《紅蓮の魔女》と呼ばれた英雄に任された仕事が恋人役だった騎士の少女の話
少女の名はセリス・スティレイトと言った。
《クレイス王国》の騎士であり、同時に貴族としての生まれでもある。
糸のように細く、金色に輝くさらさらの髪を後ろに束ねて、純白の肌を騎士の正装に身を包む。スティレイトの家柄は騎士の家柄ではない――だが、彼女は騎士として国を守る道を選んだ。……騎士という存在に、憧れていたからだ。
士官学校を卒業したセリスは今年で十八歳。これから騎士としての人生を歩んでいく彼女に任されたのは、思わぬ大役であった。
《紅蓮の魔女》――ルティア・レディネールへの接見。王国領内にある《ルヴェンダの森》に、彼女は暮らしている。
その名が知られるようになったのは、およそ十数年以上も前の話。セリスがまだ、生まれる前の話だ。この世界において、《魔物》という驚異は常に人々の生活と隣り合わせにある。
そんな魔物と戦うのが騎士の務めではあるが、どれだけ頑張っても人間の域では太刀打ちできない存在がいた。……そんな域に達した魔物を打ち倒すことができるのが、英雄という存在。
ルティアはこの国で英雄として知られる存在であった。
王国領で暮らしているが、王都の中心にやってくることは滅多になく、その姿を知っているのも王国内ではごくわずかしかいない。
セリスの任務は、ルティアの要求である『騎士を一人寄越してほしい』というものに応える形であった。
セリスが騎士であると同時に、貴族としての生まれであることが今回の任命の理由となった。
緊張した面持ちで、セリスはその場に辿り着く。
森の中でも一際大きな樹――そこに扉が取り付けられている。大樹自体が、ルティアという英雄の家なのだ。
最後に人里を出たのは一時間以上も前。森の中を歩いているというのに魔物が出てこないのは、この辺りが彼女の領域であるからだろう。こほん、とセリスは小さく咳払いをしてから、扉をノックする。
「《クレイス王国》から参りました、セリス・スティレイトと申します! この度は、《紅蓮の魔女》様のご用命を――」
全てを言い終える前に、ガチャリと扉が開く。姿を現したのは、真紅の色をした長い髪の女性。セリスより少し身長が低いくらいだろうか。およそ百年以上生きる魔女という話だが、初めて会った彼女の印象は、少し不思議な雰囲気を感じさせる少女、という形であった。
そんな英雄はセリスを見て、少し訝しげな表情を見せる。
「……あれ、女の子?」
「! わ、私は確かに女ではありますが、騎士としての訓練は終えていますっ」
「あー、違う違う。そうじゃなくて……あ、そっか。《騎士》がほしいとしか言わなかったんだっけ。いやぁ、我ながらコミュ障な感じが出てしまったかなー。正直、お国にお願いするのってどうしたらいいのか分からなかったし……まあ、でもいっか」
うんうん、と頷きながらルティアがセリスの手を取る。
ドキリと、少し心臓が高鳴るのを感じた。細く綺麗な手が、優しくセリスの手に触れると、家の中へと招き入れられる。
「まあ、とりあえず寛いでよ」
「え、いや、あの……」
だが、セリスの想像していたものと色々と異なっていた。英雄と言っても、雰囲気も話し方も普通の少女にしか感じられない。
動揺したまま扉の前に立っていると、ルティアに再び促される。
「ほら、座りなって」
「そ、そういうわけには。私はここに、その……《紅蓮の魔女》様のご用命を――」
「まずさ、その《紅蓮の魔女》って呼び方はやめよう? この近辺の人なら、そうね……ルティアちゃんって呼んでるし」
「ル、ルティアちゃん――い、いえ、そのような呼び方はっ!」
「わー、がっつり真面目ちゃん騎士だぁ……。これ、わたしが望んだ通りにはならないかなぁ」
ポツリとそんなことを呟くルティア。その言葉を聞いて、セリスは焦る。
目の前にいるのは英雄だ――ここで彼女の機嫌を損ねるようなことがあれば、国の根幹に関わる問題になるかもしれない。
セリスの葛藤はすぐに終わり、ルティアの前に真っすぐ立つと、一呼吸を置いて言い放った。
「……そ、それでは……ルティアちゃん、と呼ばせていただきます」
「……ぷっ、あはは! 本当に真面目で面白い子だね!」
「す、すみません。そういう風に生きてきた、ので」
「いやぁ、いいよ。騎士って結構真面目な人が多いもんね? まあ、たまにふざけた奴もいるけど、わたしはどっちも好きだよ」
「は、はあ。それで、騎士が一人必要とのことでしたが」
「あー、うん。そのことなんだけどね……」
セリスが問いかけると、今度は何か気まずそうな表情を見せるルティア。
何故だか顔を紅潮させて、左右の手の指を合わせながらもじもじとした姿を見せる。およそ、百年を超える時を生きた英雄の姿とは程遠かった。
やや時間を置いて、ルティアは決意に満ちた表情で言う。
「恋愛がしたいと思って、誰かいないかなーと思って試しに呼んでみたんだけど」
「……へ?」
ルティアの言葉に、セリスは間の抜けた声を漏らす。――英雄に呼ばれた理由は、彼女の恋人探しだった。
「まあ、驚くのも無理はないよね」
「あ、いえ! それがご用命ということでしたら! あっ、それでは、私では……」
「うん、だからあなたでもいいかなって話」
「……? え、だって、私も女、ですけど?」
「恋愛がしてみたいっていうだけだもの。まずは形から試してみるだけなら、性別なんて関係ないでしょ?」
「それは、確かにそうかもしれませんが……」
どういう用件なのか想像していなかったわけではない。ただ、騎士の一人が必要というくらいだから、何かの監視や護衛のような仕事を任されるのかと思っていた。
だが、現実はそのようなことはなく……百年以上生きてきたルティアという英雄は、恋をしたことがないという。
――その英雄に対して、恋人の役を担うことがセリスの役目だということだ。
(……よく考えると、それってすごく難しいんじゃ……!?)
セリスは頭の中で思考を巡らせる――何せ、彼女も騎士になるために人一倍努力してきた。成績は優秀で、同期の中では一番剣の腕も立つ。だが、その分私生活において、セリスも恋というものをしたことがない。……読んだことはあるのは、精々恋愛小説くらいのものだ。
「やっぱり難しいよねー……」
あきらめた表情を見せるルティアに、今度はセリスが彼女の手を取ると、
「そ、そんなことはありませんっ。このセリス・スティレイト、《紅蓮の魔女》様――ではなく、ル、ルティアちゃんの願いを叶えるために、頑張りますからっ」
「! 今の、何か健気な女の子っぽくてよかったね。じゃあ、その感じで恋人役頼もうかな」
「わ、分かりました。お任せください!」
――こうして、セリス・スティレイトの騎士としての任務が始まった。
内容は《紅蓮の魔女》と呼ばれた英雄の恋人役。すなわち、彼女に『恋愛とは何か』を教えること。
セリスもよく分からない未知の領域だが、二人の共同生活はこうして幕を開けることになるのだった。
「……それで、恋人として最初に何をしてくれるの?」
「え、で、では……唇を奪うところから?」
「! そ、そういうものなの?」
「た、たぶん。本で読んだので」
「じゃ、じゃあ……それで」
――どちらも薄すぎる知識の中で、始まってしまったのだ。




