第16話 違和感(後編)
(何てこと!)
ユイル探しをしている間に、彼と会うチャンスを逃してしまっていたとは皮肉なことだ。しかし、それよりもおかしいのは、ユイルがナミがここに住んでいることを知っていたことである。彼とはずっと連絡が途絶えている。ナミでさえ、ユイルが『ルピア』の街に住んでいる、ということしか知らないのだ。しかも、家族とは絶縁状態。ユイルの母親は、確かに彼を心配しているが、父親が帰ってくるのを許していない。それ故に、彼はナミの居場所を家族から聞くことはできないはずである。よって、どうしてナミが三年前に引っ越したアパートの場所を、ユイルが知っているのかが疑問だった。
「ナミさん?」
心配そうに尋ねるユイカの声で、ナミは正気に戻った。
「あ、ごめん……」
「なんだか難しい顔をされてましたけど……」
「ううん。大丈夫――」
そう思って、ふと掛け時計を見ると午前七時を回っていた。ナミは暫くその時計を見て、「何か忘れている」という感覚になった。
(何だっけ……)
何を忘れていたのだろうか。そう思って、いると頭の奥からララの顔が浮かんできた。その瞬間、ナミは忘れていたことを思い出して、椅子から勢いよく立ち上がると、「大変!」と叫んだ。
「どうしたんですか?」
びっくりするユイカに、ナミは言った。
「今から、仕事に行かなくちゃ!」
「えっ?仕事ですか?」
「そうよ」
昨夜、ユイカに会ってから、ナミはすっかり仕事のことを忘れていた。彼に会ったのが夢なのかもしれないと思ったり、心なしか浮足立っていたせいかもしれないと思った。
それからナミは、すぐにベッドがある部屋に行くと、クローゼットからバスタオルやタオルを準備し、それをユイカに押し付けた。
「えっ、ナミさん?」
「職場に電話している間に、シャワー浴びてて」
「え?」
「昨夜お風呂を沸かしてなかったから、シャワーだけになっちゃうけど、いいよね?」
ナミはそう言うと、ユイカを椅子から降りるように促し、玄関に続く廊下に出ると、キッチンのすぐ後ろにある部屋に入る。するとそこには洗面所兼脱衣所があり、奥に浴室があった。
「あ、あの……」
「何?着替えある?」
ユイカは急に風呂に入れと言われて戸惑ったが、「どうして?」と聞きたい気持ちを飲み込んでナミの質問に答える。
「あ、えっと、あります……、けど……」
ユイカの歯切れの悪さに、ナミはピンときた。しかし、それは決して彼の気持ちを汲み取ったものではない。
「あ、もしかしてリュックの中?」
するとナミは脱衣所から飛び出して、ユイカ意思に反して、彼のリュックを持ってくる。時間がないので、ナミが勝手に中をあけると、綺麗に畳まれた着替えが一回分だけ入っていた。
(ちゃんとしている人みたいね……)
ナミはユイカの着替えを手に取ってそう思った。折り目正しく畳まれた服が、これを準備した人の性格を物語っているような気がした。
「……よし、あるね」
彼女はそう言って、ユイカに服を押し付けると、シャワーの使い方と石鹸などのことを教え、自分はリビングに戻ると『スイピー』へ電話をかけることにした。