第41話 喫茶店『シャロン』
「グリーン・リーフ」がある道から、階段を二つ下ったところに「シャロン」という喫茶店がある。黒猫の看板が目印で、喫茶店なのに珈琲よりも紅茶が美味しいという少し変わったお店だ。
店を開けるとドアについた鈴の音が聞こえると同時に、紅茶の気品あふれる香りと、焼き菓子の甘い香りが鼻を通る。
喫茶店とは言うが、珈琲の香りも煙草のにおいもしない。それはここで珈琲を注文する人が少なく、常連客の多くが煙草のにおいを嫌うせいだ。
「いらっしゃい」
カウンター越しに初老のマスターが微笑んで言った。低くて静かな声には、どんな相手でも受け入れてくれるような優しさが籠っている。
ナミはマスターに向けて軽く頭を下げると、彼は丸眼鏡の奥にある瞳を細め、小さくお辞儀をしてくれた。
一方でレノはというと、空いている席を探すため辺りを見渡しながらマスターに尋ねた。
「奥の席に座りたいんですけど、ありますか?」
マスターは拭いていたコップを置くと、手のひらで右の奥を示した。
「それでしたら、ピアノの傍にある席が空いていますよ。良ければご案内いたします」
ナミとレノは彼が示す方へ視線を移した。お店の中央よりも少し奥まったところにグランドピアノが置いてあり、その傍に四人掛けの席が空いていた。椅子も丁度よくソファになっているので、ユイカを寝かせることもできる。
「よさそうだね」
レノは確認するようにナミに聞いた。聞かれた方は何も問題がないので、こくりとだけ頷く。
「じゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
マスターは頷くと、カウンターから出てナミたちを案内してくれる。席に着くと、レノはすぐに紅茶を二つ頼んだ。マスターは注文を取ると一旦はけたが、お水を持ってくるついでに、ひざ掛けを持ってきてくれた。
「よかったらお使いください」
ナミはひざ掛けは今の時期に必要ないと思ったが、すぐにぴんと来た。寝ているユイカの為に持ってきてくれたのである。
「助かります」
「ありがとうございます」
レノとナミがそれぞれお礼を言うと、マスターはにこっと微笑む。
「お気になさらず。どうぞごゆっくりお過ごしください」
マスターが背を向けると、レノは彼の姿を目で追いながら「いつ見ても素敵な人だなあ」と言った。
「このお店が長く続いている理由、マスターを見ると納得しちゃうよね」
「シャロン」は五十年近く続いているお店である。ナミは大きく頷いて同意した。




