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奔走する二つの灰色

作者: 親愛 近 (ちかちか ちかし)


<上>

色のない二人

一、 

 ――はらり。不意に吹いた風に煽られ、帽子が頭から浮きかける。この崖淵で飛ばされては敵わないと手で押さえた。いかに変装のために誂えた趣味の合わないものといえど、弟から譲り受けた大事な帽子には違いなかった。

 振り返ると、例の弟が崖でぽつねんと景色を眺めていた。そっと近づいてみる。

「何見てるの」

 ん、と弟が顎で指した先には、峻厳とした峰々を覆うようにして聳える建物があった。霧で輪郭はぼやけていても、その荘厳な佇まいはここからでもはっきりとわかる。数日前まで私たちが世話になり、教鞭を振るっていた聖堂学校だ。

 大きく胸を膨らませて山林の清涼な空気を存分に吸い、伸びをする。

「ずいぶん遠くまで来ちゃったね」

「そうだなあ」

 半ば上の空のような返事に少しむっとして、弟に目をやる。弟は未だに何を考えているんだか判然しない表情で景色を眺めている。

 すると突然、傍らから肩を引かれた。弟に抱き寄せられたのだ。突拍子のない行動に困惑していると、彼は私の方へそっと項垂れて来た。

「すまないな」

 その言葉に私の胸は少しく軋んだ。弟が謝ったのは他でもない、私たちの逃避行についてだ。私は首を振って、「ありがとう」とそれに返した。弟は初めそれに驚いて、すぐに同じ言葉を返した。そうして優しく手を握り合った。

 私たちは教師だった。つい先日まであの学校で教職を任されていた。学級を担い、多数の生徒達と交流を図りながら彼らを教え導く。生徒一人一人の個性を尊び、それに合わせた教育方針を打ち立て実行する。それは初め、刺激的な、とても充実した毎日だった。

 そして今は、そこから数里も離れた山の中腹で馬車を止め、休憩がてら自分たちの元居た場所を眺めている。そう、私たちは逃げて来たのだ。生徒や教師達から受けた期待と責任を捨てて。


二、

 元聖堂騎士団長である父の復職に乗じる形での就任。しかも双子の姉弟が二人同時に、という異例の采配により私たちは、教師らの中でも特に注目を集めていた。

 就任についての仔細は省くが、聖堂の騎士団長と生まれ故郷である村の傭兵団長、いずれもこなした父の教えを幼少時より賜った我々の出自は、王侯貴族の嫡子が顔を連ねる士官学校においてもさぞかし奇異に映ったことだろう。

 生徒たちとそう変わらない年齢にも関わらず、二人共々傭兵上がりで戦闘経験は豊富。父と肩を並べるほどの剣の腕前に、実戦経験からくる的確な兵法の指南、生徒個人の性質を鑑みた柔軟な教育。教師としての責務は期待以上に果たせていたはずだ。

 自分の口から言うのは少々憚られるが、容姿も異性の生徒らに色めいた世間話をさせるくらいには整っていることもあり、人気もそれなりにあったと思われる。少なくとも弟に思いを寄せる女生徒の姿を見かけたことがあるのだから、彼についてはお墨がついている。彼と同じ灰色の髪をした私がひょっと道角に顔を出すと、女生徒が見間違えて頬を染めるのだ。やがて私と気づいてなんだかばつの悪い顔をする。なんだか微笑ましいような鬱陶しいような、複雑な気分だった。また彼は恋文を頻繁に貰っていた。それも女ばかりか男からも貰っているようだから随分人気があると思った。それ程彼は周囲からも魅力的な人物に映っていた。

 一方私の評価は弟に比べると少し劣るかもしれない。時折対面で熱っぽい口説き文句が私へ向けられたが、他方で恋文らしきものはほとんど貰わなかった。一見固い用事の書簡かと思えばその実……、というような巧妙な偽装を施したものの外に、愛を語った文面はしばらく目にしない。食事や街への逢引きのお誘いも幾らかはあったが、恋慕の思いを打ち明けられたことは終ぞなかった。

 だが後になって思えば、それも弟がいる故だったのかもしれない。私たちは常日頃と言うほどではないが、頻繁に行動を共にしていた。教鞭を振るった日も、訓練のために野外へ出かけた日も、休みの日も、暇さえあれば二人で意見を交わしながら日常を過ごした。

 それはここに来る以前、傭兵稼業を営んでいた日々から継いだだけの習慣に過ぎなかった。元より二人で行動するのが常だったのだから同じ施設に居ればわざわざ離れる道理もなかった。血生臭い傭兵稼業であれ平和惚けした教職であれ、二人で分担してこなす方がずっと楽で、実際にそれは効率的だった。

 しかしそれこそが他の者からすれば快くない関係だったのだろう。私に言い寄る男は皆、背後にある弟の影を見てその食指を引き込んだ。弟に恋文を宛てる女生徒は、弟が私の話題を頻繁に出す姿を見てとうとうそれを闇に葬った。己より遥かに親密な同性の匂いに、無意識からかたじろいでしまうのだろう。そして私たちはその姉弟というには近すぎる距離に、とうとう手遅れになるまで気づくことはなかった。


三、

 私たちは世間一般の姉弟の例を逸脱する程に似ていた。体格や上背が近い上に寒い校内で厚着をすることもあり、背後から声をかけられる際に取り違えられる事態がままあった。

 しかし、肩幅や立ち居振る舞いは男女のそれで全く違う。もしあの時、彼女に僅かにでもそれに注力するほどの余裕があれば。ほんの一瞬だけでも、私が彼女へ振り向くのを遅らせていれば。私は、弟に向けられた女生徒の恋文を目にすることはなかっただろう。

 私はその日冷静でなかった。生徒の教育方針について、ある教師と喧々諤々の口論になったのだ。互いに一歩も引かずに自分の論を主張していた。弟に仲裁に入ってもらわなければ、きっと日が暮れるまで言い争っていただろう。

 その際に弟が比較的私の肩を持つ発言をしていた事も併記しておかなければならない。私はその時ほど弟の存在とその人格を愛おしいと思ったことはなかった。大げさなようだが、短絡的になっていた私はその時の弟をいつもより過大に評価していた。自分と近い存在が自分の考えに同調して他の人間と相対している。これほど心の満たされることはなかった。他にも私の肩を持ってくれた教師も居たはずなのに、どうしてか弟の擁護ばかりが私の頭を占有した。世界中が敵に回ったとしても、彼だけは私の味方をしてくれるに違いないと自惚れた独占心さえ抱いた。

 そんな折だった。切り揃えたばかりの髪と地味な普段着。夕暮れの宵闇が人影を朧にする時間帯だったせいもあるだろう。片割れの面影をその血と体に滲ませた私の元へ、弟の名を呼ぶと共に恋文を差し出す女生徒の姿があった。

 香水でも垂らしたのか、桃色の封筒からは甘い香りが漂っていた。可愛らしい猫の意匠を施した髪飾りを身に着け、唇には目に痛いほど明るい色調の口紅が塗られている。いずれも規則で制限されているから、弟に見せる一時のためだけにわざわざ拵えたのだろう。そのいじらしい努力の翳が私の心を逆撫でした。激しい怒りと嫉妬、そして後悔の記憶。冷えた頭が再点火する音を私は聞いた。

 結論から言うと、私はその場で女生徒の手から恋文を毟り取り、粉々に引き裂いて地面に捨ててしまった。普段なら常より目にしている弟への恋文など気にも留めなかったろうが、その時の情緒不安定と、あまりに急な事態がすっかり私を動転させた。大事な半身である彼の傍らに私以外の人間が居座る場面を想像して、心底恐ろしくなったのだ。

 この事件はあっという間に学校中に広まり、めでたく私には「ブラコン」のレッテルが貼られることとなった。もっともレッテルも何も事実なのだから仕様がない。現に人が想いを綴ったであろう大事な手紙を破り捨てた事はどう言い繕えるわけもなく、人々の風評を私は甘んじて受け入れる他なかった。

 男子からはひゅうひゅうと幼稚な冷やかしが入り、弟に好意のある女子からの評判は地に落ちた。上司からは粗暴に過ぎると大いに叱られ、件の口論相手を含む同僚達からは散々に詰られた。実際に私の行動は糾弾されて然るべきものであるし、私もそれを自覚していたから反論するべくもなかった。父は何も言わなかったが、その目は明らかに非難の色を帯びていた。私にとってはその無言の叱責が一番堪えた。

 そういった事情にあって唯一幸運とも言えたのが、件の女生徒に真の恋心がないらしいことだった。弟に恋文を宛てたのも年頃の女子たちにありがちな「告白ごっこ」とでも言うべき代物で、内容もそれらしく繕ってはいるが中身のない口説き文句がつらつらと並べ立てられているだけだ……と、頭を垂れて謝る私に、女生徒は教えてくれた。それだから私の行動で心の底から傷ついた少女が居なかったことは、一連の不幸の中でただ一つだけの救いであった。

 そうして深刻な被害者が居なかったこと、それはそのまま事件の話題性が私のあまりの過保護ぶりに焦点を当てられたことに他ならず、独り相撲を繰り広げた滑稽さと異質な愛情とが頻繁に取り沙汰された。

 しかし私はこの混迷の渦中にあって、そういった口さがない風説よりも、事件に対し弟がどんな反応を見せるのかという方が気がかりであった。何しろ今回は半ば未遂に終わったとはいえ、弟の個人的な事情について甚だ不躾な真似をしでかしたのだ。叱責はもちろんのこと、軽蔑され、果ては絶縁されてもおかしくはなかった。帰り道、己の軽率さに対する後悔とこれから起こるであろう惨事への恐怖で胸をいっぱいにした私の足取りは重かった。


四、

 寮へ戻ると、薄暗い沈黙が私を出迎えた。相部屋のもう一人の主はまだ帰っていない。私は額を押さえた。何と言って弁明しようか。それともただへいつくばって赦しを乞おうか。どれもその場しのぎに過ぎない浅ましい行為だと知っていながら、どうしてもそうしたい衝動に駆られた。彼に軽蔑される事は私にとって如何な残虐な拷問や凌辱よりも恐ろしかった。

 服を脱いで部屋着に着替えていると、不意に部屋の扉が軋む音を聞いた。感情の平衡を失いかけていた私は思わず慄いた。するといきなり誰かに肩を抱きすくめられ、その場に固定された。いよいよもって恐怖が私の背筋を走り抜けた。

 すわ強盗か、暴漢かと身を捩らせていると、ぱっと手を離されて自由になった。部屋の隅へ逃げ出して振り返ってみると、いつも見慣れている男の姿を発見した。件の弟である。

 弟は大げさな私の一挙一投足を見て、声を上げて笑った。これは普段にこりと笑いもしない弟からするとかなりの珍事である。どうして彼が薄暗い部屋の中で一人、灯りもつけず佇んでいたか定かではないが、彼の無邪気な笑いに虚を突かれた私は安堵のため息も悪戯への文句も忘れていた。

 彼は黙ったままでいる私を見て「どうした姉さん、早く着替えなよ」とだけ言ってソファに腰かけた。気が付けば私は下着姿である。今更肌を見られて気にするような仲でもないが、その日ばかりは弟の目線が堪えた。それは間違いなく昨日の暴挙への負い目もあったろうが、今はどうしてか平生抱き得ないはずの羞恥心が表立っていた。

 居心地の悪さを感じながらも、さりとて他にやる事もないので着替えを続行した。弟は私に背を向けるようにして座り、教書を読み始めた。二人ともしばらく無言だった。弟がようやく口を開いたのは、私がすっかり部屋着に着替えてしまった時分だった。

