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忘れちゃいけないもの  作者: 冴あき
第一章 ー鶴見編ー
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休憩

「ちょっと待って!」


 手を三隅さんの目の前に差し出しその動作を止めた。恋人でもない俺たちがこの密室、いや職場でだ。こんな事をしてもし見つかってでも見ろと、自分の心情とは裏腹にその行為を止めた。自分自身の感情を隠す様にその手は勝手に差し出されたのだ。


「何で?いいじゃない?減るもんでもないし?」

「否、照れるってか・・・」

「ふーん、迷惑なんだ!」


 その言葉にお茶を濁す様に手を横に振ってみたが三隅さんは気分を害したようだ。その差し出されたスプーンは三隅さんの口へとゆっくりと運ばれた。それもスローモーションのようにゆっくりと。口を膨らませてゆっくりと小さな口で食べる。

 しかしその表情は一点にして俺を見つめていた。まるで私の事が嫌いなのかと言わんばかりの鋭い視線でだ。

 しばらく沈黙の食事。普段は一人で食べることが多いせいか、二人だとどうしても会話に詰まる。何をどう聞いていいのかわからない。初対面ではないが、助けた事情はあるにせよ、初対面みたいなものだ。外で会う印象とは少し違う印象を受ける三隅さんでもある。


「沢庵食べないの?」


 突然一点を見つめて食べていた三隅さんが、丼を口に掻き込み沢庵だけ残した様子に聞いてくる。まるで母親が小さい子供に諭す様に食べなさいと言わんばかりの言い振りだ。こいつ・・・と内心思いながら箸を沢庵に伸ばす。


「嫌なら私が食べる」


 丼に残った沢庵を何の躊躇もなく箸を付けて口に運ぶ。普通付き合ってもいない女性が男の飯に箸を付けるだろうかと疑問符が俺の頭に飛んだ。お嬢様らしからなぬと言うべきか、態度が急に嫌になり俺はさっさと席を立ち、丼を持ちキッチンへと洗いに降りた。出て行きざま少し三隅さんの視線が痛かった。丼を洗い終えようとした時三隅さんもキッチンへと丼を持ち降りてくる。ついでだったので手を出し「洗うよ」と言うと三隅さんは首を横に傾け先ほどとは違う満面の笑みを創った。屈託のない笑いとは違う笑みが妙に怖い。


 丼を洗う間、ずっと隣で俺のそばにいる。何も聞くことはせずただ俺の様子を伺っている三隅さん。まるで子供がお母さんの洗い物を横で見ているかの様な感じだ。


「どうしたん?まだ休憩時間。もったいないで?こんなところにいても」

「私、皆さんがどこで休憩しているか行き場がわからない」

「あっそうか、みんな休憩の時は屋上に上がるねん!」

「そんなのあるの?」

「うん、行く?」

「はい、行きます!」


 昼頃から雨は上がっていたのがわかっていたので、屋上へと二人上がる。タバコを吸う人はここで一息入れたり、ベンチで本を読んだりと人それぞれ休憩の仕方を持っている。俺たちはベンチに腰掛けた。ポールの灰皿横に座るとおもむろに俺はポケットからパイポを出した。


「あれ?タバコ吸うんですか?」

「ん?否、前まで吸ってたけど今はパイポ。これたばこちゃうし」

「そうなんだ。よかった」

「えっ?」


 三隅さんは何事もない様に首を横に振りかぶった。そして先ほどと同じ様に視線を俺に向ける。何かを言いたそうな目つきだとすぐにわかった。膝に肘をつけて微笑む三隅さんに風が吹き長い髪が揺れた。そして・・・。


「あなたのこと、好きです。帰り際お暇ならちょっと付き合えない?」


 昼から止んだ雨がまたポツポツと乾いたはずの屋上のコンクリートに後がつく。その時俺は思わず口からパイポをそのコンクリートへと落としてしまった。

 その言葉が妙に重みを感じたからでもあった。わかっていたどこかで。ただこうなる事は今朝スタッフとして現れた時点で・・・。

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