロ到着
そろそろ夕刻になるので、シロを連れて1階にある食堂に下りてきた。
んっ、あれ、既にみなさんお集りのご様子……。
いや違うな、これはだいぶ前から飲んでいたんだろう。テーブルの上には横に倒したジョッキが複数転がっている。
そして、カイアさんは満面の笑みを浮かべてグビグビやっていた。――とても上機嫌だ。
ん~、これはどうしたことだ? 俺はテーブルの一角に座ると、隣りに座っているマクベさんに話しかけた。
「カイアさんずいぶん楽しそうですねぇ。何か良いことでもあったんですか?」
「いやいや、それなんだがねぇ、今日持ち込んだ例の皮がね偶然にも ”渡りに船” のような感じになっちゃってさぁ。大商い (おおあきない) になったんだよ。それで戻ってきてからこっち、こんな状態になっているんだよ」
ため息つきながら小声で教えてくれた。
「はぁ、そうだったんですね。それは良かったじゃないですかぁ」
そのようにマクベさんに返した俺は、手を上げて店員を呼んだ。
「ご注文でしょうか?」
「エールを1つ、それから何か肉を焼いてもらえますか?」
そう尋ねると、今日はボアの肉が入ってるらしいので、それをレアで2人前頼むことにした。
「ゲンちゃ~ん、今日は私のおごりだからジャンジャンやってよね~。もちろんシロちゃんもね~」
先にエールが届いたので、
「お取引が上手くいったと聞きました。おめでとうございます! 遠慮なくいただきます」
お祝いを述べ、楽しくお酒をいただく。
コリノさんは相変わらずチビチビとやっているが、それなりに楽しげだ。
シロも尻尾を振りながらボア肉を美味しそうに食べている。
みんなが共に幸せな時間を過ごすことができたようだ。
夕食が終わったので各自部屋に引きあげた。
ヘロヘロのカイアさん、さっき壁とゴッチンコしていたが大丈夫なんだろうか?
明日までお酒が残らなければいいのだが……。
真っ暗な部屋にロウソクの火を灯す。
俺はベッドに腰掛けるとブーツを脱いだ。
――ふぅ。
何かホッとするひと時だ。ああっ珈琲が飲みたい!
まぁ、珈琲は無理としても紅茶はふつうにありそうだよな。町に着いたら探してみよう。
さぁーて、明日はいよいよモンソロの町か。
何をして生きていこうかな?
死ぬまではシロと一緒だ。それだけは何があっても変わることはない。
まぁ、若くしてもらっているし、ある程度の経験もある。チートだってもらった。
それに、何ていっても俺にはシロがいる。こんなに心強いことはない。
あとはスキルと魔法の習熟。これが先だよな。
剣術もしっかり習う必要があるし。
なんだ……、やる事なんていっぱいあるじゃないか。
ぺしぺし! ぺしぺし!
ううん、おっ、もう朝か……。
感覚共有で、おぼろげながらシロがベッドサイドに居ることが分かる。
頭を撫でてやってるとイメージ (念話) が流れてくる。
『あそぶ、おきた、おそと、おにく、うれしい、さんぽ』
「そうだな、朝の散歩に行こうか」
部屋の中は真っ暗でシロの姿は見えないけど、きっとご機嫌で尻尾をブンブン振っているだろう。
服に浄化を掛けてもらいブーツを履いた俺は手探りで廊下まで出た。
そのまま暗い階段を下りていき、宿番の人と挨拶を交わし表にでた。
朝のピンと張った空気が何とも心地よい。――いい朝だな。
村のメインストリートに沿ってシロと一緒にぐんぐん歩いていった。
日が昇ってきたので、俺たちは散歩を切り上げ宿屋に戻ってきた。
食堂を覗くと、みんなは既にテーブルに着いていた。
「おはようございます!」
「やあ、おはよう! もう朝食は頼んであるから座って待つといい」
「はい、ありがとうございます」
俺は挨拶を交わすと空いている椅子に腰掛けた。
今日の朝食メニューはパンとスープそれにベーコンサラダが付いている。
シロには硬めの干し肉が別に頼んであった。
………………
ゆっくりと朝食を食べた後は、馬車を表にまわしてもらって出発準備を整えていく。
そして、俺たちはモンソロの町へ向け出発した。
世話になったタミねーさんとガンツには、また近いうちに会いに来よう。
『お二人共それまでお元気で』
そう心で念じながらマギ村を後にした。
昨日ガンツ工房で購入したバスタードソードは背中のダッフルバッグに入れてある。
帯刀しないのか?