「姉さん」

 どきりとした。上司に説教されている時でさえこれ程心臓が縮み上がったことはないだろう。返事をした私の声は、きっと笑えるくらい弱々しいものだったに違いない。

「もしかして、俺のことが好きなのか」

 この意外過ぎる質疑に、私はしばらく応えられないでいた。突飛すぎる内容に思考が追いついていなかった。

 そうして答えあぐねていると弟が振り返った。その目は非難している風でもなく、かといって喜色も伺えず、何の感情も汲み取れなかった。強いて言えば少し哀しげな色が翳っていたようにも見えた。

 私は掠れた声で笑った後、冗談めかすように「まさか」と返した。実際、弟を恋愛対象として見ているはずもなかった。もう何年と共に暮らしてきたのだ。家族として愛おしいとは思っても、一人の男として見たことは到底なかったし、将来もないだろうと私は思っていた。弟はそれに対し特別何の反応もしたようには見えなかった。ただ簡単に「そうか」とだけ返して元の方へ向いた。話題を広げないように簡便に済ませた弟の心遣いだったかもしれないが、私は内心むしろそこで馬鹿にしてくれた方が余程楽だったな、と思った。

 会話らしい会話はそれきりだった。そのうち明日の実習の予定を立てるなどして、一通りやるべき作業を終えた私は早めに床に就くことにした。毛布を体にかけるとずしりと体が重くなった。人間というのは肉体だけでなく精神も疲労するのだな、とこの歳まで生きてきてようやくのように実感した。押し寄せる睡魔に身を委ねて微睡んでいると、枕元に人の来る気配がした。もう先までの緊張はなかったが、どうしても彼に負い目のある私は眠気に抗って眼を開けた。

「なあ、姉さん」

 弟の顔は予想していたより遥かに近くに迫っていた。とうとう怒鳴られるのか、と私は身構えたが、いつもの如く怒っているんだか笑っているんだかはっきりしない弟の表情を見て、そうではないと安堵した。すると今度は無闇と近くにある弟の睫毛や唇がどうしてか気になった。

「もし俺も姉さんが好きだって言ったら、どうする」

 私は今度こそ弟の質問に応えることはできなかった。動揺もあったろうが、それ以上に弟の考えが読めなかった。こいつは賭け事などすると存外やり手になるかもしれないな、などと全く関係のない思索が頭を巡った。そうして発する言葉を失っていると、弟はまたも声を出して笑った。

「冗談だよ。ともかく、もう妙な真似はしないでくれ」

 そう言って彼は私の肩をぽん、と叩いて自分の寝床へ潜り込んだ。しばらくして、すうすうと穏やかな寝息が聞こえて来た。

 急襲を受けた私はすっかり先までの眠気を失っていた。得体の知れぬ動揺と興奮が脳内をしきりに掻き混ぜる。弟が私のことを? ……。あり得ない妄想、と笑い飛ばすには妙に真に迫る弟の表情。網膜に焼き付く彼の眼差し。低くくぐもらせた囁き声。どれもこの数十年見覚えのない、初めて遭遇したもののように感じた。

 しばらく床の中で悶々としていた私は、これが弟なりの復讐の方法なのだなと解釈した。不意討ちで動揺させ、相手を惑わす。負い目のある私にはこれほど効果的な策はないだろう。出自の不明な動悸を掻き消すように私は、まんまと策に嵌めてくれたなという憤然たる心持ちを無理に意識しながら、再び目を閉じた。


五、

 人の噂も七十五日と言うが、噂している側はともかく、されている人間にすれば随分長く感じるものだ。人々の間で私の噂が風化しきった頃にはすっかり木々の葉は落ち、寂しげな冬景色に満天の星辰が瞬いていた。

 あの日以来一向に鳴りを潜めていた私への食事のお誘いなども次第に往年の勢いを盛り返し、弟に教えを乞う少女の姿も着々と増えて来たように感じる。ようやく弟と共に居ることに人目を憚る必要が無くなったのだと思うと胸の空くようだった。これまでは二人で歩いているだけで冷やかされていたのだ。過ごしにくいことこの上なかった。

 一方の弟はその類の吹聴などあまり気にしていないようだった。冷やかしを受けても軽く笑って流していた。事件の真っ向たる客体であるにも関わらず、彼がそれを深刻に受け止めている様子はなかった。私が謝罪のために贈る物品も、気にしていないからと言って受け取ろうとしなかった。私がどうしても貰ってくれ、と押し付けると渋々受け取った。弟は終始複雑な表情をしていた。

 中でも最も窮するのは父と対面する時分である。此度は未遂で済んでいるとはいえ、弟に対し異様な執着の兆しを見せた姉の立場というのはもはや罪人のそれである。直に言及こそしなかったものの、交わす言葉の端々に非難の切っ先が潜んでいた。直接的な言葉にものを言わせるのではなく、本人の罪悪感を活用するとは流石騎士団長を務めただけあって生中な技量ではない。しばらく私は父への土産を増やすことに注力した。初めは露骨な機嫌取りに目を矯めつ眇めつしていた父も、愛娘から贈られるプレゼントに気を良くしたのか、やがてすぐに元の通りへ態度を戻した。

 そうこうする内、やがて舞踏会が催される節となった。士官学校の落成を記念する周年祭の折、生徒と教師との垣根を超えた盛大な宴……と言うと聞こえは良いが、要は世俗の間で催される年越しの宴と本質的には変わりない。普段の緊張を和らげるために体裁だけでも整えてくれるのだろう。

 しかし長い間傭兵として剣で渡り歩いてきた私に、踊りの素養などあるはずもない。精々会場に饗される豪華な飯くらいしか楽しみにする余地はなかった。それは私と共に稼業を続けてきた弟とて同じはずだが、なぜかこの時節、彼は平生になく浮かれていたように思った。普段より生返事が増え――もっとも私の他愛のない世間話に乗り気になる方が珍しいのだが――いつもの注意深さは鈍り、舞踏会への興味を隠しきれないでいる。彼の異常に思い当たる節といえば一つしかあるまい。そう、恋の予兆である。

 この学校には一つの伝説がある。なんでも舞踏会の夜、未婚の男女がどこそこで誓いを立てれば、それは女神の加護を受けて必ずや果たされる、といったものだ。たとい規律を尊び清廉を標榜する聖堂学校とて、時にはこのような俗信めいた伝説も生まれる事を思うと、人の営みはどこへ行っても変わらぬものだと確信する。特に思春期盛りを規律で束縛されている生徒たちにとって、この風説はさぞ期待と興奮をもって流布されることだろう。誓いというのも言わずもがな、愛の契りに違いない。

 弟の動揺にはこれが関係していると私は睨んだ。何しろここ最近になって弟へ教えを乞う女子の気配が増えてきている。彼女らもこの伝説を根拠に弟へ接近しているのだろう。油断、というのもおかしな話だが、確かに近頃の私は弟の付近の女子の気配に鈍感であった。しかしそれも当然の話で、もし弟への恋心の尻尾を僅かにでもこの姉の前へ曝け出せば、たちまち彼女らの勇気はかの被害女生徒の恋文の二の舞となるであろう。そのくらいの危機回避を、こと恋愛に関して敏感な生き物である女子らが怠るはずはなかった。

 そうして弟へ慕情を伝えようと画策する女子がはたしてどこの馬の骨なのか、誰何したい衝動に私は駆られた。これは確かに単純な好奇心や野次馬精神の範疇を超えていた。いわば大事な半身を他の者に明け渡すことに対する危機感とも言うべき代物であった。今思えば随分な独占欲であるが、この時の私は姉として、弟の伴侶を見定めるのは当たり前のことだと思っていた。間違いなく存在した仄暗い嫉妬心から、私は目を背けていた。


六、

 舞踏会と大仰に言っても、貴族の社交のそれと違い豪奢なドレスやタキシードに身を包むということもなかったから、特段目の保養になりはしなかった。むしろ普段よりおめかしに精を入れた生徒らが、普段と変わらぬ制服を着て舞い上がっている姿はいくらか滑稽でさえあった。

 私は例によって踊りに興味などないから、振る舞われた料理に舌鼓を打っていた。しかしこんな私でも踊ってくれる気概のある諸兄はいるようで、幾度か誘いの文句が降ってきた。なんでも誘われた側はこれを受けるのが礼儀とされているらしい。馬鹿らしい作法もあったものだと思ったが、世間で波風を立てることに対し臆病になった私はそれを受け入れた。

 女の身で戦場を渡り歩いただけあって、身のこなしには自信がある。とはいえ踊りの手順などは知らぬから、近隣の女子らを真似るだけで精一杯だ。すると動きは派手でないのに随分疲れた。教師という立場上いやでも注目を集めるのか、それとももっと単純に私を目当てで来てくれるのか、判然せぬが男子らも立て続けに誘ってくるからほとほと参った。いよいよ足を捌くのにも飽きてきて、化粧を整えてくるなどともっともらしい口実を付けて会場から抜け出した。

 外へ出ると、中の熱気とまるで対照的な寒風に思わず身をすくめた。逃亡先にしたってもう少し安らぐ所が良い。そう思って首を巡らして辺りを見回すと、こちらへ向かってくる人影がある。はたしてそれはいつかの教師同士の論争で私の肩を持ってくれた老教師だった。

「随分冷えますな」

「ええ。むしろ私は身体が火照ったのを冷やしたいので外へ来ました」

「ならここは冷えすぎるから、あすこなんかは具合よくひんやりしていて良かろう」

 そう言って老教師は向こうへ見える塔の一角を指し示した。学校の聖堂には幾つかの塔が併設されていた。なるほどただ徒に夜風に当たっていたままでは冷え通しだから、ああいう風をある程度凌げる所が都合がいいだろう。私は礼を言って去ろうとしたが、老教師がああそうだと思い出したように付け加えた。

「もし先客が二名ほどいたら、その方々の邪魔にはならないよう気を付けたまえ。馬に蹴られる危険がある故な」

 何のことか分からない様子の私に、彼は片目を瞑って見せた。暗がりで私の疑問な顔が見えないのだろうか。聞き返す暇もなく踵を返す。ただそうして歩いていく中、彼の小さな呟きが耳に入った。

「もっとも、相手によってはむしろあなたが蹴る側なのかもしれないが……」

 老教師はそのまますたすたと中へ入っていった。蹴る蹴らないとは何のことか。疑問に思ったけれども、冷たい風に身を震わした私はそれ以上頭を巡らす前に勧められた塔へ入った。

 塔の中は人の気配も風の音もなく、水を打ったように静まり返っていた。先程まで居た場所とのあまりの差異に、軽く耳鳴りがするようだった。階段を登って上階へ向かうと、窓から差し込む薄青い月明かりに心を奪われた。ここなら静養するに事足りるだろう。窓を少し開けて風を取り込むと、冷涼な空気が頬を撫ぜた。

 そうして静かな空気を吸っていると随分落ち着いた。やがて先刻の老教師の言葉が思い出される。馬に蹴られる、というと一般にそれは恋路の邪魔を咎めるための言い回しだが、私にはどうもぴんと来なかった。確かにここは他より随分物静かだから、逢瀬にはちょうどいいのかもしれない。しかしそれはこの塔に限って言える話でもなかった。広い校内ならここよりも景色の良い、ロマンチックな場所はいくらでもある。それをわざわざ忠告したということは、……私の頭の中に、いつか聞いた伝説が思い浮かんでいた。そういえばあの伝説は女神がどうのこうのとそれらしい謳い文句が付いていたはずだ。そして聖堂に建てられた塔にはそれぞれ固有の名前が付いていて、この塔の名は確か、……。

 すると突然、屋上へ繋がる階段がいやに騒がしくなった。よくよく聞いてみるとどうやら男女の諍いらしかった。といっても喚いているのは女ばかりで、男の声はやけに静かでほとんど聞き取れなかった。その不均衡な感情のやり取りに、私は少し興味が湧いた。馬に蹴られるのは御免だったが、邪魔立てさえしなければ良かろうと思って聴き耳をそばだてた。


