ごめんで済まない
星も凍るほど寒い冬の夜。
最寄り駅を出て帰宅途中、僕は大変なものを見つけた。
コンビニに寄ろうと、近道になる駅の横から、駐車場を抜けていたときだ。
「⋯⋯⋯⋯?」
見覚えのない段ボール箱が、道の傍の植え込みに置かれている。
昨日の帰りもここを通ったが、こんなものはなかったはずだ。
ゴミの不法投棄だろうか。治安が悪い感じがして嫌だが、触るのも抵抗がある。誰かがゴミ拾いで片付けてくれるだろう、と通り過ぎようとした。
「⋯⋯にー⋯⋯にー⋯⋯」
かすかな、声がした。
ゾッとした。
声の出処はすぐにわかった。
僕は心臓がバクバク鳴るのを感じながら、おそるおそる段ボールを開けた。
「にー⋯⋯にゃー⋯⋯」
底に、仔猫が蹲っている。
ボロボロのタオルに埋もれるようにして、三匹。寒さのため、互いで暖を取っているのだろう。目は開いていなかった。
どこかの誰かが、身勝手にもこんな寒空の下に捨てた猫たち。
申し訳程度に、カイロがひとつだけ入っているが、それも冷えかけている。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
まず僕が思ったのは、うちでは飼えない、ということだった。今の賃貸はペット禁止だ。
次に、逃げようとした。
見なかったことにして、このままコンビニに行って、お菓子を買って帰ってしまおう、と。
誰か別の人に見つけてもらってくれ、と。
ごめん、と。
だが、それを許さない自分がいる。
ごめんで済まない。
捨てた人間も「ごめん」と言ったかもしれないが、逃げれば、なにもしなければ、この小さな命が失われてしまう。
僕は段ボールを抱えると、まだ開いている動物病院へ向かった。
駆け込んだ動物病院で、弱っている仔猫たちを処置してもらった。
幸い、事情を説明すると、回復するまでは預かってくれることになった。それと、獣医さんが猫の保護団体の人と顔馴染みで、里親募集の手筈も整えてくれることになった。
お金は幾分か支払ったものの、仔猫たちの命には変えられない。
三匹全員の里親が見つかることを願いつつ、時折、動物病院へ様子を見に行っていた。
二匹、里親候補が決まった。
だが一匹だけ、なかなか手を上げる人がいなかった。
僕は悩みに悩んだ。
残った仔猫は、ちょくちょく会うためか、僕に懐いてくれている。おもちゃで遊ぶことも増え、やんちゃな一面も見れた。手からご飯も食べてくれるので、慣れてきましたねと獣医さんと一緒に喜んだ。
正直、家族に迎えられたらどれほどいいだろう?
だが、家はペット禁止だし⋯⋯。
僕は毎回、ごめんと言いながら帰っていった。仔猫が淋しそうに鳴くのを背中に聞きながら。
「先生!」
ある日、僕は息せき切って動物病院へ駆け込んだ。もうすっかり顔馴染みになった獣医さんは、たまたま患者もおらず、きょとんとした顔で僕を迎えた。
「あれ、今日は早いですね。お仕事は?」
「有休使いました!」
院内の壁に、まだ仔猫の里親募集のチラシが残っているのを確認する。
「仔猫、僕が引き取りたいです」
「あれ、でもおうちペット禁止って」
「引っ越します!」
「え、ほんと?」
数日前からネットで物件を探し、有休を使い内見も契約も済ませ、引越し業者に連絡もした。そう伝えると獣医さんは驚いた表情のあと、暖かく微笑んだ。
「すごいね、愛だ」
「あはは⋯⋯でも、来週まで越せないから、それまで預かっててもらいたいんですが」
「大丈夫ですよ」
そう言いながら、獣医さんは壁のチラシを剥がした。
そして、引越しが済み、いよいよ迎えに行ったのだ。
「待たせてごめんね」
すっかり元気になった仔猫は、いいよと言うように鳴いた。
2021/01/27
やり遂げよう、生涯飼育!