話してあげる
手を取り歩き出した俺たち。京阪四条駅入り口を左に曲がり鴨川沿いを三条方面に向けてゆっくりとした足取り。口づけを交わした気まずさを残したままお互い黙ったまま。空は既にグレーから黒に変わり、街灯の灯を頼りに歩道沿いを歩く。繋いだ手をゆっくりと離し、駆け足を踏む三隅さん。
「こっち!」
「何?ちょっとぉ!」
急に走り出した三隅さんの後を追う様に俺も駆け足を踏んだ。
「置いてっちゃうよ?」
「どこ行くの!?」
三隅さんは、さっきとは打って変わって元気な表情で呼ぶ。急な心変わり。どうしたものかと思う。三隅さんの白のブラウスは雨上がりの夜の街灯に眩しく輝いて見えた。急に街灯がなくなり立ち止まる。対岸には川床料亭の灯が浮かぶ。その下の川辺では、暗がりの中カップルたちが等間隔を空けて座っている影が映し出されていた。
「来てくれただけで嬉しい!」
立ち止まった三隅さんのシルエットから声が聞こえる。どんな表情で言っていたかは見えない。だがそれでも良かったと思えた。二人対岸を見ながら横に並ぶ。そして三隅さんが口を開く。
「ねぇ?好き?」
その言葉に確証は持てなかった。だから少しの沈黙があった。するとその反応がわかった様に三隅さんが口を開く。
「じゃあなんでキスしたの?」
それに対しても俺は答える事ができずにいた。
「卑怯じゃ無い?私の気持ち知ってるくせに・・・」
ずっと答えられない。苛立つ俺自身。しかしそれでも聞く事を躊躇っている。どうしたんだ。俺は・・・。そんな事を思っていると顔を斜に構えて問いただす三隅さん。
「じゃあ何であの時助けたの?助けてもらわなきゃこんな気持ちにならなかったのに」
その言葉を聞いた時、やっと自分自身の答えが見つかった様な気がして答える。
「そやかて、俺はあの時ただ悲鳴を聞いて助けたいと思っただけ」
「それだけ・・・なの?」
はっきりとした事は言えないが、俺は直ぐさま「あぁ!」と答えた。突然三隅さんの目つきが変わる。今まで斜に構えて疑いの目だった彼女の瞳が輝きだした。
「助けなきゃ怪我もしなかっただろうし、あんな状況で良く助けようと思えたわね?」
「知らん!それはお前の悲鳴のせいや!」
「悲鳴?」
「そう・・・」
あんな状況で、助けずに逃げていたら、次の日ニュースになるのも嫌な気がした事。そして本当の悲鳴を聞いた時の衝動的な行動だった。ただそれだけだと何度も答えた。
「惚れたぁ!」
「えっ!?」
三隅さんは首を横に振りかぶり、改めて俺に向き直し頷いたそして今度は唇ではなく。ホッペにキスをする。それは優しい先ほどとは違うキス。ゆっくりと背伸びした三隅さんのシューズが地面につく。
「私さぁ・・・そう言う人の事を待ってたみたい」
「えっ?」
「あなたは気にならない?私が何故追われてた理由」
気にならない事は無い。だが今まではどうでも良かった。付き合うとか好きとかと言う感情がなかったからだ。だが今は少し気になる。人にはそれぞれ事情っていうものがあるのもわかる。だから俺は素直に聞いた。
「前まではどうでも良かった」
「どうでも?」
「あぁ、うん。でも今はちょっと気になるかな?」
「ちょっとだけ?」
「うん、まぁちょっとだけ。敢えて知ろうとは思わない。色々ありそうってのはわかるつもりだし」
今朝のニュースで言ってた事を思い出した。家の事情なのかとも思えた。だからそんな言葉を発した。それを告げると三隅さんは「じゃあ話してあげる」と俺の手を取った。