七、

「――君には関係のないことだ」

「大いにあります。もしそうならいっそ止めを刺してくれた方が楽ですわ。どうして何も言って下さらないの」

「それがどうしても言えないんだ。悪いが分かってくれ」

 しばらく声が途絶えた。風の音がひとつ、ふたつと鳴る頃に、女生徒らしき若い声が響き渡った。

「納得できません」

 声と共に、石造の壁を靴でにじるような音がした。

「馬鹿な真似はよせ。脅しのつもりなんだろう」

「本気です。もし先生が黙ったぎりでいるなら、私はこのまま飛び降りて死にます。お願いだから言ってくださいまし」

 またも風の音に支配された。階下で息を潜めている私すらその空気に圧されていた。やがて押し殺すような男の声が耳に僅かに届いた。

「……できない。どうしても」

「あなたは目の前で人が死んでも、どうも思わないのですか」

「生憎、俺は人の死には慣れている。腕の中で仲間が息絶えていくのを目の当たりにしたこともある。あるいはこの手で命乞いをする姿を斬り捨てたこともある。だから人の生き死にで俺の心は変わらない。君が死のうと……俺はどうも思わない」

 私はこの時、そこへ割って入りたい気持ちに駆られた。男の性分を知っている私はそれに異議を唱えたかった。しかし臆病な私にはどうしてもそれができなかった。

 やがて「最低です、人として」という女の心底軽蔑したような声が聞こえて、床へ足を付ける音がした。私はすぐさま階を降りて物陰に隠れた。女生徒の履く踵の低い靴が階段を駆け下りる音がしたあとは静かになった。私はそろりと身を出して屋上へ向かった。


八、

 弟は塔屋の塀に身を預けて景色を眺めていた。後ろから近づく私の姿を認めると、なんだかばつの悪いような顔をして瞳を伏せた。

 我々が居るこの塔は女神の塔と呼ばれ、ある一つの言い伝えがあった。それはやはり先の舞踏会の夜の伝説であった。想いあう男女が恒久の愛を契るに、女神のお目通りの利くこの場所がふさわしいのだろう。例によって弟も、一人の女生徒から呼び出しを受けてこの塔へ入り、そこで愛の告白を受けたんだそうだ。

 ところがこの朴念仁は彼女の精一杯の勇気を無残に打ち砕いてしまったらしい。大方教師と生徒の関係がどうとか、責任ある立場として浮ついた関係は云々とお硬い言い訳を繕って振ったのだろう。何せ女と二人で食事へ行くことすら躊躇う男だ。女心の機微を感じ取って安穏に済ませるといった芸当ができるとは到底思えない。

 そう思って、私は「馬鹿な奴だ、せめて三年待ってくれなどとはぐらかすなりすれば穏便に済んだろうに」と茶化すと、弟は「確かにそうだ。彼女には悪いことをした」と本気で反省したような顔をする。真面目に受け取っているあたりやはり根の悪い人間ではないが、この様子では女の扱いを覚えるのは遠い話になるだろうなと呆れるばかりだ。いつまでも萎れている弟を励ますべく、私は明るい調子で言った。

「人が死んでもどうも思わないなんて、本当は嘘でしょう」

 弟は一寸驚いたような顔をしたが、すぐに元の平静な顔へ戻った。

「嘘じゃない。姉さんも知っているだろう、そんなこと気にかけていたら戦場では生き残れない」

 こういう時は話をはぐらかせるのだな、と私は少し不機嫌になった。

「あなたは自分が思っているよりずっと優しい子よ。人の死を悲しんで、そうならないように最善を尽くせる人」

「どうかな、自信がない」

 弟は夜空を見上げた。薄青い空に白い月がぽっかりと浮かんでいる。

「あの子が死ぬ様を想像しても、ちっとも哀しくならなかった。いつか村でお世話になった人の葬式があっただろう。あの時と同じような、哀しいとは思うが胸が締め付けられる程じゃない、ただ冷静なだけの自分が居たんだ」

「それはあの子に思い入れがないからでしょう。教え子ではあるけれど特に懇意にしてる訳じゃないから」

「それのみとは思えない。もっと親密な人が死んだとしてもきっと俺は泣けない。悲しめない。……父さんや姉さんが戦場で討ち死にしても、その時に泣けるか自信がない」

 彼の声はいつまでも平静で、ちっとも感情らしい抑揚を感じさせなかった。

「そんなやつはきっと、彼女の言う通り『人として最低』なんだろうな」

 私は腹が立った。どうしても自分の本性を認めない彼に、腸が煮えくり返るようだった。彼は彼自身の優しさを知らない。彼の人となりを自覚していない。私の愛する人間を卑下するのは、それが弟本人だとしても許すことは出来なかった。しかしそれを伝える手段を私は知らなかった。いかな言葉を並べても彼に届くとは思えなかった。どうすればこの思いを彼に伝えることができる? ……。私は黙って目を伏せることしかできなかった。

 そうして落とした目線の端にきらりと光るものがあった。塀の上に何やら金属が落ちている。摘まみ上げてみると、はたしてそれは可愛らしい猫の意匠を象った髪留めであった。私はこれに見覚えがあった。いつしか恋文を私に誤って差し出した女生徒のものである。私は背に氷柱が刺さったような心持ちがした。先ほどまで弟とやり取りしていた女生徒とはまさしく、彼女に他ならない。するとなると畢竟、あの恋文もただ遊びで書いたものでないだろうことが察せられた。教室や廊下で私に差し向けられた射る様な眼光が被害妄想でないことを知った。私はあの時、確かに存在した少女のいたいけな恋心を破壊していたことを今更になって自覚した。

 眩暈のするようだった。私は幾度抱いたか分からない罪悪感が、またも胸の中で膨らむのを感じた。思わず身を塀にもたれ掛からせた。そうして手を乗せた塀の冷たさを感じた時、私は彼女の覚悟へ報いるべきという一種の義務感を抱いた。あの女生徒がどんな気持ちで弟に相対していたのか知らねばならなかった。

 私は塔の頂上の縁に立った。眼下の遥か先には固い石敷きの道がある。今はどうにか体の均衡を筋力で支えているが、その気になればいともあっけなく落ちてそこへ叩きつけられるだろう。先ほどとは違う冷たさが背筋を伝った。確実に訪れるであろう結末に反射的に体が怯えるが、それも心に巣くう罪の意識が麻痺させていた。私はこの時死に対して特に鈍感になった。

 こちらを見た弟は目を見張った。月明かりで照らされた顔をより一層青くした。敵と刃を交える時でさえ、これ程切羽詰まった表情は拝めないだろう。「何してるんだ、戻れ」と私へ呼びかける声は、先ほど聞こえていた男の声とはまるで打って変わって緊張していた。

 その様子を見て、私は少しく当てが外れたと思った。先ほどの少女に対するものより、弟の声はずっと逼迫していた。それはただ親交のある肉親を慮る気持ちばかりではないように見えた。あるいはそう見えるのは私の願望かもしれなかった。ともかく弟にとって、私という存在が他の女性より重要な席を占めているように感じた私は心を躍らせた。蔓延っていた罪悪感が優越感に駆逐されていくのを感じた。胸の空く思いを抱いて弟の方を見やると、その表情がよりはっきりと分かった。弟の顔は真剣そのものであった。

 私はこれだ、と思った。私の言葉に彼が真剣に耳を傾けるのは今しかないと思った。彼自身に彼の人となりを自覚させるには今が最高の好機であった。鋭い風がびゅうびゅうと吹き荒ぶ。ふとすると足元がぐらつきそうになるのを必死に堪えて、私は弟へ言葉を投げかけた。

 弟の聡明なこと、勇敢なこと、辣腕なこと、人情に篤いこと、器量の良いこと、……自分のような姉にはもったいないほどの、立派な人間であること。そうして弟を誉めそやす私の弁舌はそれに留まらなかった。私はこの時平生にないほど饒舌であった。次から次へと言葉が出てくる。頭で考えるより先に口がせっつく。叫ぶ声で喉が焼き付きそうなのに、もっと熱い何かに押されて私は言葉を止められなかった。

 やがて弟が私の口上に割り込んで、「ありがとう、良く分かった。分かったから、どうか降りてくれないか」と言った。私はどうにも足りないと思ったけれども、弟の蒼白い顔が不憫に思えて降りることとした。

 その時、握っていた髪留めがするりと手から滑り落ちた。奈落へ向かおうとするそれへ反射的に手を伸ばした私は、突如として吹いた風に煽られてバランスを崩した。舞踏のために履かされた高いヒールがずるりと音を立てて塀から離れる。目の前にあった白い顔が完全に凍り付く。重力に投げ出されるままになった私は、緩慢になって流れゆく世界を無感動に眺めていた。


九、

 生まれついてより、私と弟は周りの人間に比べて感情の起伏に乏しかった。全く無い、というわけではないが、他よりずっと静かで凪いだ感情の出し方しかしていなかった。双子共々泣きも笑いもしない、感情の欠落した子供だとよく陰口を叩かれた。父もお前らの涙や激情を見ないので親として心配だとよく愚痴を零していた。同様に姉である私も、彼の涙らしい涙を見た記憶は一切なかった。……たった一つの例外を除いて。

 あれは二人の体つきがいくらか成長して、戦場に赴き始めた時分の話だ。私たちはまだ経験が浅かったが、父の教育と自分らの才能に慢心していた。敵の不意討ちを受け、私の部隊は壊滅まで追い込まれた。仲間の援護でどうにか単身森の中へ逃げおおせたが、雨の降りしきる数日間を火も焚かず隠れ過ごした私は手酷く衰弱した。やがて食料は尽き、怪我が元で熱を出す。帰り道も見失い、敵の影に怯え通した私はいよいよ死を悟った。冷たい雨に温度を奪いつくされた体が限界を迎え倒れ伏した時、それを抱きとめてくれた暖かみがあった。

 弟は哀しいはずの時に哀しそうな表情をすることはあった。しかし涙というものは一滴も流したことはなかった。ただ黙って唇を噛んでいるばかりだった。そしてそれは双子の姉である私も同様だった。弟も私も、およそ人間らしい激しい心の震えといったものとはほとんど無縁だった。

 その弟が、泥と血に塗れた私を抱きかかえて泣いていた。私は体を幾度となくうち付けた雨の冷たさを、幾つかだけ零れて来た彼の暖かい涙ですっかり忘れてしまっていた。そうして彼の温もりを心と体で感じた時、私はこれまで抱いたことのない熱が胸に生じたのを知った。気づけば、私も彼と同じように涙を流していた。朝霧で白く染まった森の中に、声を出さないまま泣く二つの影があった。その二つの灰色は互いの思いに染まって薄く色を付け始めていた。


十、

 その時と全く同じ色をした頭が、私の胸元に抱えられて泣いている。あれから随分成長して精悍な面魂を感じさせてきた姿が、姉に縋って赤子の様に泣きついている。私はやはりあの時と同じように、胸中にほとんど経験のない熱が生じているのを自覚した。肌を刺す寒風の中で私は、いつまでもこうして居たいような気持ちに駆られた。

 しばらくして落ち着きを取り戻した弟は、少し怒ったような顔を私へ向けた。

「どうしてあんな真似をしたんだ」

 もし俺が姉さんの腕を掴み損ねていたら、……と潤んだ声で私を責める彼の姿に、私は一層心臓の温度を高めた。返す言葉はそれこそ尽きぬ程に思いついたけれども、その中でも特に効きそうな言葉を選んだ。

