1 prologue
初トーコーです。
『まもなく、大井町、大井町です。—-』
電車の減速と共に聞こえてきたアナウンスに、単語帳をポケットにしまい、代わりに定期を出す
都内を走る東急大井町線の、大井町駅の改札を通り、国道1号線から遠ざかる—ー東の方向へと足を向ける。
そのまま10分ほど歩き、白い、大きな建物へと入る。
鳳凰学院中学校高等学校。
東京都品川区にある私立の学校で、偏差値57~59を誇る進学校である。
かなり新しいこの学校は俺が通っている。
3階まで上がり、2Dの教室にある椅子に座る。
8時32分。
あと3分もすれば、今日も—ー退屈な一日の始まりだ。
◇
告白されたとか、テロリストが侵入してきたとかは起こることはなく、今日も平和な1日が終わる。
授業を受け、昼食を食べ、午後にも授業。そのあとに図書館で1時間ほど宿題と自習をした後、帰路につく。
いつも通りの一日。
あと300メートルも歩けば寮—ー両親を亡くした子供たち(?)が集まっている—ーにつく。
いつからだろうか。パターン化された日常を機械のように住んでいるのは。
こんな日々が続いてほしいなんて思わない。
ほしいのは変化。ほしいのは刺激。
俺は器用貧乏だ。
ある程度のことは見ればできるし、何かに情熱を注げるほど物事にはまったこともない。
勉強は寮との約束で、学費免除の特待生から落ちないよう、それなりに頑張ってはいるが、正直学年ベスト3位から外れたこともない。だからある程度やっていれば問題ない。
嗚呼誰か、俺を本気にさせてください。
なんちって。
「ほう。面白いですね。」
その時だった。後ろから声をかけられたのは。
なぜ自分に声をかけられたなんて思ったのか。
こんな人間に興味を持つ人間なんていないだろうに。
もし、神がいるのなら、この時振り返ったのは、神の計らいだろう。
兎も角、振り返ってみると、そこにはスーツ姿の男女がいた。
「人生がつまらない。何をやってもすぐ飽きる。刺激が欲しい。—-」
—-!
「いいですよ。私があなたの願いをかなえてあげましょう。」
こいつ、俺の考えを読んでる!?
「可憐、これで最後ですね。」
「はい。彼が30人目です。」
男と女が短くやり取りをする。
が、話に取り残さっれるのはまずい......と思った。
「ちょっと待ってください。どういう—ー」
「もし、本当に退屈な人生が嫌なら今度の日曜日の午前8時にここに来てください。そうすれば—ー」
急に真面目な顔になった男は、そういうと不敵に笑い、
「—-異世界に連れて行ってあげます。」
そう言いながらメモを渡してきた。
そこには住所、ビルの名前、最上階にある乗り物に乗る旨が書かれていた。
「いいお返事を期待していますよ。」
そう言って男—ーとその付き人であろう女—ーはふわりと—ー消えた。
「えっ」
夢だったのだろうか。
だが俺の手に握りしめられたメモがその考えを否定した。
冬色と化した秋風に俺はたった一人、肌を撫でられた。
◇
「き......来てしまった......。」
日曜日、俺は1人で、渋谷区にあるビルに来ていた。
あの後、1人で考え、悩んだものの、馬鹿らしいと思い、忘れることにした。
なのに。
なのに何故、俺はここにいる。
なーんとなく早く起きて、なーんとなく朝食を取り、なーんとなくメモを拾って、なーんとなく散歩をしようと思って寮を出たら......足が勝手にここまで来た。
これも神様の計らいだろうか。
寮の最寄り駅であるえびす駅から電車に乗り、渋谷駅で降り、目立たない道を歩いていくと、メモの通り、ビルがあった。
このビルは、宿と、コンビニと、スーパーと、ホームセンターとetc,etc......が1つのビルに集まっている、なんともカオスな場所である。
エレベーターに乗ると、奥には鏡があり、ドアの横にボタンが並んでいる。
最上階の20階のボタンを押すと、俺1人だけを入れた箱はゆっくりと上がっていく。
チンッという機械音と共に開いたドアの先にある最上階の20階には—ー
—ー何もなかった。
あたり一面真っ白な壁に覆われているだけで、何も無く、反対側にもう1つエレベーターがあるだけだ。
あれっ。
あのエレベーターの下は入り口付近だ。
が、1階にはなかったはずだ。
メモには乗り物に乗れと書いてあったが、このエレベーターのことだろうか。
こっちエレベーターのエレベーターも、先ほどと一緒......
