第83話 会いたい?
「ナツ君」
ナツキのことをそう呼んで出迎えたのは、クレリックの妻・オレンジだった。
「ユイカ君を呼んできてくれたのね」
「うん」
「クレリックもナミも待っているわ。二人ともお入り」
オレンジに言われて中に入ると、リビングではクレリックとナミが向き合って話をしているところだった。
「母さん」
ナツキが声をかけると、ナミがぱっと彼らの方を向く。その表情を見たとき、ユイカはどきりとした。彼女の肌はいつもと違って血の気がなく、どこか疲れている様子だったのである。
「ユイカを連れて来たよ」
「ありがとう、ナツ」
口の端を上げて笑った風に微笑むが、心がそちらに向かないのだろう。すぐに笑みを消してしまう。ユイカは心配になり、近づいてナミの様子を伺った。
「ナミさん、あの……顔色悪いように見えますが、大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫よ――それより、ナツキ」
頷くと彼女は息子の名を呼んだ。
「はい」
「ユイカにだけ話したいことがあるの。あなたは工房の方へ戻っていてくれる?」
ナミははっきりとそう言った。
普通だったら有耶無耶にするところだろうが、ナミは自分の子供に対して曖昧な言い方はしない。それが彼らに対して真剣に接していることの証なのだった。
「僕が聞いちゃいけない話?」
ナツキは少しだけ不満な表情を浮かべる。彼にとって母親とユイカはとても大切な存在である。その二人が自分に秘密を作ろうとしているのが、納得できなかった。しかし、ナミはそれでもはっきりと言う。
「いつかユイカが話してもいいって思ったら、今日のことを聞けばいい。でも今は話せない」
ナツキは母とじっと視線を交わす。数秒の間が、まるで長い時間が過ぎたような錯覚に陥る。
「……」
彼は自分に必要な時間だけ母親と目の会話をすると、諦めたような顔をして「分かった」と言った。
「工房に戻ってるよ」
「ごめんね、ありがとう」
ナミが真剣な顔で謝るので、ナツキも「うん」とだけ頷いた。
そして彼は踵を返し玄関先へ向かい、オレンジもそれに付いて行ってしまった。彼女も話を聞かないつもりなのだろう。
残ったのは、ナミとクレリックとユイカ。どんな話がされるのだろうか。
「ユイカ、そこに座って」
「はい」
ナミに促され、ユイカはクレリックの隣の席に座った。
「単刀直入に言うわ。あなたは、お父さんに会う気がある?」
彼女の問いに、ユイカは驚きを隠せなかった。
「会えるの……?」
率直な疑問だった。
自分をシュキラに置いていった父親は、あれからどこに行ったのか分からなかったのだ。ナミでさえも知らなかったのである。これはどういうことなのだろうか。
「会いたいなら、会える。でも……」
ナミはそこで言葉を区切った。唇がわなわなと震えている。彼女は何度か躊躇ったのち、こういった。
「もしかしたら、次に会う時が最後かもしれないけれど」
「……それは、どういうこと?」
ユイカに問われたが、中々次の言葉が出てこない。
「ナミ」
クレリックが声をかける。すると彼女は「待って」と言った。
「大丈夫です。私、ちゃんと言います」
「それならいいが……。無理はするな。辛かったら、俺が話すから」
「ありがとう、おじさん」
ナミは小さく微笑むと、ゆっくりと深呼吸をしてからこういった。
「あの人、病気みたいなの。もう……長くはないって」
「どうして……」
ナミは少しずつ言葉にしていく。
「ずっと言わないでくれって……言ってたっていうの」
「それ、誰に聞いたの……?」
「セツナさん」
「えっ」
「あの人、ずっとユイルのことを気に掛けていたみたい。『自分と関わるとろくなことがないから』って、ユイルは避けてたみたいなんだけど、セツナさんはずっとやり取りをしていたそうなの。だけど、ユイルは私たちに居場所を知られたくなかったから、セツナさんは誰にも言わないでユイルに会いに行ってたんだって。私は知らなかったけれど、手紙のやり取りもあったみたい」
「ほんとうに?」
ユイカはナミに尋ねた。その顔はまるでナミと初めて出会ったときのような戸惑った表情だった。
「私も聞いたとき驚いた……」
「でも、どうして……? 僕らがお父さんに会いたがっていたのは分かっていたはずなのに」
「それはさっきもいったけれど、ユイルに口止めされていたから、黙っていたんだって。セツナさんは約束をしたことを守る人よ。だからユイルも安心して彼に会っていたんだと思うの」
「……」
「でも、先日あなたのお母さんのリアナさんから、弁護士を通じて遺書が届いて……」
「遺書……? え? どういうことなの?」
驚くユイカに、ナミは顔を覆った。
「……ごめんなさい、ユイカ本当に。リアナさん……亡くなっていたんですって」