「私の好きな人を貶すのが許せなかったから」

 弟は相当に驚いたようだった。好きという言葉に過剰に反応したのだろうが、すぐに私の不機嫌な表情を見て顔を曇らせた。

「すまない」

「いいよ、分かってくれれば。これからはもうしない?」

「ああ、もうしない。誓うよ」

「この涙に誓って、ね」

 私が弟の頬を伝う涙を指で払うと、彼はまたも驚いた。彼にしては珍しく随分狼狽えているようだった。

「俺は、泣いていたのか」

「だから言ったでしょう、あなたは優しい人だって。私のために泣けるんだから、十分立派な人間よ」

 私の言葉を受けても弟はまだ複雑な顔をしていた。そうしてほんの小さく、呟くように言った。

「……それでも俺が泣けるのは、きっと姉さんについてだけだ」

 そう言って目を伏せる彼の瞳に、私の喉をまたも熱い塊が通過した。その対象を限定する言い方に、少なからず胸を躍らせている自分が居た。通過した熱が何物かに変化し、言葉としてこみ上げてきたのを感じた。そしてそれをとうとう口に出してしまった。

「いいんだよ。私には、……私にだけは、優しく居てくれれば、それでいいんだよ」

 私は、自身の口から飛び出す言葉にひどく驚いていた。


十一、

 塔の中は風こそ防いでくれるが、冷たい岩壁に囲まれているせいで決して暖かくはなかった。身を震わす私を見て、弟が外套を脱いでそれを羽織らせてくれた。私のものよりいくらか大きい布地からは、男らしい匂いと私と同じ種類の石鹸の、甘い匂いが同時に染みついていた。しかしつい先ほど肝の冷える思いをしたせいかそれでもなお寒かった。それで二人は自然と身を寄せ合った。弟の暖かな体温を感じて私の心は大いに安らいだ。

 二人で並んで窓から景色を眺めていると、不意に弟が私の顔を覗き込んだ。驚いて何か顔についているかさすってみるが、特段おかしな様子はない。そして弟が私の顔というより、瞳の方を見つめているのだと気づいた。

 私と同じ色をした瞳。男にしては幾分長い睫毛。すらりと整った目鼻立ちなどは姉の贔屓目を差し引いても美男と言える造形をしている。特に、固い意思を感じさせる双眸の色が私は何より好きだった。しばらくそうしていると急に気恥ずかしくなってきて、私はふいと元の方へ顔を背けた。弟もそれに倣って月を見上げる。

「なあ、姉さん」

 弟の声はそれまでより幾分か固く聞こえた。私にはそれが彼の緊張の印だとすぐにわかった。私はそれをほぐしてやる様に「なあに」と優しく返事をした。しかし切り出したはずの弟はなぜか答えるのを躊躇っている様子だった。

「女神の塔の伝説を知っているか」

 妙な話だ。知っているも何も、私がこの伝承を知ったのは弟との世間話が由来なのだ。不思議に思いながらも「もちろん」と言葉を返した。「どうも馬鹿らしい伝説の様に思えるけれど」と付け加えると、隣の気配が若干揺らいだように感じた。弟は「……だが、勝手に願う分には良いだろう」と反駁するように答えた。

 私は弟がどういう方向へ話を進展させたいか直感した。そしてその直感に私は少しく動揺した。喜ぶべきか悲しむべきか怒るべきか、まるで分らなかった。乾く唇を濡らして「何か願い事でもあるの」と訊くと、弟はそれに応えずこちらへ目を向けた。私はその瞳を見返すのが怖くなった。

「姉さん」と声がした。私の心臓は異様なまでに跳ね上がった。

 私はとうとう弟の方を見た。先ほどと同様、銀色の瞳がこちらを見ている。私は思わず息を呑んだ。そこに映る自分と、その自分が瞳に映す弟の姿まで見えるようだった。

 弟の口が開く。ああ、何を言うつもりなのだろう。どんな言葉を囁くつもりなのだろう。もしかするとそれは――その内容への恐れと期待に胸を圧迫させながら、弟の顔立ちをいつまでも眺めていた。

「どうして、あんなことをしたんだ」

 その言葉は私の予期していたものとは違った。私は安堵と失望を同時に感じて、またそうやって浮き沈みする自分の心中が恨めしく思った。

 あんなことというのは他でもない、私が弟へ向けて書かれた恋文を破いた事件である。私は少しばかり腹が立った。こちらに非があるとはいえ、わざわざ昔の話を蒸し返さなくたっていいじゃないか。被害者もいないし、できる限りの清算はしたのだから。もっとも発端である私が逆上するのは道理がおかしいと思ってすぐに矛を収めた。

 弟の方は至って真剣な面持ちをしている。ただ気になるだけ、という風には見えぬほど深刻な表情をしている。私はその熱意に当てられ、ようやくのようにあの日の感情を思い出してみた。思えば、私はどうしてあのようなヒステリックな行為に及んでしまったのだろうか。嫉妬の一言で片づけるにはあまりに異常なように思えた。弟の恋愛や人付き合いに、どうして姉が干渉する義理があろうか。確かにあの時の私は平常でなかったとはいえ、それを差し引いても異質な行動であった。少なくとも、弟に対し何かしらの感情を抱いていなければ思いつきもしない行いである。その感情の正体を探ろうとした私は、突然棘が刺さったような痛みに襲われた。心のどこかでそれ以上の詮索を止めろという声がしていた。私はそれ以上何も考えられなくなった。

 そうして私が応えないでいると、弟は突然私の肩を掴んで振り向かせ、その顔を正面から見据えた。私は大いに動揺した。穏当が服を着て歩いているような人柄の彼が、このような感情的な行動に出たことに何より驚いた。普段の隙だらけと言えないまでも多少は緩みのあった弟の雰囲気は、今や完全に張りつめていた。

「やっぱり、俺のことが好きなのか」

 そんなはずはない、とすぐには答えられなかった。そう発言する権利を持ち得ないことは、何より私自身が理解していた。弟に宛てられた恋文を破るなど、一介の姉風情が取るべき行為でないことは誰の目にも明らかだ。そんなことをしでかすのは、ひとえに彼自身であるか、彼の恋人か、あるいは彼に慕情を抱く者に他ならない。そういった推理に弟が辿りつくことは当然の帰結であった。ああいった真似をされれば、誰だって犯人は自分を好いているものと思う。しかし――

 私は精一杯の嗤いの表情を顔に取り繕い、答えた。

「馬鹿なことを言わないで。そんな訳ないじゃない。……だって、私たち……」

 しかし私はそれ以上の言葉を紡げなかった。想いという不確かなものを一切掻き消すように峻厳として聳え立つ一つの事実。それを口にすることができなかった。胸がひたすらつかえて息ができない。他に言葉が思い浮かばない。張り裂けそうな痛みに、身動き一つ取ることもできない。

 そうして身を凝固させていた私は、弟が差し伸べて来た指に伝う銀色を見てやっと、自分が涙していることを知った。


十二、

「ごめんなさい」

 幾度目か分からないその言葉を、私は弟の胸の中で繰り返し呟いた。弟は相も変わらず私の頭を撫で続けている。私の涙で胸元が濡れそぼるのを全く意に介さないようだった。

 一般に見れば、私は姉にあるまじき人間であった。弟への過剰な執着と独占を心に根差した私は既に断罪されるべき咎人であった。あの女生徒が実は真に弟を愛していたのを邪魔立てした、身勝手な罪人であった。馬に蹴られ、風に煽られて死ぬべきはずの者だった。

 しかしそれをとうに知っているはずの弟は、私を拒絶しようとしなかった。こうして涙共々受け止めて、慰めてくれている。私にはそれが喜ばしく、また同時に生殺しにされているようにも感じた。

「謝ることはないよ、姉さん」

 弟の言葉は優しく、しかしどこか悲しげだった。私が泣き腫らした目で弟を見ると、彼も先ほどの涙の跡が拭いきれない顔をこちらへ向けた。

「俺もなんだよ。俺も姉さんに酷いことをしていたんだ」

 そう言って弟はある隠し事を私に話してくれた。それは私にとって、極めて大きな衝撃をもって迎えられた。許されざる罪の告解を聞いた時のような、救いがたい罪悪感を胸に感じた。

 弟も、私へ宛てられた恋文を秘密裏に始末していたのだという。私への恋文が弟と比べて異様に少ないのも、弟が自分に宛てられたものと偽って処分するなどしていたらしい。そしてそうなったのは突然の衝動ではない、ある一つの切っ掛けが元になっているとも言った。

 弟はある男子生徒の名を挙げた。私はその生徒の名に聞き覚えがあった。以前私に何度か食事や街への散歩を誘ってきた御仁である。特段器量が悪いわけでもなく素行も好かったので、私も特段嫌な気分もしなかったのだが、ある時期を境にしてぱったりと会わなくなったのだ。その時は他に女でもできたか、単に私に飽きて魅力を感じなくなったのだろうとばかり思っていた。

 聞けば彼は私を攻略するにあたり、まず弟と接触したんだそうだ。豪放で朗らかな性格もあり、一先ず弟と親交を深めるのには成功したようだが、弟の方も彼の目的が明らかになるにつれて心中穏やかでなくなったらしい。ある日弟は男に、真っ向勝負を挑んだ。姉を娶るにふさわしい男かどうか見極めたかったのだろう。彼に覚悟と愛の深さを訪ね、その資格を見定めた。ところが事の顛末は妙な方向へ舵を切り、殴り合いの喧嘩へと発展。男は私への接触を諦め、弟とも半ば絶交に近い措置を取った。

 その発端となったものを聞いて、私は後頭部を得物で殴られたような心持ちがした。早鐘のように鳴る心臓と、止めどない汗がより一層私の動揺を増幅せしめた。

 弟は先までの哀しげな表情を拭い切れぬままの様子で、私と相対した。薄青い月光が彼の相貌に宿った。

「俺、姉さんのことが……好きなんだ」


十三、

 弟の告白を受けて、私はひどく哀しくなった。そしてその理由を逡巡する間もなく、先ほど口にできなかった残酷な答えが、私の心臓へ烈しい痛みを伴って降り立った。

 私たちは姉弟なのだ。いくら互いに愛し合っていようと、決して結ばれぬ関係。周囲からの理解も得られず、永遠に容認され得ぬ間柄。天地が覆ろうと私たちは男女として契ることは出来ない。二人の間に流れる血が語る、自然の道理。それをとっくに知っているから、私は涙を流したのだ。それをずっと分かっていたから、弟はこんなに哀しい顔をしていたのだ。

 私はそんな悲痛な感情を抱きながら、弟の顔を見つめ返すことしかできなかった。弟もそれを受けて特に落胆した様子もなく、とうに心得ていたかのように哀し気に微笑んだだけだった。弟が己のすべてをかけた告白は誰にも受け止められることはなかった。宙に浮いた覚悟が重い岩壁に染み入る音を私は聞いた。開け放たれた窓から、冷たい夜風が二人の間に吹き渡った。

 長い間黙ったぎりでいた二人はどちらからともなく抱擁を交わした。上背のよく似た二人はともすると取り違えそうなほどにそっくりな形を腕に抱き締めていた。そうして互いの温度を感じている内にこみ上げる衝動が抑えきれず、気づけば私と弟は身を震わせて泣いていた。


十四、

 私はようやく、自分の感情と行動に一つの確信を抱いた。いつからだろうか。きっとずっとそうなのだろう。私は弟が好きだった。ただいつもそれを胸に抱えていて、いつも彼と一緒に居たからそれが恋慕であると気づかなかったのだろう。

 弟の固い表情が僅かに綻ぶたび、私にだけ明かす心の内を聞くたび、彼の誰よりも深い優しさと愛情に遭遇するたび、それを誰にも明け渡してなるものかと強い独占の心を抱いていた。私はその感情を見て見ぬ振りをして、ただの姉馬鹿と決め込んで、溢れだす嫉妬を噛み殺していた。いつかは弟も私でない誰かと結ばれて、その傍らに私でない誰かを抱いて笑うのだろう。私も弟でない誰かと共に時を過ごし、弟でない誰かの子を産み育てるのだろう。それは当然のことだと、当たり前のことだと――そうあるべきなのだと、諦めていた。

