第49話 安心
ナミが部屋に戻るのと、ユイカが起きたのは同じタイミングだった。すでに時刻は十九時を回っており、あれからよく寝たものだと感心してしまうほど彼は寝ていた。
彼女は鍋を台所のコンロの上に、ご飯の入ったタッパを作業台の上に置くと、起きたユイルの元へ行った。
「夜だけど、おはよう。よく寝れた?」
その問いに、ユイカはこくりと頷く。
「お腹空いてる?」
それにも首を縦に振って答える。
「じゃあ、カレー食べようね。隣のお姉さんが作ってくれたから、美味しいよ」
ナミはそう言って台所に立つと、カレーの準備をした。ついでに、沢山買ってしまった食材を使ってサラダを作る。メインは既に出来上がっているので、あっという間に夕食の準備ができた。
「出来たよ」
ナミがそう声を掛けると、ユイカはとことこと食卓に近づき椅子に座った。
「いただきます」
「……いただきます」
最初、二人の食事は静かだった。何を話したらいいのか、分からなかったというのもある。カチャ、カチャと、金属のスプーンが陶器のお皿に当たる音だけが響いていた。
お皿からカレーがほどんどなくなってから、ナミは勇気を振り絞りユイカに尋ねた。
「美味しかった?」
すると彼は小さく頷いた。
「よかった」
「おかわりは?」
「いらないです」
「そっか、分かった」
しかし、それ以上話が続かない。ナミは何を話そうか一生懸命に考えた。
(出来れば、楽しい話がいいな……)
ユイカが笑ってくれるようなもの。喜んでくれるようなもの。しかし、子供を育てたことがないナミには分からない。
(あっ……)
だが、それがヒントであり答えだった。
「ユイカ」
「はい」
「ユイカにとって、好きなことって何?」
分からなければ聞けばいいのだ。簡単なことなのに、大人になってしまうと、そんな単純な問いを忘れてしまう。
聞かれた方のユイカは、目をぱちくりさせる。
「好きなこと、ですか?」
「うん。私はユイカの好きなことが分からないから、教えて欲しいなあって思ったの」
すると彼は少し悩んでから答えた。
「……お父さんが読んでくれる絵本」
「それはどんな絵本?」
「おつかいのお話とか、森で迷子になっちゃうお話とか……そういうの。でも、お父さんが読んでくれるものなら、何でもいい」
「じゃあ、お父さんは絵本を読むのが上手なんだね」
ナミがそう言うと、ユイカは悲し気な笑みを浮かべる。父を思い出して、寂しくなったのだろう。彼は泣くのを我慢して、無理矢理笑みを作っていたのだ。
(子供になんて顔させてるんだろう……)
彼女は席から立ち上がり、ユイカの傍に寄って両手を広げた。
「ユイカ、おいで」
しかし彼は戸惑ったのち、首を横に振る。
「いいから。抱きしめさせて」
その言葉に、ユイカの心は動かされたようだった。彼は暫く両手を広げるナミをじっと見ていたが、彼女が自分を受け入れてくれると感じたので、恐る恐るその腕の中に入った。
彼は心の中で怯えていた。
その腕の中に入ることが出来ず、拒否されたのだとしたら、どうすればいいのだろうかと不安だったのだ。
しかし、ナミの腕は彼を受け止めた。
ユイカをぎゅっと抱きしめ、欲しかった言葉をくれた。
「ユイカ、私に会いに来てくれてありがとう」
「……うん」
彼はナミの服をぎゅっと握り、6歳とは思えないほど静かに泣くと、再び眠りについた。しかしそこには不安はなく、ただ温かな安らぎがあるのだった。




