I have a confession to make
「だからオレはね、そんな犯罪とか、怖がらせようとか別にそんなつもりじゃなかったワケ。いやちょっとは怯えてたかもしれないよ? 全然気付かなかったかって聞かれたら、そりゃちょっとはそういうのあるかもって。でもだってほら、好きとか嫌いとかさ、そういうのって紙一重じゃない? 気になるって好きの第一歩って言うか、好きだって素直に表現出来ない人もいるって言うかさ。君らはほら、梶谷とはこうして仕事だけしか付き合いないから分かんないかもしれないけど、あいつ結構ひねくれてて、素直に言葉では言えないとこあるからさ。いや、そんな下心じゃないんだって。ただちょっと優しくしてやりたかったんだよ、最初はもっと素直に喜んでんだぜ? 帰り道に偶然一緒になって、飯奢ってやったりとかさ。向こうはほら、大学生でしょ? オレの方が10歳以上年上じゃない。男女とか関係なくて奢るのなんか当然でしょ? そういうのを何回かしてやってさ。や、違うって。本当に喜んでたんだってば。だって向こうはお礼したいとか言ってきてたんだから。喜んでないとお礼なんてしないでしょ? お礼とかお返しとか、そういうのがあると次に繋がってく訳だしさ。もう必死な顔で、お返しさせてとか言ってくるんだぜ、あいつ。でも何て言うか……恋の駆け引きとか好きなタイプだったんだよ、最初は知らなかったんだけど。段々、そんな毎日ご馳走して貰うワケにいかないとか言い出して。まあ、こっちは向こうよりは金持ってるの当然だし、気にしなくて良いってもちろん言ったんだけど、付き合ってもない人にそんなにして貰うワケにいかないって……ね、刑事さん。これもう完全にそういうことでしょ? え? 言わせんなよ……告白して欲しかったってことだろ。で、まあ、オレもさ、一応大人だから、そういう感じの雰囲気良いとこに誘って……と思ってたんだけど。あいつ、大学生だからさ。そういう大人の機微みたいな、良いところでうまく手を打つみたいなの知らないワケ。だからさ、一回断ったらずっと断らなきゃ見透かされるみたいな変なプライドあって。こっちはとうに分かってんだっつーの、全く。素直じゃない相手って苦労するわ。何とか会おうとしても変な風に帰り道を変えたりとかされて。連絡だって、10回も20回も電話して、それでようやく取るって何様だよって思いません? まあ、そういうところがあいつの病理っていうか、それくらいしないと愛を実感出来ないんですよ、色々育ちも複雑だったらしいから……。いや、だからさ、刑事さん。これそういうことじゃないんです。ほら、あれです。痴話喧嘩っつーか、それより一歩手前っつーか……犯罪とかじゃないんですよ。本当はオレが一番あいつのこと分かってるんです、マジで」
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「……あいつ、絶対おかしいですよ」
うんざりした俺の声に、修さんはすぐには答えなかった。
取り調べ中の一休み、2人で缶コーヒーを飲む。俺はここまで山西にぶつけられず我慢した分を、ここぞとばかりに愚痴った。
修さんは眉間にシワを寄せて温かいコーヒーを啜っている。
「マジで頭イカれてます。大人しく聞いてたら、まるで梶谷の方がワガママってか、ちょっと拗ねてみせただけ、みたいな話になってるじゃないですか。脳内でどんな変換が行われてるんだか。痴話喧嘩で警察呼ぶバカはいないでしょ」
「……まあ、痴話喧嘩に警察が呼ばれねぇってこともないんだがよ」
唸る獣のような顔で、ようやく修さんが呟いた。
納得のいかない俺は、慌てて食ってかかる。
「待ってくださいよ、じゃあ修さんは山西の頭はおかしくないって言いたいんですか? あいつの考えてることは間違いじゃないって?」
「……頭おかしかったら、起訴出来ねぇだろうが」
確かに修さんの言うとおり、心神喪失が認められれば、検察は不起訴処分を選ぶ。だけどそんな正論は俺の気持ちとは全然関係ない話だ。
「俺の言いたいのはそういう頭おかしいじゃありません!」
「じゃあ、どういうおかしいだよ。ちょっとお前、落ち着け。犯人の話にお前が巻き込まれてどうすんだよ」
「巻き込まれてるワケじゃありませんけど――」
「バカ。相手の言うこと正面から受け取って怒ってるヤツの何が巻き込まれてねぇっつーんだよ。ちょっと頭冷やせ」
こん、と軽く缶の底で額を小突かれて、納得いかないまま、修さんから空になった缶を受け取る。
ゴミ箱に2つの缶を突っ込もうとした時、席を外していた矢野村先輩が戻ってきた。
「修さん、事情聴取の為に梶谷が来てますけど」
寒そうに震えていた昨日の姿を思い出した。一夜明けて、元気は戻っただろうか。山西に対しては怒って見せたが、俺だって被害者に対してなら、人並みの正義感や優しさを持っている。
ちょっと顔を見るだけでも立ち会いたいな、と思って修さんを見たが、その表情は険しかった。
「……おれが行く」
「立ち会いはどうしますか?」
「いらん。それよりヤノ、そこのバカ、頭湧いてるからちょっと落ち着かせとけ。取調室で犯人に対してキレられたらたまらん」
「ああ……」
万事分かった、という風にヤノ先輩は俺を見て笑った。修さんの変な気遣いも、先輩の笑顔もちょっと癪に障る。
修さんが荒々しい足音で休憩室を出ていった後も、ヤノ先輩はくすくす笑っている。
「……何笑ってんすか」
「いや、ナカらしいなぁ、と思って」
「なんで」
「どうせアレでしょ、山西が好き勝手言ってるのがムカつくんでしょ」
「ですよ、犯罪者の癖に偉そうに! 自分は悪くないって言ってるみたいで腹立ちます!」
余計笑われた。そこ、笑うとこかぁ……?
「先輩も修さんも、意外に山西の肩持ちますね……」
「別に肩持ってる訳じゃないよ。何を言おうが山西のやったことは犯罪だし。一線越えたらダメでしょ。でもさ、ほら……」
ヤノ先輩の目が、しばらく宙を漂って、最終的にゴミ箱に当てられた。
「……空き缶だって、元は中身が入ってた訳じゃない?」
「は? 何言ってんすか、先輩」
そんな当たり前のこと言われても、何が言いたいのかさっぱり分からん。
が、さすがに今の言い方はまずかったらしい、じっとりと睨みつけられた。
「ナカ……お前、今日の飲み代、お前の奢りな」
「はぁっ!? ちょ、こんな下っ端安月給に何させようとしてんすか!」
「屋台で許してやるからさ。今夜には送検して、3人で打ち上げだ」
分かったな、とすごんだ顔がちょっと赤い。どうやら、自分でもあんまり良くない例えだったと恥ずかしかったらしい。
黙って両手を上げた俺に、ヤノ先輩は照れ隠しのように笑って、それから少しだけ目を伏せた。
「……こういう事件は長引くと被害者も辛いからな。早く終われば良い……」
呟いた声だけが、しばらく耳に残った。