第19話 幼馴染-2
そう思った時、脱衣所の扉が開いてユイカがとことことリビングの方に戻って来た。
「あの、ナミさん。お風呂ありがとうございました」
すっきりとした顔をしているユイカを見て、ナミは微笑んだ。
「いいえ、どういたしまして」
すると、彼のブロンドの髪からぽたぽたと水が滴っていたのに気が付いた。
「あ、髪乾かそうね。ユイカ、おいで」
そう言うと、二人は再び脱衣所に向かった。
ナミは、ドライヤーをコンセントに繋ぐと、ユイカを洗面台の鏡の前に立たせて、彼の髪を乾かし始める。それと同時にドライヤーの強烈な音が、脱衣所に響き渡る。
(さらさらな髪ね……)
ナミはユイカの髪を乾かしながら、手にした髪がドライヤーの風をあびて、するすると逃れていく様を感じながら、そんなことを思った。
「……さん」
ナミがユイカの髪を乾かしていた時である。あまりにドライヤーの音が大きくて聞こえなかったのだが、ユイカがナミのことを呼んだ。
「ナミさん!」
「えっ、なに⁉」
ナミは驚いて、ドライヤーのスイッチを切った。
「あ、いえ、呼んだのに聞こえなかったので、つい……大きい声を出しちゃて……。ごめんなさい」
しゅんとするユイカにナミは戸惑った。
「いやだ、謝らないで。大丈夫よ。それより何、熱かった?それとも痛かった?」
ユイカは首を横に振ったので、ナミはほっとした。
「なんだ、てっきりドライヤーで熱くなっちゃったのかと思ってどきっとしたわ。それで、なあに?」
「あの、ナミさんはどうしてぼくをお風呂にいれてくれたんですか?」
「え?」
ナミは鏡に映るユイカを見て問いを聞き返した。
「どうしてお風呂に入れたって?」
「はい」
ナミは再びドライヤーにスイッチを入れて、大きい声を出しながら答えた。
「特に理由はないわよ。毎日入るから今日入っただけ」
「毎日入るから?」
「そうよ。ユイカは今まで毎日お風呂入らなかった?」
「……いえ、入ってました」
「でしょう?本当は、夜に入った方が寝付きも良くなるんだけど、昨日の夜お風呂に入らないで寝てしまったからね。今は季節的にまだ涼しいから汗とかもあまりかかないかもしれないけど、毎日入った方がすっきりするし、体が清潔に保たれた方が体にもいいから入ろうって言っただけだったのよ」
「そうなんですか」
「そうよ。何で?おかしいことだった?」
ナミは笑いながら尋ねた。すると、ユイカは否定した。
「違います。そんなことはありません。だけど……不思議だったから」
「え?」
尻すぼみになるユイカの声を聞くために、ナミは再びドライヤーを切る。しかし、髪を触ってみるとほとんど乾いていた。
「だって、お父さんがナミさんと知り合いだったとしても、こうやってぼくが突然訪ねてきてびっくりしたはずなのに、ご飯も食べさせてくれて、寝かせてくれて、心配してくれて、お風呂にも入らせてくれて……それが、不思議だったから」
ユイカは鏡の前で俯いていた。どうやら、ナミがユイカに対してしたことは、彼にとって「不思議なこと」らしい。
「そっか……」
ナミはブラシを洗面台の下の引き出しから取り出すと、彼の髪を梳かした。
(困った子供がいたとして、誰もが助けてくれるわけじゃないのかな。ユイカは、これまでに何度かこういうことがあったのかな。それで私の行動が不思議だと思ったのかな……)
ナミの心の中で色々な疑問が駆け巡る。だが、どれもユイカに聞けることではなかった。しかし、ナミが彼に対してしてあげた行為に、何か理由を付けてあげなくてはいけないような気がして、こんなことを言った。