しない、しない、装備したところで使えないんじゃ話にならないからね。
冒険者ギルドに行けば、剣の指導なんかも頼めるのだろうか?
宿に泊まるならギルドの近くが便利でいいかな。
その辺は町に着いてからコリノさんにいろいろ教えてもらおう。
まぁ、向こうに着いたら冒険者ギルドまでコリノさんにくっついていこう。――それがいい。
途中で一回小休止をはさんだが昼にはモンソロの町へ到着した。
一応、城塞都市になるのかな? 4m程の石垣がぐるりと町の周りを囲っている。
町門は開け放たれており、通行は自由みたいだ。
門の横にはの衛兵詰め所があり、門番が一人立っているだけだった。
「それじゃあ俺たちは……」
冒険者ギルドの場所を尋ねるため、コリノさんに声を掛けようとしたのだが……。
「ゲンちゃんもシロちゃんもしばらくは家に来なさいよ~、部屋も空いてるし泊まれるから。ねっ!」
いつの間にやら馭者席へ移動していたカイアさんから声が掛かった。――かぶせ気味に。
……そして俺とシロは有無もいわさず、マクベさんの家へと連行されてしまった。
南門から歩いて30分ほど行ったところに割と賑やかな通りがあるのだが、その通り面した一角にマクベさんの家が……というか商店があった。
へぇ~、マクベさんお店も構えてたんだ。
1階は石造りで2階は木造だよな。間口はそこまで広くないが奥行はありそうだ。
周りを見てもこんな造りの家が多いようである。
馬車と共に裏口にまわり、井戸で手と顔を洗ってから家の中に入った。
「どうも、お邪魔しまーす!」
マクベさんに付いていくと、食堂のテーブルに座って待つようにと言われた。
すると、お手伝いの人だろうか? 俺の座っているテーブルへお茶を持ってきてくれた。
シロも木の器に水を入れてもらっている。
うん、これは……ハーブティーなのかな?
飲んだあとからほのかにハーブの香りが漂って良い感じだ。
これは買いだな! あとで売っている店を聞いてみることにしよう。
一方、旅から戻ったばかりのマクベさん夫妻は、着替えるのも後回しにバタバタとお店の中を動きまわっていた。
行商の旅でお店を長く離れていたのだ。報告や指示することがたくさん溜まっていたのだろう。
コリノさんは護衛依頼の完了報告をしに冒険者ギルドに行ってしまった。
まぁ、そのうち冒険者ギルドで顔を合わすこともあるだろう。
シロの頭を撫でながらいろいろ考えていると食堂の入り口から視線を感じた。
振り返ってみると、
小さな女の子がドアの隙間から、半分だけ顔を出してこちらを覗いていた。
興味津々のようだが、こちらと目が合うとサッと隠れてしまう。 そして暫くするとまた覗いてくる。
振り向いて目が合うと、またサッと隠れてしまう。――なにこれ、可愛い。
そのようにして、しばし見たり見なかったりで遊んでいると、あちらも慣れてきたのか、
「おじさん、だーれー?」
ようやく出てきてくれた。
「俺はゲン、こっちはシロだよぉ。よろしくね!」
膝を折りシロを撫でながら、俺はニッコリ笑って答えてあげた。
「かわいいワンちゃん!」
少女の興味はシロに向いてしまったようだ。お座りしているシロに駆け寄ってきた。
そして、出しかけていた手を途中で引っこめて、
「さわってもいいの?」
「うん、いいよ。撫でてあげるとすごく喜ぶから」
そう言って俺は頷いてあげた。