—-いや、違う。
一か所だけ先ほどと違う箇所がある。
1のボタンの下、F1と書かれたボタンがある。
押せと激しく自己主張するそのボタンを押すと、
—-プシュッ
と空気の抜ける音がして、同時に後ろの鏡がどんでん返しのように回った。
これまた入れと激しく自己主張する鏡に入ると、そこにはまたまたエレベーターがあった。
ボタンもないし、木造だが。
がシャンっと音がして鏡が閉まると、その箱は—ー急降下した。
叫びそうになった声を押し殺していると、モノの数秒でチンッという音が鳴り、ドアが開いた。
するとそこは、地下とは思えない広大なドームだった。
形も大きさも東京ドームと同じくらい—-行ったことないが—-で、その中央に鉄の『門』が建っており、あちこちに人が群がっている。
まあ、その『門』のそばに30人くらいの人とこないだの男女がいたので、探す必要はなかったが。
男のところに行くと、どうやら俺が最後だったらしく、男はすぐに話し始めた。
「皆さん、こんにちは。私の名前は青木達也。そしてこちらが秘書の望月可憐です。」
青木はこの前よりもわずかに抑揚ののついた声と芝居がかった動作で語りだす。
「さて、世間話も苦手なもので、さっそく本題に入らせてもらいます。私たちは皆さんに仕事を依頼したいのです。」
仕事—ー?
「ここに集まっていただいた皆さんは日々に退屈していたり、日々に変化が欲しいと思っていますね。そういう人を集めましたから。」
確かにそう思っている。
だが、中学校の規則とかはこの際置いておくとして、仮に仕事をしたところで、結局いつも通り飽きてくるはずだ。
ほしいのは変化ではなく刺激。
「それでですね、皆さんにはこれから行く場所に通っていただくか、住んでいただきたい。そしてその場所であることさえしてくれれば、金と新しい生活が手に入ります。まあ、とりあえずそこに行ってみましょうか。それでは私に続いてこの門を通ってください。」
青木はそう言って『門』を指さした。
だが、門は単体で建っており、どちらからくぐっても、どこかに行けるわけがない。
そう考えるうちに青木は門を通り抜け—ー
—-‼
青木は門のなかの揺らぎと共に消えた。
戸惑いながらも同じように進む、ほかの子たちも同じように。
—-まさか、転移門か。
頭の中に浮かんだのは、ゲームでよくある建造物だった。
いつもならそんな考えはすぐに否定するだろう。
何らかの力が働いて人や物が別の空間に転移することはあり得るという学者はいる。が、現代の技術ではそれを人為的に引き起こすなどできない。
しかし、百聞は一見に如かず。
目の前に起こった現象が幻覚でない限り、転移だろう。
未だ少し信じられないと思いつつ門をくぐると、水に沈むような抵抗があり、視界がふさがる。そのまま抵抗にあらがって進むとふいに、抵抗が消える。
顔を上げるとそこは地上だった。
ビルがあったところが更地になっており、『門』だけが建っている。
「さて、全員揃いましたね。ここがその世界です。」
しかし、そこはとても地球とは思えず—ー
「おっと、忘れていました。1つ、ここに案内した人全員に言ってることがありますので。」
そう言って青木はニヤリと笑って、
「ようこそ裏世界へ。」
波乱の序句を詠った。