終
二人の娘がテーブルに向かい合って座り、なにやら楽しそうにはしゃいでいる。それが微笑ましくてつい何をしているのか気になってしまい様子を見ようと近づく。
「なにしてるんだい?」
見えたのはたくさんの本だった。広げてあったり、印をつけていたり、その中には絵本も混ざっている。何をしているのか見当もつかず困惑していると下の娘が楽しそうに話し出す。
「いま、お姉ちゃんと一緒にこの本の中で一番素敵な表現を決めているの」
「表現?」
「そう!これ全部恋のお話なんだけど愛を伝える言葉でどれが一番素敵か二人できめてたのよ」
年頃の二人の娘は思ったよりも可愛らしいことをしていて、思わず顔がほころんでしまう。もうそろそろ誰かと付き合っていてもおかしくはない年齢だがこんな風に物語の中のことに興味を持っていかれているのはまだ恋に夢見る少女だ。親としてはこのままあまり急がずに大人になっていってほしいと思うばかり。
「そうか、それでいいのは見つかった?」
すると待ってましたと言わんばかりに妹のほうが答える。
「やっぱり私はストレートに愛してる!が一番いいわ、わかりやすくて直ぐに伝わるもの、王道が一番よ!」
「ずっと変わらないわね、他に見た意味ないじゃない」
「他のを見た上でこれなの!お姉ちゃんだってそうじゃない。それにお姉ちゃんが選んだのってちょっと違うじゃない」
「ちょっと違う?何が一番良かったの?」
姉の方はどんなものを選んだのか気になり聞いてみる、するとこちらも待っていたという顔で話し始める。
「私が好きなのは愛を伝える言葉じゃなくて、恋をしたことを言ってるの。それを季節に例えていて素敵なの」
「えーわかりにくいよぉ」
「あなたはまだ子供だからね」
「二歳しか違わないでしょ!」
心の隅にあったものがじわじわとゆっくり、熱を帯びていき蘇る。心臓の鼓動が早まり血液が全身に行き渡っているのがわかる。一度死んだものがまた色をつけて私の元へ舞い戻る。からからになった口をなんとか動かし娘たちに聞く。
「季節ってどういうこと」
姉のほうが楽しそうに答えてくれる。
「私が一番素敵だと思ったのは、主人公がヒロインに恋をするんだけどそれに気づいた主人公のお兄さんが「お前にも春が来たな」って言うの。季節に例えるなんて素敵じゃない?このお話すごく好きなんだけど、続きが読めないのが残念だわ」
声が、震えないように慎重に喉から音を出す。
「続きが、読めないっていうのは・・・・・・」
「それが、この本って原作は外国のものでね、その国が確か、四十、もう五十年近くかな?ぐらい前に滅びててもう続きが読めないの、ってどうしたの!?」
「えっなに、どうして泣いてるの!」
指摘されて自分が泣いていることに気づいた。心配しておろおろさせてしまった娘たちに大丈夫だからと安心させ自分の部屋へと戻る。
部屋に着いた途端、腰が抜けその場にへたりこんでしまう。
あのとき、なにもくれなかったと嘆いていたのにまさか、こんな・・・いや、あの子はまさか私が知るとは思わなかっただろう。故郷の本が残っているなんて。あのとき貴方はすべて葬ったから。
「なんだよ・・・・こんなの、わかるわけないじゃないか」
遠いむかしの記憶が、あの頃よりも美しく色鮮やかに蘇る、あの夜の髪と、深い海の瞳にわたしはずっと────。