第12話 ユイカ・イルクラナス
ナミは、少年を部屋の中に入れると、冷蔵庫から缶に入ったオレンジジュースを取り出し、コップに移し替えて彼に渡した。少年は帽子だけ脱いで、ナミに勧められてテーブルのある席に着く。そして、オレンジジュースを貰うと、お礼を言ってから喉を鳴らしながら一気に飲み干した。
(水筒持ってたけど、もう中身空っぽだったのかな。よっぽど喉渇いてたみたいね……)
「美味しい？」
ナミが尋ねると、少年はにこっと笑って頷いた。
「おいしいです」
「もう少しいる？」
「はい。あ、でも、お水が飲みたいです」
「オレンジジュースじゃなくていいの？」
すると、少年は自分が言ってはいけないことを言ってしまった、というような表情になり、言いにくそうにしながら答えた。
「お母さんに、甘いものばかり飲んじゃダメって言われているから……」
ナミは少年の口から、「お母さん」という言葉出てはっとした。ユイルが父親なら、母親もいるに決まっている。その二人が愛し合って、この子が生まれたのだ。それなのに、ナミは彼に母親のことを言われるまで、失念していたのである。
(認めたくないのかもね……)
ナミは自分の気持ちに素直になった。この子は可愛い。しかし未だに、ユイルが結婚したことを信じたくないのだ。
「そっか。それなら仕方ないね」
ナミは心の声を隠しながら、少年が望んだとおりに、コップに水を入れてあげた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
水を飲んでいる少年の姿を、ナミは彼の前の席に座る。
(まるで、ユイルが小さくなったかのよう……。本当に似ている)
すると、見られていることに気が付いた少年が、ナミを見て首を傾げた。
「どうかしたんですか？」
「あ、ううん。あなたお父さんによく似ているなって……」
ナミは嬉しそうに少年のことを眺めていたが、彼は彼女の言った言葉にどことなく寂しい表情を浮かべる。しかし、ナミはそれに気が付かなかった。
「ぼく、お父さんに似てますか？」
「うん、似てる。そういえば、名前を聞いていなかったね」
「あ、ごめんなさい。えっと……、ぼくの名前は、ユイカ・イルクラナスです」
ナミは微笑んだ。
「ユイカ君か……。名前もそっくりなのね」
ユイカはコップを強く握りしめた。
「……お母さんが、お父さんに似た名前にしたい……、と言って付けたそうです」
「そうなの」
(ユイルと結婚した女性か……。きっとその人は幸せだったんだろうな)
自分がそうなりたかった。でも、自分はユイルに選ばれなかったのだから仕方ない。
(ユイルが19歳の時に、カンナさんに手紙で伝えたときの子よね。だとすると、今は６歳くらいかな。だとしたら――……)
一体、どうやってここまで来たのだろうか。そして、どうしてここへ来たのか。
ナミはその答えが知りたかった。
「だけど、どうして私の所に来たの？ご両親は心配していないの？」
ユイルは『ルピア』で生活していたわけで、彼の子であれば一緒にその街で生活していたはずである。すると、ユイカはどうやって『シュキラ』の町に来たのか。もし、クレリックが言っていたようにユイルがこちらに来ているのだとすれば、はぐれてしまったのか、などナミの頭の中で色々な想像が飛び交った。
すると、ユイカは途端に悲し気な表情を浮かべる。
「ぼくのことは心配していないと思います」
「どうして？」
「……」
ユイカは答えたくないようで、そっぽを向いた。
「じゃあ、どうして私の所に来てくれたのか教えてくれる？」
「……お父さんが、ナミさんの所へ行けと言ったからです。そこなら安全だと言ってました」
「そっか」
ナミはユイカに笑みを見せながら、大きく頷いた。だが、本当は何も分かっていない。ユイルがどうして自分の所へ行けと言ったのか、そしてどうして安全な場所にユイカを行かせなければいけないのか全く分からない状態だ。
しかし、ユイカはナミにそっぽを向けてしまっている。つまり、話したくないということだ。話したくないことを無理矢理聞こうとしても言わないだろう。悩んだ末に、今はそれ以上聞かないようにした。
