わやくちゃ
一瞬の判断で男の後を追う。男は前から来る人々にぶつかりながら必死に走る。俺も後を追って人々を避け声をはり挙げる。10mぐらい進んだ付近。寺町通りへと右へ曲がる男。俺も女性にぶち当りながら、謝りを入れながらと必死だった。パン屋と服屋を通り越した辺りで、見慣れたロングヘアでジーンズシャツに白スカートの女性。
「あっ!三隅さん!男捕まえて!」
彼女が振り向く。途端に男が彼女にタックルをかます。
「キャ!」
振り向いた三隅さんが男に当てられて転ぶ。俺は三隅さんの事も気にかかったが、男を追う。三隅さんにぶち当たったことで、男はスピードを緩めた。イケると踏んだ俺は、三隅さんを通り過ぎた辺りで男に、後ろポケットから財布を取り出し、後頭部目掛けてブン投げた。
「アウッ!」
鈍い音とともに男の唸る声。姿勢が後ろにそれたところで、飛びかかった。それと同時に三隅さんの「何通り過ぎてんのよ!痛いじゃない!」と後方から聞こえた。
それどころの騒ぎじゃ無いことぐらい分かれと言わんばかりに、俺も叫んだ。
「こなクソ!捕まりやがれ!」
男の足元にタックルして男が転んだ。周りの人たちは何事かと、眺めるばかり。男は顔面から落ちたものの、手をつきそれでも前へと前進する。
「ハッ!ハッ!」
「ウググググッ!けっ警察!誰か!」
必死に男の足元をつかみ、周りに叫ぶ。通行人の一人の男性が、携帯を取り出し電話しているようだ。俺も必死だが、男は持っていたバッグを俺にブン投げた。頭にバッグが当たり痛みが走る。その瞬間、男の靴が脱げて、足蹴りを顔面に食らった。鈍い痛さが襲う。手で顔を抑えると、男は直ぐさま立ち上がり周りの制しも虚しく走り去る。
「大丈夫ですか!?」
バッグを取られた女性が近づき、声をかけてきた。それで我に返り、女性の方へと顔に手を当てながら上を向いた。
「あっ、だっ大丈夫っす。それよりバッグ戻って良かったっすね…」
地面に落ちていたバッグを女性に渡す。すると女性は中身を確認していたが、慌てふためた様子で「財布が無い!」と叫ぶ。
「えええええええ!マジっすか!」
そう声を張り上げた瞬間、後ろから女性のパンプスが飛んで俺の背中に当たり、またもや痛みが走る。痛がりながら振り向くと…。
「冗談じゃ無いわよ!私のパンプスどうしてくれんのよ!?」
マジギレのお嬢様。三隅百合が大声を挙げて、俺を睨みつけていた。通りすがりの女性が叫び、三隅百合が叫ぶ姿に、周りの通行人も集まり出し大注目の視線が降り注がれる。
「あ、あのさ?それどころじゃないの!?わかる?」
「わかんない!どうしてくれんのよ!私のパンプス!まだおニューなのよ!」
「知らねーよ!」
周りの通行人の男性が、俺に向けて声をはりあげる。
「兄ちゃん!二兎追うもの一兎も得ずやで?」
「はあ?」
「兄ちゃんも隅に置けんな?」
「ちゃうます!そんなんちゃうって!」
人だかりが一段と人だかりを呼び。大注目の視線を浴びながら、バッグを持っていた女性は俺に頭を下げた。それをみた三隅百合が、また叫ぶ。
「この人誰よ?私とデートなのに、別の人ともデートしてたの?」
「はあ…………??勘違いにも甚だしいな!」
「だって、いきなり謝るなんておかしいじゃ無い!さっきの男と揉めてたの、この女性のせいでしょ!」
「そうだけどお!事情が違うつうの」
バッグの女性が申し訳なさそうに手を差し出す。
「立てますか?」
「あっありがとうございます」
手を差し出されて手を伸ばすと、三隅百合がその手を跳ね除ける。
「痛え!何すんの!?」
「何じゃ無いわよ!私というものがありながら、他の女に!」
「アホか!お前は!」
「アホアホ言うな!この浮気者!」
そんな痴話喧嘩をしていると、制服を着た警官が走って現れて、いきなり俺が座り込んでいるのを見て言い放った。
「泥棒は貴様か!」
「ちげーよ!よく見ろよ!アホ!」
警官に対しその反応。それを見た周りの観客たちが大爆笑を起こしてた。正直メチャクチャな初回デートの始まりになりそうだ。もちろん三隅百合は一方的に怒ったままだった。