 けれども二人は自分を偽れなかった。私は女生徒の恋文を破いたその時から、弟は男子生徒と殴り合って絶交したその日から、己の半身と結ばれる未来という虚像を心に焼き付けてしまった。

 女神の塔に誘われた弟が女生徒を振ったのは他でもない、私の存在があったからだ。姉に恋をした弟は他の女と愛を契ることができなかったのだ。それを理解した時、私は全身に伝わってくる暖かさがとても愛おしく、そして堪らなく哀しくなった。

「姉さん」

 震える声でそう言った弟は再び私の瞳を覗き込んだ。その中に映る私もやはり震えていた。

「この塔の伝説を覚えているよな」

 女神の塔の伝説……。この日、この場所で、男女が願いをかければ、天上の女神様に届いて必ずやそれを叶えさせてくれる。――それがどれだけ儚く、淡い想いだとしても。そんなものはただの絵空事だと知りながら、それに縋りたくなるほどに二人が胸に抱く慕情はか細かった。それを縒り合わせる苦悩と愛に憔悴しきっていた。二人は天から垂れる蜘蛛の糸にひしめく亡者のように、その願いへ思いの丈を預けた。

 私は弟の手を取って握り、指を絡ませた。彼の銀色に輝く虹彩が、私のそれと互いに映しあった。今この瞬間だけは、二人は一つになっていた。

「女神様、どうか……」

「この手が一生、離れませんように」

 絡み合った指から、そっと優しい温もりが伝った。昏い月明かりに見下ろされながら、二人は静かに唇を重ねた。


十五、

 塔を出た二人はまるで素知らぬ他人のように黙ったぎりでいた。互いの顔を見るのが気恥ずかしくて、明後日の方向へと顔を向けたまま歩いた。やがてそんな初々しい空気に堪えられず、私は不意に弟の腕を抱き寄せてみた。固唾を飲む音が間近で聞こえ、全身の硬直が直に伝わる。女性という存在に免疫がほとんどないから、たとい姉であれ固まってしまうのだろう。そういった初心な反応もまた私の愛情を深める一因となった。

 弟に話しかけてみると普段からは想像もつかぬ程しどろもどろになるものだから、私はおかしくってつい笑ってしまった。「そこまで緊張することないじゃない、姉弟なんだから」と揶揄うと、「もう違うようなものじゃないか」と言われた。

 弟からすれば、やはり恋人として私と居たいのだろう。しかしそれではなんだか少し寂しいような気もした。私は女としてだけより、一人の人間として、たった一人の姉としても弟を愛したかった。これまでの姉弟のままで恋人になれたら、それは随分素敵なことじゃないか。人間として、姉弟として、そして恋人としても愛し合えればそれが最上じゃないか、と私は心の内を正直に弟へ打ち明けた。

 弟は少し驚いた風な顔を見せ、やがて心得顔で微笑んだ。私はそんな彼の顔を見て、声を上げて笑った。これほど心から清々しい笑いが出たのはいつ振りだろう。いや、おそらく一度だってないだろう。私はようやく自分の幸せを見つけたのだ。誰にも渡せぬ、誰にも明かせぬ仄暗い幸せ。人気と星のない夜空の下、この喜びを決して離すまいと、弟の腕を一層強く抱き締めた。


十六、

 数日の間は何事もなく日が経った。年明けで幾らか慌ただしい部分もあったが、他には事件もなく平穏な日々を送っていた。

 私たちはこれまでと同様の距離感で接していた。意見交換や用事の手伝いで行動を共にして、それ以外は特に引っ付くこともない。それだから周囲からは変わった様子には見えなかったろう。しかし事あるごとに交わす目配せと人目を盗んで繋ぐ手からは、あの日願った思いが確かな熱として二人を伝わりあった。寮に帰ってもそれはほとんど同じことが言えた。人目を憚る必要こそないが壁の薄い寮ではあまり大仰なことはできない。暇になった後はただ黙って寄り添いあっていた。私も弟もそれで十分らしかった。一般的な男女はもう少し水っぽい関係になるのだろうが、何より私たちの中に根深く打ち込まれた血の絆が、それ以上の接触を必要としなかった。あるいは二人とも生来肉欲に乏しい人間だったからかもしれない。ともかくそうして互いの肌と唇から伝わる温度だけで二人は満足した。

 しかし世には禍福は糾える縄の如しという言葉があり、それは現実を極めて残酷なまでに精密に描写していた。私たちの日々は決して幸福のみで構成されているわけではなかった。

 私たちは年頃の男女として観察されるように、恋人を欲する人間からのアプローチを度々受けた。そしてそれに気のない返事をして相手を残念がらせた。理由などは当然秘めたままにしているので一層不満がられた。時には悪態さえ吐かれた。私たちは常に周囲の信頼を裏切っているような思いを抱えて過ごした。

 特に父の前へ出た時にはそれが顕著だった。私の過去の失敗を許している彼には、既に二人がただの仲の良い姉弟として映っているらしかった。一般より距離の近い間柄であることは知っていようが、兼ねてよりそうであったから特別の違和感を覚えなかったようだ。そろそろ良い相手の一人でもできる頃合いだろうと食事や酒の席で我々を茶化した。私たちは胸の中に凄まじい罪悪感を生じながらそれを笑って流した。私も弟も、父に正面から目を合わすのを躊躇っていた。

 ある時私は懇意にしている女性教員に、今度の休みの曜日に街へ出かけようと誘われた。同性の友達と出かける分には弟も反対しないだろうと思い、一旦はそれを承諾した。しかし後になって次の休みにデートに行こうと弟に誘われた。私は迷ったが、友と弟とを量る天秤は結局、弟の方へと傾いた。弟の期待を裏切るより、初めから裏切っている友の信頼を損なう方が私にとっては苦痛がなかった。友に断りを入れて謝った時、それが少し訝るような目つきをしたのはその時気にも留めなかった。

 それから私は度々弟と一緒に居ることを優先した。二人が結びついて以降、仲の良い教員や司祭との茶会などもほとんど足が向かないでいた。それで向こうも私を誘うことは滅多になくなった。私は静かに孤立していた。しかし弟との愛に目の眩んだ私は、それをはっきりと自覚する機会を逸していた。


十七、

 とうとう私はその愛の残酷さを目の前に突き付けられることとなった。塔での我々の逢瀬と接触を盗み見した生徒がいるというのだ。随分前の話に思ったが、あれよりまだ一月も経っていなかった。それを明かした張本人が誰かまでは判明しなかったが、私にはどうしてか確信があった。猫の髪飾りが塔の頂上から落下していく光景が私の脳裏に焼き付いた。

 例の恋文破損事件以来、兼ねてより噂されていた私たちの「そういう」関係についての疑惑は、今や確信めいた情報として人々の間に知れ渡った。貴族の出の多い士官学校生にとって近親婚は、それほど縁遠いものではない。血の繋がりの近い者同士で結婚して子を産むなど、茶飯事とは言えないまでも少なからずあることだった。しかしそれはあくまで家の財産や所領を分散させぬための奇策めいた戦略であって、断じて近親間の恋愛を助長するものではない。そこにあって我々の純粋なる姉弟恋愛は生徒たちの目からもどうしても異質なものと映ったようで、擁護する声が非難のそれを上回ることは決してなかった。

 もはや往来で堂々と弟と接触することすら憚られた。何しろただ一緒に居るだけで、まるで汚らわしいものでも見ているような侮蔑の目がこちらへ寄せられるのだ。正面切って罵られることは殆どなかったものの、衆人が私たちへ向ける目は人道を外れた獣へのそれに極めて近かった。もっとも実際に倫理に外れていることをしているのだから、謂れなき誹謗と反論することもできない。寮に戻るまで私たちは、まるで罪人のような心持で日々を過ごさねばならなかった。

 当然、そういった風評がその親御の元へ運ばれない道理はない。ある日騎士団長の部屋へ呼び出された我々は、そこで顔を真っ赤にした父と対面した。


十八、

 廊下にまで滲み出すほどの酒気。机の下には空の酒瓶が何本も転がっている。厳格とまでは言えないまでも、公私の分別に予断のない父が昼間から酒を呷るなど、少なくとも騎士団への復帰以後なかった事態だ。

 それまで胡乱だった彼の視線は、我々の姿を捉えるなり激昂の色を帯びた。やにわに立ち上がって肩を怒らせたかと思うと、今度は急に青くなって椅子へ座り込んだ。見ているだけで気の毒だ。私たちはそっと応接用の椅子へ腰を降ろした。

「いつからだ」

 第一声は質問だった。詰問とも言えた。叱咤や怒声でないだけ心臓には優しいが、やはり我々の罪悪感を刺激するには十分な切れ味を有していた。正式に付き合い始めたのは舞踏会の夜からだと伝えると、父は大きくため息を吐いた。きっと彼はこのような質問を口にしたくはないし、またそれに対する回答も耳にしたくないのだろう。

 次の言葉が紡がれるまで、少し時間がかかった。今度は「何故だ」という、大ざっぱながら非常に核心を突いた質問を投げかけて来た。素直に答えるならば、それは「私が私という人間だから」という禅問答めいた曖昧な答えが適切なように思われた。私が弟を、弟が私を愛してしまったのは、他ならぬ私と弟の生まれ持った性情故である。しかしそんな要領を得ぬ答えを父が望んでいないだろうことは百も承知していた。これは質問の体を成した愚痴に相違なかった。父は大きく嘆息を吐いて頭を掻き毟った。手にした酒瓶を大きく呷り、黙ったぎりでいる我々を睨めつけた。

「まあ今となってはどうだっていい。それよりお前らに伝える事がある」

 ぶっきらぼうにそう言って、一枚の紙を我々に提示した。恭しい物言いの文言が連なる上に、大きく辞令と書かれている。今月中に弟は東方へ離れた教会の方へ出向することになったようだ。元々教師の兄弟姉妹は同じ施設内に置かぬのが通例であるらしいから、これは問題を起こした二人への懲罰というより、これまでの慣例の踏襲という面が大きかった。もっとも、このまま我々二人を一所に置くことへの世間体と危険性を鑑みての配慮であることは疑うべくもなかった。

 我々はそれを聞いて特段驚きはしなかった。概ね妥当であると予期していた。ただやはりこうして実際に処置が下された時に心を刺し穿つような痛みが襲ってくるのはどうにも堪えがたかった。もう愛する人と一緒には居られないのだと思うと、胸が張り裂けそうな思いだった。

 弟が辞令を受け取り、「承りました」と簡便に言って父に頭を下げた。それを見た父は固く拳を握り締め、わなわなと身体を震わせた。すると父は立ち上がって腕を大きく振り上げた。すわ鉄拳かと思い私と弟は身構えた。しかしその拳は威力を発揮することなく、力なく父の脇で垂れ下がった。ため息と共に発せられる弱々しい「下がれ」という声に胸を軋ませながら、我々は部屋を後にした。


十九、

 道すがら、普段より一層二人は静かだった。元より騒がしさのない間柄であったが、今日のそれは平静というより沈痛な重苦しさからくるものだった。そうして黙って行く先は、どちらが先に足を向けたか定かでないがやはり例の女神の塔であった。

 色の変わりゆく空を二人で並んで眺めた。暮れ行く夕日で頬を赤く染めていた。日がすっかり沈んで星が瞬いても二人はそこに居た。冷ややかな風が肌を撫ぜれば、寄り添って温め合った。いつか二人を結んだこの塔で、私たちは手を握り合って二人の離別を憂いていた。

