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3分読み切り短編集

ごめんで済まない

作者: 庵アルス

 星も凍るほど寒い冬の夜。

 最寄り駅を出て帰宅途中、僕は大変なものを見つけた。

 コンビニに寄ろうと、近道になる駅の横から、駐車場を抜けていたときだ。

「⋯⋯⋯⋯?」

 見覚えのない段ボール箱が、道の(わき)の植え込みに置かれている。

 昨日の帰りもここを通ったが、こんなものはなかったはずだ。

 ゴミの不法投棄だろうか。治安が悪い感じがして嫌だが、触るのも抵抗がある。誰かがゴミ拾いで片付けてくれるだろう、と通り過ぎようとした。

「⋯⋯にー⋯⋯にー⋯⋯」

 かすかな、声がした。

 ゾッとした。

 声の出処(でどころ)はすぐにわかった。

 僕は心臓がバクバク鳴るのを感じながら、おそるおそる段ボールを開けた。

「にー⋯⋯にゃー⋯⋯」

 底に、仔猫が蹲っている。

 ボロボロのタオルに埋もれるようにして、三匹。寒さのため、互いで暖を取っているのだろう。目は開いていなかった。

 どこかの誰かが、身勝手にもこんな寒空の下に捨てた猫たち。

 申し訳程度に、カイロがひとつだけ入っているが、それも冷えかけている。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 まず僕が思ったのは、うちでは飼えない、ということだった。今の賃貸はペット禁止だ。

 次に、逃げようとした。

 見なかったことにして、このままコンビニに行って、お菓子を買って帰ってしまおう、と。

 誰か別の人に見つけてもらってくれ、と。

 ごめん、と。

 だが、それを許さない自分がいる。

 ごめんで済まない。

 捨てた人間も「ごめん」と言ったかもしれないが、逃げれば、なにもしなければ、この小さな命が失われてしまう。

 僕は段ボールを抱えると、まだ開いている動物病院へ向かった。



 駆け込んだ動物病院で、弱っている仔猫たちを処置してもらった。

 幸い、事情を説明すると、回復するまでは預かってくれることになった。それと、獣医さんが猫の保護団体の人と顔馴染みで、里親募集の手筈も整えてくれることになった。

 お金は幾分か支払ったものの、仔猫たちの命には変えられない。

 三匹全員の里親が見つかることを願いつつ、時折、動物病院へ様子を見に行っていた。

 二匹、里親候補が決まった。

 だが一匹だけ、なかなか手を上げる人がいなかった。

 僕は悩みに悩んだ。

 残った仔猫は、ちょくちょく会うためか、僕に懐いてくれている。おもちゃで遊ぶことも増え、やんちゃな一面も見れた。手からご飯も食べてくれるので、慣れてきましたねと獣医さんと一緒に喜んだ。

 正直、家族に迎えられたらどれほどいいだろう?

 だが、家はペット禁止だし⋯⋯。

 僕は毎回、ごめんと言いながら帰っていった。仔猫が淋しそうに鳴くのを背中に聞きながら。



「先生!」

 ある日、僕は息せき切って動物病院へ駆け込んだ。もうすっかり顔馴染みになった獣医さんは、たまたま患者もおらず、きょとんとした顔で僕を迎えた。

「あれ、今日は早いですね。お仕事は?」

「有休使いました!」

 院内の壁に、まだ仔猫の里親募集のチラシが残っているのを確認する。

「仔猫、僕が引き取りたいです」

「あれ、でもおうちペット禁止って」

「引っ越します!」

「え、ほんと?」

 数日前からネットで物件を探し、有休を使い内見も契約も済ませ、引越し業者に連絡もした。そう伝えると獣医さんは驚いた表情のあと、暖かく微笑んだ。

「すごいね、愛だ」

「あはは⋯⋯でも、来週まで越せないから、それまで預かっててもらいたいんですが」

「大丈夫ですよ」

 そう言いながら、獣医さんは壁のチラシを剥がした。

 そして、引越しが済み、いよいよ迎えに行ったのだ。

「待たせてごめんね」

 すっかり元気になった仔猫は、いいよと言うように鳴いた。

2021/01/27

やり遂げよう、生涯飼育!

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