モノ忘れ
――三人寄れば、薬と病院の話。五人集まれば、墓と寺社の話。では、七人が一堂に会するとどうなるかといえば。
「ほら、あの人よ。ほらほら。名前が、えーっと。ここまで出てるんだけどねぇ」
白くなったウェーブヘアーを紫に染めた女が、首筋に手を添えながら斜め上を見上げていると、伸ばしたモミアゲを頭頂部に撫でつけている男が、コメカミに指を当てて眉間にシワを寄せつつ言う。
「あぁ、あの人だろう。自動改札にテレカをつっこんで壊した」
「そうそう。あのときは、大変でしたなぁ。駅員さんも、とんだ災難で」
チェーン付きの老眼鏡を掛けた女が朗らかに男に同意すると、隣でゴマ塩頭の男が、反対隣にいるロマンスグレーの男と話す。
「あいつ、ショートケーキが甘すぎるといって、醤油をかけて箸で食べたこともなかったかい?」
「いやいや。それは、また別の人でしょう。たしか、この前に餅をノドに詰まらせて、救急搬送されたんじゃなかったかな」
――この通り、誰も核心を突くことなく、すべてはウヤムヤのまま流れていく。頭がボケないように、こうしてシルバーサークルに参加しているはずなのに、ツッコミどころが多くて困る。結局、顔を見せなかった男の名前は最後までわからないまま、今日の活動は解散となった。
「やれやれ。歳は取りたくないものだなぁ」
鷲鼻の男は、重い足取りで杖を突いて歩きつつ、アスファルトに向かって誰にともなく呟く。
しばらく街中を歩いていると、ふと、交番の掲示板の前で足を止める。そこには、薄茶けた指名手配のモンタージュに並んで、真新しい貼り紙が追加されている。
「あぁ。こんなところに、名前が出てる」
男の視線の先には、近影とともに「探しています」の赤文字が躍っている。サークルメンバーに名前を忘れられた男が、いま、どこで、何をしているかは、誰も知らない。