 弟がふと何事か呟いた。風の音にかき消されて内容は聞き取れなかったが、どうしてか私の心にはその言葉が届いた。それはたった一つの思いに他ならなかった。その確信のある私は弟の耳元へ、きっとそれに対する返事として妥当であろう言葉を囁いた。弟は私の返事に満足そうな顔をした。そうして、同様に微笑む私の肩を抱いてもう一度その言葉を囁いた。「好きだ」、と。

 私たちは改めて思い知った。半身ともいえるその片割れへ抱いたその思いは、例え父を悲しませるとしても捨てきれないものであった。いや、簡単に捨てられるものなら元よりとうに捨てていた。それをせず女神という抽象的なものに願いを掛けて互いを求めたのは、そうすることも厭えぬ程に自分らの中のそれが強く美しいものであることを知っていたからだった。

 二人はもはや何者にも壊せぬ程に強力に結び付いたその愛の楔を、もう一度確かめるように優しく柔らかに身を寄せ合っていた。


二十、

 いかに気が乗らないと言えど、与えられた職務は果たさなければならなかった。そうしている間は弟を忘れられるのではないかと淡い期待を寄せたが、結局それは無理な話であった。私は授業中にも度々手を止めて嘆息を吐きたい気分に駆られた。あるいは無意識の内にそうしていた。事情の知る生徒からは哀れむよりも、侮蔑の眼差しが寄越されているように感じた。私は以前まで持っていたこの仕事への熱を急激に冷ましていった。

 ある時教師で集まって会議を開いた。これから数週間、数か月に渡る教育科目についての予定を立てるのだが、私はそれに関心を抱けずにいた。将来の予定を立てるのに、今月中に居なくなる人間は必要がない。そのために欠員した隣の座席を見て私はひどく哀しくなった。そうして興のない顔でいた私は、突然意見を求められた。話半分で聞いていた私はそれに半端にしか答えられなかった。周囲の責めるような目線が突き刺さる。そうした中、「物憂げにしていられるなんて随分余裕ですこと」とはっきり悪態を吐いたものが居た。それはいつか私と教育方針で衝突した教師であった。私はまたもため息を吐きたくなった。どうにか堪えて「すみません」と謝ると、その教師は「……ついでにあなたも向こうへ送られれば良かったのに」と小さく呟いた。すぐに周りの者が窘めたが、他の教員はおおよそ黙ったぎりでいた。そうして睨め付ける視線は彼女より、私の方へ向けられるものの方が多く感ぜられた。父は何も言わず俯いていた。私は部屋を飛び出して寮に帰りたくなった。


二十一、

 騎士として戦場に身を駆りだす機会の少なくない貴族諸侯には、ある程度の実戦経験が必要だった。その教員として、傭兵稼業を営んでいた我々一家は殊に重宝されていた。女の身でよくぞ、という評価もあったろうが特に細やかな手練に私は自信を持っていた。戦闘において他の女子が右に出ることはないだろうと自負していた。

 この日一対一の決闘を見せることとなった。私は希望者を募った。以前はそれなりに多かった希望者も、あれ以来少しく減ったように思われる。すると大きく声を張り上げて手を掲げる生徒が現れた。私はそんな気概のある者もまだ居るものだと気を良くして、それを指名した。そしてその選択を大いに後悔することとなった。

 生徒は猫のシルエットを象った真っ黒な髪飾りを身に着けていた。校則では華美な装飾は戒められているが、地味な色合いであれば大抵黙認されていた。彼女もそれを知っているから堂々と髪に挿していた。口紅は薄い目立たぬ色であった。

 剣を持つ手が震えた。いかな巨躯の豪傑であろうと恐れなかった私の心は、鋭い爪を立てられたかのようにきりきりと痛み出した。私は大きく息を吐いて呼吸を整えた。そうして相対した女生徒の目は、夜闇に身を溶かす黒豹の様に暗く深い色を湛えていた。

 動揺の中でも、私の体に染みついた戦いの記憶は毫も衰えなかった。感情に任せて振られる剣筋を捉え、その手元を叩く。あっけなく弾き飛ばされた剣に、女生徒は少なからず狼狽えている様子だった。私は剣を鞘に納めた。ぱらぱらと湧く拍手の中、私は肩を押さえつけていた重石を降ろすように大きく伸びをした。

 そうして首を巡らした時、私の心臓はどきりと跳ねた。観客の中に弟の姿があった。生徒に混じって拍手を送ってくれる姿に、私は大きな満足を覚えた。いつまでもそれと目を合わせて居たかった。しかし目の前にある女生徒との関係を思い出した私は、心臓に冷たいものが流れたのを感じて目線を戻した。その刹那――懐に忍ばせていた短刀を取り出した女生徒が、私の胴元を貫くためにその黒い爪をこちらに差し向けていた。


二十二、

 訓練に懐剣を持ち出すなど当然あってはならぬから、女生徒との勝敗は私が白星という風に記録された。しかしもしこれが戦場であったら、話は別である。戦いに不意討ちは付き物。無機質なまでに死生をやり取りする戦場において、騎士道もへったくれもないのは傭兵である私が一番よく知っているはずだった。その事実が長年戦場を渡り歩いた傭兵としての私の誇りに傷痕を残した。そしてそれは私に限らず周囲もおよそ認めているらしかった。私の評価は地に落ちるとまではいかないまでも、以前までの完璧なものとは比べるべくもないほどになっていた。記録では敗けたはずの彼女は、初めてあの灰色の悪魔に剣術で土を付ける快挙を成し遂げたと担ぎ上げられていた。

 私は遮二無二振っていた木剣を降ろした。誰も居ない訓練室には私の荒い息遣いだけが響いている。訓練室の空く時機を見計らい、先日の様な不慮が二度と無いようにと鍛錬に励んでいた。しかしどうにも身が入らなかった。こう集中を欠いたままでは非効率的だろうと思った私は少し休むことにした。扉に背を預けて座り込み、そのまま目を閉じる。たらりと額を伝う汗に、私はあの時流した冷や汗を思い出していた。

 もし彼女の中の殺意がほんの少しでもあれより大きければ、きっとこの土手っ腹には短刀が突き刺さっていたことだろう。懐剣での傷害となると流石に殺意ありと認められて彼女は罰されたはずである。あわや退学という所まで発展するかもしれない。もし一命を取り留めたなら、私を哀れむ声も生じたことだろう。そうなればさぞ気分が良かろうと思った。私は実感的な痛みより、精神を突き刺す周囲の目線の方がどうにも堪え難く感じていた。

 やにわに外が騒がしくなった。どうやら授業に向かう生徒たちの声で、しかも先日の決闘訓練についての話らしかった。扉にもたれている私は息を押し殺して耳を傾けた。

「――私は思わず拳を握ったよ!」

「伸びなんかして余裕ぶった顔が一瞬で歪んで……ねえ、ざまあみろと言った感じだったわ」

「ちょっと、言葉が乱暴ですことよ。そういう時は『いい気味』とでも言うのが適切ですわ」

「その方が意地が悪く感じるけど……。ともかく、いつもああして澄ました顔をしているからあんな目に遭うのよ」

「全くよねぇ。あれで弟も手籠めにしたに違いないわ」

「まあ、本当ですの?」

「きっとそうよ。あれだけずっと引っ付いているんですもの、裏で何してるか分かったものじゃないわ」

「やだー! 気持ち悪いよ」

 私は扉を開けて反論したい気持ちに駆られた。しかしそれがどうしても不可能だということも知っていた。私たちの関係の清廉さを証明する手立てなどどこにもないのだ。何を言っても信じてもらえるはずがなかった。

「うえ、次あいつの授業だ。嫌だなあ」

「あんなのがまだ教師でいられるなんて信じられないわ」

「本当、……あのまま刺されて死んでしまえば良かったのに」

 私は音を立てぬようにして立ち上がり外套を羽織った。女子らのきゃはは……という黄色い声が遠のいたのをきっかけに、私は訓練室を出た。身震いが止まらなかった。十分なほどに動かして温まったはずの体が凍えてしょうがなかった。


二十三、

 気づけば私はあの塔の頂上で風を浴びていた。既に冷え切った体にはどんな寒風も堪えなかった。

 私の居場所はどこにもなくなっていた。友も仕事も戦いも、全てから拒絶された私は真に孤独だった。ただ一人の恋人だけは例外であったが、それも近い内に私から離れていくことを思い出していよいよ私は視界が黒ずむのを感じた。遥か下に見える石畳へ、身を放って投げ出してしまいたかった。

 後ろから階段を駆け上る音がして、弟の姿が見えた。かと思うとそれは縁に佇む私へ駆け寄り、力強く抱きすくめてきた。

「馬鹿なことは止めてくれ、姉さん」

 私は苦笑した。大方塔の頂上で物思いに耽る私を見て、身投げと勘違いしたのだろう。しかしそれもあながち的外れな推理でないから、やはり私のことを良く分かってくれていると嬉しくなった。

「約束してくれ。俺より先に死なないと。早まった真似は決してしないと」

 弟の必死の説得に、私は何も答えられなかった。周囲との関係に馴染めず、また自分を変えられない私はもはや死ぬ以外に方法がないように思われた。弟にだけは嘘偽りを持ちたくない私は、仮初の保証をすることさえできなかった。そうして黙ったままでいる私を、弟はさらに強く抱き締めた。氷のように凍てついた身体が泣きそうな熱で融かされていくのを感じた。

「姉さんが死ぬくらいなら、俺は……」

 弟は私の顔を正面から見据えた。私の好きな弟の瞳。私の好きな弟の目鼻立ち。私にだけ向けられる真摯な双眸に、燃えるような炎が灯っていた。

「姉さんを連れてどこかへ逃げることも厭わない」


二十四、

 私は思っていたより長く塔でぼうっとしていたらしい。既に授業の始まっているはずの時刻だった。急いで授業を再開したが、特に呼びに来た者も心待ちにしている様子の生徒も居なかった。私は無感動にそれを受け止めた。

 授業を終えた後、どうにも悪寒を感じて早引けした。するとすぐに熱が出て寝込むこととなった。きっと汗をかいたまま寒風に吹かれていたせいだろう。上司に言うとあっさり納得して休暇を寄越してくれた。同僚も簡単にお大事にと言ったぎりであった。心配そうにしてくれたのは保険医と父ばかりであった。

 もう仕事の少ない弟がほとんど付きっ切りで看病してくれることになった。こうして長く一緒の部屋で過ごすことはしばらくなかったから、私と弟は大いに喜んだ。残り少ない日数を共に過ごせることにこれ以上ない幸せを感じた。

 熱の温度は大したものでなかったが、喉を患ったのか私はよく咳をした。私の胸が跳ねる度、弟は大層不安な顔をした。あまりに咳き込んだせいかとうとう私は血痰を吐いた。大病の兆しと踏んだのか、それを見た弟は血相を変えて保険医を呼んだ。大した事じゃない、喉が切れただけだと診断されてもまだ表情を昏くしていた。

「大丈夫よ、ただの風邪なんだから」

「病人は大抵初めはそう言うものだ。そうやって無理をするからなお悪くするんだ」

「じゃあ安静にしているけれど。……そう暗い顔しないでよ、こっちまで気が滅入っちゃうわ」

 そう言って弟の頬を撫でてやると、安心したのか少し微笑を浮かべた。

「けれども姉さんが結核でも患ったかと思って、本当に怖かったんだ」

「私が凶賊と剣を結んだ時だってそんな顔しなかったでしょうに」

「病はいかな英雄でも殺せるだろう。それに蝕まれる姉さんは死んでも見たくない」

「……本当に、私に死んで欲しくないんだね」

「ああ、絶対に」

 私はもう自殺する意思を失った。弟を残しては死ねなくなった。それを正直に伝えると、弟はようやくのように顔を明るくして喜んだ。そうして頬をさする私の手を握り返して、そのまま静かに涙を流した。

