9話 森淵
アリアはフェアリュクトの邪悪に当てられて全く体が動かない!怖い!恐い!
「うー!うー!」
アリアは口に布を詰め込まれ、腕に縄をかけられ自由のきかない状態だった。
「くそっ、よりによって『8が月』の奴じゃねえのをさらって来ちまった!……まあ、こいつを囮に使えばいいか」
自分をさらったフェアリュクトは、先程のフェアリュクトとは違って、普通に話すことの出来るフェアリュクトのようだ。今まで見たフェアリュクトの様にやせ細っておらず、筋骨隆々といった感じだ。ほかに数人の痩せたフェアリュクトがアリアを囲っている。
アリアは恐怖でどうにかなりそうだった。どうにかなりたかった。しかし、どうしても生の執着がそれを拒む。生きろと叫ぶ。
「どうしてやろう。どうしてやれば『8が月』をやれるだろう。楽しみでならんな」にやぁぁあ
フェアリュクトは口を歪ませ、ケタケタと厭らしく笑う。
「ひぃ…」アリアはか細く悲鳴をもらした。
「こいつをボロボロにすれば『神速』がやってくるかな?ん?……おい、剣を持ってこい」
親玉フェアリュクトは、痩せたフェアリュクトに命令し、剣を持ってこさせる。どうやら上下関係があり、上の命令には従う事ができる様だ。
数分して、痩せたフェアリュクトが剣を持って来た。
刀身が反り、片刃になっている。小学校の時に担任だったザイツ先生が持って来た刀を見た事がある。まさにそのようだ。
今思うとなぜ小学校に刀を持って来ていたのか。そんなどうでもいいことを考えなければもうこの恐怖に耐えられない。
「……ふんっっ!!」ズバァ!
親玉フェアリュクトが持って来た痩せたフェアリュクトの首を躊躇なくはねる。
「ふんっ。化け物風情が」
なんだ……?あいつはフェアリュクトでは無いのか……?そう考えているうちにあいつが近づいてきた。
「次はお前だな」
そういうとゆっくり刀を振り上げ、声をあげてアリアの頭上めがけ刀を振り下ろす!
ガキィィン!!!!
その場に、膝から崩れ落ちた。
◎ ◉ ◎ ◉
くそっ、まさか攫われるとは!
アラステアは焦っていた。
アリアを攫ったのはただのフェアリュクトではない。さらに高位の存在だ。そこらにいるフェアリュクトはかなり力強いだけの人間だが、あの様な高位の存在になると……
「最早手遅れかもね……」
レイチェルは諦めの言葉を吐く。
「そんなこと言うなよ!まだ近くに居るはずだ!」
まさかあいつが出てくるとは。
レイチェルは焦っていた。
アリアの背後に何かが居た事には気付いていた。しかしアラステアならなんとかなるだろう、『神速』なら助けられるとタカをくくっていた。
高位のフェアリュクト。あれは最早人間ではない。怪物の範疇だ。『8が月』の上位の存在でやっと対処が出来るような敵だろう。
「無理かもしれないけど……絶対見つけ出してやる」
諦めの言葉を吐いてしまった事を後悔し、少し希望を絞り出した。
そして数時間後、二人はアリアをようやく見つける。
見るも無残な姿で。
◎ ◉ ◎ ◉
ガキィィン!!!!
高位のフェアリュクト――人間だった頃の名前を今も使い、クリフと言う。――は女の首を落としたと確信した。しかし、妙な金属音がした。
「んん………?」
◎ ◉ ◎ ◉
アリアは首で斬撃を受けた………いや、受けていない。というか、アリアに刃は通らない。という事をアリアは今知った。
そして、もう1つ知った。
あぁ、こいつらめちゃくちゃ弱いぞ
自分よりも。
アリアは自分を縛っていた縄を思いっきり引き裂いた
◎ ◉ ◎ ◉
ひゅんっ
ズバァっっッッ!!
「おおおおおおおおおおおおぉぉぉあっっ!!??」
クリフはその場に、膝から崩れ落ちた。
一撃だけ食らってもう分かる!触れてはいけない!違う!この女は次元が1つも2つも違う!自分の考える最強を踏み躙ってくる!ダメだ!考え得るすべての命乞いをして即刻逃げたい!
「ひっ……許し……」
すぅぅぅ……
ドゴゥァァァァッッっっ!!!!
ぶちっ
渾身の右ストレートは、容易くクリフの首を吹き飛ばした。
「許すも何も。死んだら死ぬでしょ」
「………」
アリアの意味不明な決め台詞は、もうクリフの耳には届いていなかった。
「………?」
アリアは辺りを見渡した。おかしい。残りの痩せたフェアリュクトが1人もいない。逃げたのだろうか?
アリアは気付いていなかったが、もう既に周囲のフェアリュクトは全滅していた。後にレイチェルは監視カメラの録画を観て驚愕することとなる。
アリアはたった2発の拳圧で周囲のフェアリュクトを粉々にしていた。
◎ ◉ ◎ ◉
「高位のフェアリュクトが二体!?」
アラステアは驚愕する。高位のフェアリュクトがこんな距離に二体存在するなどありえない事だからだ。
「そ、それ確かなんですか?」
レイチェルも感知出来なかったのだが、どうやらかなりの至近距離にもう一体いたらしい。
「えぇ確かな情報よ。異常な高濃度の魔力が二体、あなたたち2人の近くにあったわ」
その情報を伝えたのはオリヴィア。『8が月』の諜報員で、アリア達の目的の村に滞在していた。
魔力とは、魔術を使うための素だ。鍵が現れてから、地球に存在するようになった物質である。地球の気温では通常気体として存在しており、体内にも蓄積し、新たな人類にのみ魔力の存在を感知することができる。
フェアリュクトは魔術によって生まれるため、フェアリュクト自体が新たな人類でなくても残留がのこり分かるようになっている。高位の『新たな人類』、またはフェアリュクトであればあるほど内なる魔力が高いのだ。
「ただ一体の反応はは数十分後には消えたわ。瞬間移動の魔術かもね……」
手元の機械を見つめながらオリヴィアは語る。
「つまり、僕と同じってこと?」
アラステアが尋ねる。超スピードで移動が出来るというのか。
「いや、移動したような痕跡が見当たらないから……超スピードの移動じゃなくて、点と点での瞬間移動かもね」
「いつ見ても便利だねその機械。ちょっと音がうるさいけど」
レイチェルが耳をふさぐ。アリアは音が聞こえすぎるため危険を冒して森に住んでいる。基本的に機械の音が苦手なのだ。
「……ちょっとまって、もう一体の反応も消えたわ……。どういうことなのかしら」
「どっちも瞬間移動の魔術って事かい?なかなか珍しいね、フェアリュクトで同じ魔術持ちって言うのは」
アラステアが不思議そうに尋ねた。そもそもスタンダードな魔術でもない瞬間移動の魔術持ちが偶然近くにいるということ自体おかしい。
「まぁ、危機が去って良かったね。じゃなかったら『8が月』総出で村近くのフェアリュクト全滅もしくは聖域化しないといけなかったかもよ」
レイチェルが安堵の顔で言う。
「………」
アラステアは、それほどの危機だったようには何故か思えなかった。何故自分はこれほど安心していられるのだろうと疑問が湧いた。1時間前に先ほど知り合った人間が攫われているというのに。
「さぁ、危険もあまりない事が分かったし、攫われた人、アリアさん?を探しに行きましょう?」
「いや、その必要は無いみたいだよ……っ!」
レイチェルが駆け寄った先には、血塗れのアリアがいた。