 するとそこへノックの音が響き渡った。目元を拭った弟が応対すると、果たしてそれは父であった。父は弟の顔を見て少し眉根を寄せたが、咳き込む私の様子を見てすぐに親らしい病状を思いやる言葉を投げかけてくれた。病状が危篤なものでないことを聞いて父は安心したようだった。またそれが心因性のものかどうかも聞いてきた。私は少しく迷って、弟の献身のおかげで随分体調が良いことを正直に伝えた。父はそれを聞いて黙って頷いた。すると子供にそうするように、二人の頭をくしゃくしゃと掻いなでた。私たちは少しこそばゆいような顔をした。ほんの短い間だが、我々は暖かい団らんを迎えられた。三人とも直近の事件を忘れて、互いを思いやる家族としてそこに居た。

 やがて父は見舞いの土産を渡して、「……すまない」と言って出て行った。何についてのことかさっぱり分からぬ我々は互いに目を見合わせた。土産には滋養のある食料の他に、甘い桃が添えられていた。二人が病気になると父は必ずこれをくれた。季節外れで青かったが、きっとそれで謝ったんだろうと二人はひとまず納得した。


二十五、

 そうして心身に良い生活をしていたからか、思ったよりすぐに熱が引いて復帰できるようになった。制服を着た私を見て弟はひどく寂しそうな顔をした。私も精の出ない仕事などより弟と一緒に居たかった。生徒や教師たちに軽蔑の目で見られるより、弟の温かい眼差しを受けて過ごしたかった。そんな思いを抱えていたせいか、以前にも増して私は業務に集中できずにいた。弟とひたすらに愛し合いたいという気持ちが際限なく膨れ上がっていた。

 弟もそれはほとんど同じだったようで、寮の入り口で出会った時、いの一番に抱き締められた。私もそれに篤く応えた。何人かの生徒や教師が通り過ぎて眺めてきたが、私たちは気に留めなかった。

 寝床に就いたさなか、私は隣から「逃げようか」という声が起こるのを耳にした。その声は初め、諦めや願望の色を多分に含んでいたが、続く言葉にははっきりとした意志が秘められていた。

「逃げよう、二人だけで。誰もいない所へ」

「他の人たちはどうするの? 生徒たちは……父さんはどうするつもり」

 こう訊くと弟は、その銀色の瞳を私のそれへ向けた。彼の双眸がまばゆく光っているのは窓の外の月明かりが映っているからか、それとも彼の覚悟がそう見せているのか。

「俺には姉さんしかいない。これまでも、これからも」

 はっきりとした独占の宣言に私は胸を躍らせた。何を隠そうか、私とて同じなのだ。私には弟しかいない。弟がいればそれで充分だった。そのあまりに無責任な選択が、私と弟を救う唯一の手段に思えた。けれどそこまでする勇気と大胆さのない私には、どうにも決心がつかなかった。教職や戦いにもう興味はなかったが、心の奥底ではまだ優しいはずの父まで裏切ってしまうのにはどうしても怯えた。弟も無理に私を連れ出すのは心苦しいと見えて、それ以上何も言わなかった。二人はいつもの如く黙って互いに抱き合っていた。


二十六、

 弟の出立まであと少しという所に迫ったある日、私は老教師に用事が出来た。訪ねてみるとあいにく講義中だったので、そっと教室に入って後ろからそれを眺めていた。柔らかい人当たりに庶民的な空気のある彼の元には、貴族出より平民の出身である生徒が多く出席していた。彼もそれを自覚しているのか、固い人生訓ではなく辛い境遇や努力に疲れた人間を励ます言葉を多く採用していた。私はその方針に大いに共感した。

 講義の題目は知らないが何でも人類学と心理学を折衷しているようだった。やがて他者と自己の関係性とか、集団における個人の在り方とかについての話に移った。当初あまり真剣に注力していなかった私も、その中のある一節だけは心に残った。それは以下のようなものであった。

 ――人格とは周囲への反応で構成されている。自己へ回帰する情動も含めその存在の証明は自己のみでは果たせず、何らかへの干渉があって初めて観測される。――然るに、自己とは他者との関わりが作り上げる物に他ならない。他者無き自己は自己無き他者と同様、証明する手立てがないのである。であればそれは存在しない事と同意で――それならば他者に拒絶された人間はどう生きればよいのか? 答えは簡単なもので、やはり拒絶しない他者を見つける他ないのだ。人格によってその難易は多少差があろうが、それでもやはり自己を受け入れてくれる者を寄る辺にするしかない。でなければその者は、孤独という最も人間らしからぬ悲劇に見舞われる事だろう。そうなればそこに居るのはいかに知能が高かろうとやはり境界を失った獣なのである――さて、集団を構成する人間社会では折々それへの所属を拒まれる者がいる。罪を犯した者、相容れ難い人格の者、孤独を好む者、他人を省みぬ者、ただその集団に馴染めなかったというだけの者……。その者らはやがて処罰され、隔離され、追放される。あるいは滅多にない事だが、集団の方が変化して迎合する。決してそのままにする事はない。そして本人らも何らかのアクションを起こす。自己がある限り、他者との関係を変化させるしかないからだ。――あるいは、自らその集団への所属を止めて『逃げる』事を選ぶ者もいるだろう。概ねこれはそういった境地において自己も集団も変化が出来ぬと知った人間に残された最後の手段である。その問題は大抵簡単な物でなく、きっと人間の在り方そのものが変わらぬ限りどうにもならないものだ。それだからその事情への解決の術を知らない限り、我々にその選択を非難する資格はないのである――

 一人の生徒が手を挙げた。撫でつけられた髪形に、糊のきいた制服を身に纏っている所から貴族家の嫡子であることが察せられた。

「その状況下において、重要な責任を負わされている者はどうなるのでしょうか」

「同じ事だ。何らかの変化をするか、でなければ先の様な処置を下される。これは個人と集団の関係の論理であるから、責任の有無で変わるという事はない」

「であれば責任ある者が逃げ出しても仕方がない、という事でしょうか」

「状況によるが、その場合は概ね責任を負わしている集団に責があると言える。集団の方に問題があるのはもちろんだが、個人に問題がある場合もその能力を未練がましく使い倒そうという貧乏染みた真似をするのがまず間違っている。そういった人間は早くに駆逐して、より潔癖な構成員で占めるべきである」 

 不意に、老教師の目がこちらを向いた。一瞬目が合ったように感じたが、すぐに元の調子に戻って教室全体へせわしなく目を運び始めた。私も含め、生徒たちはみな彼の講義に集中していた。

「逆に言えば、個人に問題がなさそうなのにそれが逃げ出すとすれば、それは集団の方に問題があるという事だ。もしそういう選択をする人間が居て、それに君らが少しでも妥当性を感じたなら、まず集団の方を疑ってみるが良かろう。もっとも、それが国家だとか大組織と言った強大な相手であれば難しいかもしれないが……」

 授業時刻の終了を告げる鐘が鳴った。生徒らが銘々立ち上がる中、私はいつまでも教室を出ていかなかった。やがて老教師と二人になった時、私は元の用事を忘れて彼に質問をした。

「先生、たとい個人に問題があったとて、その人らが自ずから逃げるのはやはり恥ずかしいことでしょうか。そうするくらいならどれだけ辛くとも放逐されるのを待つべきでしょうか」

 老教師は初め要領を得ないような顔であったが、私の表情を見て何事か察したようだった。やがて口角をぐいと持ち上げてこう答えた。

「そもそも逃亡に恥を感じる必要はない。傭兵の立場の君はよく知っていると思うが、騎士道などという誇りを命より重用する絢爛な価値観に固執していては、君、死とか破滅とかいう本末転倒な事態を招きかねんからね」

 そう言って教室を去る際に、私の肩を叩いた。これまで多くの人間から貰っていた侮蔑の色の一切ない、純粋に私の人柄を見据えて評価した男からの応援であった。

「他人や社会なんぞのために死んだり辛い思いをするくらいなら、我々の先祖である鼠諸侯と同様、堂々と逃げおおせて自分の本懐を果たすが良かろう」

 それを聞いて私の心の迷いはすっかり晴れた。用事のあることを思い出した私は、すたすたと歩み去る彼の背中を追いかけた。


二十七、

 弟の代役を決めるにあたって、私のような若い者も含めた全教師を集めて会議することとなった。多角的な視点で検分するのが公平さをより高めるのだそうだ。今の所候補の教師には二人の人物が挙がっていた。いずれも教師の職務を果たすに足るだけの能力はあったが、より場数の踏んだ方を採用しようかという流れになった。そこで私は異を唱えて、もう少し様子を見たいと発言した。「新進気鋭たる若者の勢力をもってすれば、生徒への入魂にもさぞ力の入ることであろう」……云々ともっともらしい理屈をつけた。既に立場の危うい私の意見にも、似たような年齢をした幾人かは賛成してくれた。すると例の老教師が「それなら二人ともひとまず実習させてみて、その成果や評判を鑑みて判断するが適当かと思います」と言った。他の年季の入った教師もこれに反対しなかった。そういう訳でしばらくの間、定例より一人多い人数が教職に就くこととなった。これならば急遽もう一人欠けることになってもすぐに補填が利くだろう。私は胸を撫で下ろした。老教師の方を見やると、いつか見たようなウインクがさりげなくこちらに向けられた。

 私と弟はその新任の教師に宛てて長い手紙を書いた。それは大抵の内容が教えるべき科目の注意であるとか、生徒たちの好き嫌いであるとかいった我々から受け継がれるべきものを記していた。その他に家具や私物の始末の付け方を寮の長に向けて書いた。そうして後の事を任せる文ばかり書いていると、なんだか心中前の遺書をしたためている様な気分になった。それを言うと弟は縁起でもないと少し嫌な顔をした。私は「それだったら、父さんに書くものは後に回しましょうか」と言った。手紙を遺していくのは死にゆく者でも出来るが、落ち着いてから手紙を寄越すのは生者にしか出来ない。そうすれば二人は父に手紙を書くまで心残りで死ねないだろう。また向こうも別れの挨拶を受け取らないので幾分不安がらないで済むだろう、と。弟はそれに納得して微笑んだ。


二十八、

 出立の前日、二人はもう一度例の塔へ足を運んだ。あの時願った想いは通じた。二人を縒り合わせてくれたこの場所に感謝の気持ちを述べに来たのだ。祈りの中で、遠く鐘の音が聞こえた。ここの聖堂からではない、もっと遠くの村か教会の鐘の音が聞こえるほどに塔の中は静寂だった。

「後悔はないかい、姉さん」

 祈りを終えて、弟はそう言った。私はその言葉に応える代わりに彼の手を握った。そうしてその暖かな手を、自分の胸に押し当ててこう訊き返した。

「私の心がなんて言ってるか、当ててみて」

 弟は触れる柔らかさに一瞬表情を固くしたが、私の言葉を聞いてすぐに真剣な顔をして目を閉じた。やがてその閉じた瞼が開かれた時、私は私の心のすべてが彼に届いたことを知った。

 私たちはもう悔やまない。恐れない。この繋がる心の温もりがある限り、決して離れない。女神に繋げられた二人は、もう何ものにも引き裂かれることはないだろうと確信していた。


二十九、

 私たちは予定よりずっと早い夜明け前の時刻に来るよう馬車を呼んだ。御者には法外と言えるほどの賃料を渡して黙ってもらった。平生のものと随分趣向の違う服を着て目深に帽子を被り、ふと知り合いが通りがかってもそう易々と見破られる心配はないぐらいの変装を施した。よく顔の見知られた門番とすれ違ったが、我々を見ても不審に思わない様子であった。日の昇りきらぬ空に朝霧が立ち込め、三間先の人影すら朧に映る。まさに失踪にはうってつけの時機であった。

 そうして馬車に乗ろうという段になった時、後ろから「もし」という男の声が聞こえた。我々はその声の主を良く知っていた。凍り付きそうになる身体をどうにか抑え、それに返事をした。男は「昨今は物騒ゆえ、気を付けて行かれよ」と言って酒と食料と、青い桃の入った籠を渡してきた。私は弟と一寸目を見合わせ、顔を伏せ気味にしながらそれを受け取った。

「どうも有難う」

 そう言って目線をすぐに戻し、元のように馬車へ乗ろうとした。すると、「……もし」という低く唸るような音がした。それは呼びかけのための言葉ではなかった。子供の粗相に忠告する時の親の声であった。

「もし不幸せになったら許さん。必ず幸せに生きろ」

 男は背を向けた。朝霧に溶けるようにして去り行く彼の背中に、私たちは小さく「必ず」と返した。男は頭を掻いた。そうして挙げた手を軽く振って歩いていき、そのまますっかり見えなくなった。生まれてより今日に至るまで世話になっていた父親の愛に、我々は感謝と謝罪の念を抱かずにはいられなかった。


三十、

 後ろから咳払いが聞こえた。見れば独り置いてけぼりを食らった御者が、白けるような目でこちらを見ている。いつまでも崖で寄り添ったままにしている恋人に辟易したのだろう。手持無沙汰といった風な面持ちで手綱を握ったりたわませたりしている。

 飛ばされかけた帽子を押さえながら、馬車の方へ足を向けた。すると後ろから私の名を呼ぶ声がする。何より愛しいただ一人の存在が、それを手に入れるために打棄ったも何もかもの象徴を背にして立っている。弟は言った。

「絶対に幸せになろう、姉さん」

 私は差し出される手を、もう一度強く握った。そうして大きく頷き晴れやかに微笑んだ。私たちは何をおいても幸せに生きねばならない。それは幸福を求める人間としての義務でも願望でもなかった。私たちを見送ってくれた彼に、そうすると誓ったからだった。

 二人は幾度目かも分からない言葉を互いに囁き合って、静かに頬と頬を寄せ合った。


<下>

色づく手紙

一、

 ここに復職して何度目かの周年祭の季節になった。今年も浮かれた生徒や教師がいつもより多少派手なくらいの化粧を施して踊ったりするようだ。俺は酒と料理にしか興味がないから、大した感動も抱かずにそれを眺めていた。

 あれから何年になるか。すっかり生徒も教員も代替わりして、あの二人を覚えている者も少なくなった。いや、わざわざ覚えようとする者も居るまい。姉弟で駆け落ちした教師など、学校側からしても闇に葬りたい題材には違いない。二人ともできるだけ跡を濁さぬように色々手配してくれたようだから、最悪の印象でこそなかったが、それでも世間は近親者同士の恋愛に寛容ではない。自分と同じく、忌避感からくる忘却に身をやつすのが大方正当だろうと思った。

 思えばあいつらには大した事を教えてやれなかった。読み書きも計算も、頭の悪い俺は本当に初等な所しか教育できなかった。戦いも、この世情なら必須だろうと思って気は進まなかったが鍛えてやった。すると二人とも才能があるものだから、親としては随分と困った。あまり好戦的な気丈でないのだけは救いだった。

 だが俺は奴らに、肝心の心の在り方を教えてやれなかった。妻を失って自棄になった俺には愛というのが分からなくなった。そんな俺に頼らないで、自分らで見つけてくれればそれが最上だろうと思った。しかしそれもあの結果に終わってしまった。もっとも、あいつらにとっては失敗に感じていないかもしれない。人並みの幸せなんぞ初めから望んでいなかったあいつらが、例えあの結末を迎えなかったとて果たして真に幸せになれたか分からない。それならああして自ら幸福のために一大決心をしたのは成長と呼べなくもなかった。

 娘が熱を出した時、息子はそれをとても心配して、大事に思っているような顔をした。娘もそうしてくれる息子を心から愛しているような柔らかな表情をしていた。俺はそんな二人の様子を初めて目の当たりにした。乳母代わりの女中に介抱してもらっている時も、親戚の爺さんが死んだ時も、あんな顔はしなかった。近所のガキにいじめられても戦場で大怪我を負ってもちっとも泣かなかったあいつらが、互いが病床に臥せった時はあっさりと目元を赤くしやがる。そう思うとあいつらの人らしくなれるのは、やはり二人で居られる時だけだったんだろう。そんな周囲から受け入れがたい人間にしか育てられなかった自分が情けなくて仕方なかった。あの日の朝も、二人の逃避行を事前に知っていたはずの俺は結局大したこともしてやれなかった。口下手だから適当な言葉も見つからない。文章も上手くないから手紙なんぞも書けない。見舞いに使った余りの、季節外れの桃を贈るぐらいしかできなかった。だが、二人はそんな俺に約束をしてくれた。必ず幸せで居てくれると。だったら親として、できる事は済ませられたと言えるのだろうか。子供が自分の幸福を見つけ、それに向かって自分らの足で歩いていくのを見届けてやれたのなら、それで親としての責務は果たせたのだろうか。なあ、母さん……。

 しかし、もし何かが少しでも違っていれば、と思わずにはいられない。もし、という言葉は俺の口癖の一つだ。もし妻が死んでいなければ、もしあいつらが人並みの感情を持って生まれていれば、もし俺がもっとあいつらに寄り添ってやれていれば、……尽きぬ想像だと分かっちゃいるが、どうしても止められない。饗された酒では物足りず、懐のスキットルに手が伸びる。そうして中に水しか入っていないことを思い出してすぐに止めた。あの日から随分酒の量が増えたせいで、医者から止められたのだった。今ではこうして水を入れた酒瓶を携行してリハビリ染みた真似をしている。俺は嘆息を吐いた。まあ今日くらいはいいだろう。せっかくの周年祭に、辛気臭く断酒する人間なんぞ坊か尼さん以外に居ない。

 部屋に戻って秘蔵にしていた酒をコップに注ぎ、一息に呷った。熱い塊が喉元を過ぎるころには、意識がふわふわと浮いたようになる。胸に残った後悔だの不安だのが少しずつ薄れていく。やはりものを忘れたい時にはこれに限る。もっとも、そんなだから医者に窘められるのだが……。

 幾度かそうして杯を口に運んでいると、机の上に手紙が放置されてあるのを見つけた。仕事の書簡でないから後で見ればよかろうと思って放っていたのだろう。手に取って眺めてみる。差出人が書いていないが、どうも恋文の様な浮付いた内容でないことは武骨な灰色の外装から察せられた。しかしそれにしては随分甘い匂いがするので不思議に思った。それもわざわざ香水を付けたというより、家屋や調度品の匂いが染みつき自然そうなったという風に漂ってくるのだった。封を開けて読んでみる。そうする内に俺は、さっきまで飲み明かしていた酒がどんどん抜けていくのを感じた。酒からくるものでない震えがわなわなと手を揺らしていた。


二、

「久しぶり、父さん。堅苦しい挨拶なんぞは好かないだろうから、簡単に伝えてしまうよ。もし二人のことを思い出したくもないというのなら、すぐに捨ててしまって構わない。だがもし黙って出て行った子供を許してくれるのなら、その近況を聞いて欲しい。

 詳しい場所は言えないが、二人は田舎の農村の近くに家を建てて暮らしている。基本は狩りをして生計を立てているが、たまに頼まれた時に村の警護や獣退治をしている。二人とも腕が確かなので重宝されてありがたい。父さんの教育の賜物だ。後は村の子供にせがまれて読み書きも教えている。学校で教師をやっておいて良かったと思うよ。そこの子と違って幾分野性的なので苦労はするが、みんな性根の良い子たちばかりだ。

 二人は間違いなく幸せで居られている。父さんには申し訳なく思うが、生まれてより一番幸せに感じている。もっとも父さんは俺たちに幸せになれと言ってくれたのだから、そうでない方が怒るだろうな。ここには俺らを責める人間がいない。基本的に隠れているから人目に付きにくいのと、また村民もそういう事情にあまり抵抗がないおかげだろう。だから父さんとの約束通り、俺たちは間違いなく幸福で居られている。そこは安心して欲しい。

 ただ謝らなければならないのは、孫の顔を見せられないことだ。医者や学士によれば一代だけなら姉弟同士でも他人と作るのとそう変わらないそうだが、立場が悪いので踏ん切りが付かないでいる。同じ理由で養子も取れない。きっとこの家は俺たちの代で終わるだろう。本当にすまない。ただ、先の子供たちがしょっちゅう構ってくれるので寂しい思いはしていない。もし子供ができたらこんな風なんだろうな、と姉さんは事あるごとに口にしているよ。

 なあ、父さん。父さんは俺たちを嫌っているだろうか。人らしくないままに生まれて育って、大人になって親不孝な逃避行を演じてしまった。普通は忌み嫌って然るべきだと思う。そうなって仕方ないと二人とも受け入れている。ただもし、あの時俺たちを見送ってくれたように、父さんの中で二人を愛する気持ちが嫌うそれより勝っているのなら、もう一度会ってはくれないだろうか。その時はどれだけ叱ってくれても構わない。いくら殴ってくれても構わない。だからそうした後で、どうか家族として抱き締めてくれないだろうか。俺たちは他の何もかもを投げ打ってしまったけれど、やはりああして桃を贈ってくれた父さんは愛したいと思っている。もしこんな身勝手な気持ちでも受け入れてくれるなら、これ以上幸福なことはない。幸せになれという約束を、今以上に真に果たせるように思うんだ。

 もちろん受け入れられない時は返事をしないでも構わない。金輪際忘れてくれてもいい。ただ、俺たちは何年でも待っている。父さんがそうしてくれたように、俺たちは何年でも何十年でも父さんを愛している。だから勘当の書面でもなんでも、父さんから何か返してくれれば嬉しく思う。

 追伸 狩りをする他に、最近になってちょっとした作物もやるようになった。ようやくお裾分けできる程度のものが出来てきたから、もし迷惑でなければ送ろうと思う。売り物より出来は悪いかもしれないが、俺たち二人で作った野菜だ。もし食べてくれたらとても嬉しい。」


三、

 スキットルを傾ける。空になって水滴しか垂らさくなったそれを睨み、放り投げた。新しく汲みに行くことも頭をよぎったが、結局さっき注いだ酒を飲むことにした。水で潤っていた喉が焼け付くように一気に熱を帯びる。やがて微睡むようなじんわりした温度が体の奥から湧いて出て来た。それはアルコールから来るものばかりでないように思えた。

 野菜は好きじゃない。子供の頃から、どうしてあんな青臭いのを喰おうと思えるか不思議だった。それだからよく妻に小言を言われた。父親がそうだと子供に顔向けができないじゃありませんかと叱られたが、肉を喰おうとしない母さんも似たようなものじゃないかと言うと反論しなくなった。そうして二人で笑いあった。

 まあ、たまには養生のために喰うのも悪くないだろう。特に今日は随分飲んだからな。医者も青野菜を取れとうるさいから、その鼻を明かしてやれたら気分が良さそうだ。

 白い紙を机に出して、酒を舐めながらそれを眺めた。頭は冴えているのにどうしてか何も思いつかない。蝋燭の炎が揺らめく中、長い間そうして椅子に座っていた。やがて酒瓶も空き、とうとう目の前の事に集中するしかなくなった。俺は頭を掻いて、深いため息を吐いた。

「まったく、昔から文章を書くのは得意じゃねえんだ」

 誰にともつかない愚痴を零しながら、インク壺にペンを挿し込んだ。



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