8話 聖域
ようやっと『新たな人類』の魔術が登場します。ここまで前座です。
「別に一本道で首都へのルートがある訳じゃなくてね、点在してるフェアリュクトが近づけない地帯を通っていくんだ」
森への脱出方法を語るのはレイチェルを迎えに来た『8が月』のメンバー、アラステア。いかがわしい長身優男といった風貌をしている。帯剣してるし。
「アリアちゃんアラステアの事疑ってるでしょ?大丈夫だよ見た目は怪しいけど」
吹き出しそうな顔をしながらレイチェルはアリアに言う。
「レイさんは心の声も聞こえるんですかっ」
顔に出ているからだ。
◎ ◉ ◎ ◉
「アラステアさん、因みになんでフェアリュクトが近づけない地帯があるんですか?」周りと特に違いはないというのに。
「ふふん。これね、僕が見つけたんだ?知りたい?知りたい?」
アラステアは得意げな顔をする。
「あ、いいです。レイさんに聞きます」
「アリアちゃん実は地面に秘密があってね……」
「うんごめんレイチェルちょっとまって僕が説明する」
フェアリュクトがD大陸外周の森に生息し、D大陸内部に絶対に入ってこないのには理由がある。それはD大陸内部が聖域なためだ。
「聖域とは……?」
「それは話せば長くなっちゃうなぁ。まぁつまり、地面を見てごらん?微妙に、ほんと微妙にだけど他の地面と違って赤い石とか土が僕らのいる周囲にあるのがわかるかな?これが聖域。この聖域を嫌がってフェアリュクトが近づけなくなっちゃうんだよ」
そう言ってアラステアは地面にある石を拾う。確かに、他の石や土とちがって赤茶色になっている。
「フェアリュクトが聖域に触れると、別にダメージを受けるわけじゃないんだ。ただ凄く苦しいのかな?物凄い苦悶の表情を浮かべて目の前の人間にも目もくれずに走って逃げていったのを見た事があるよ」
レイチェルが思い出すように語る。
「因みに。さっき聖域の石を拾ったんだけど、拾った瞬間からこの石は聖域じゃなくなる。聖域って言うのは、聖域たりえる物質が永い間そこに存在して、定着したものなんだ」
アラステアは拾った赤茶色の石を指差している。聖域になっている(らしい)石と、聖域ではなくなった(らしい)石とで見た目の違いはない。
「見た目じゃ分からないけどね。僕ら『新たな人類』は分かるんだ。なんとなくなんだけどね。」
そう言ってアラステアは帯剣と反対の懐に石をしまった。
「ますます『新たな人類』が羨ましくなってきた」
◎ ◉ ◎ ◉
嫌な汗がでてきた。『新たな人類』ではないアリアですら感じるような暗い雰囲気。
もう数百メートル先には目的の村が見え、光が差し込んでいるというのに!
「あ、アラステアさん、レイさん……これは……っっ!!」
吐きたくなる。目を覆いたくなる。逃げたくなる。いっそ叫んで狂ってしまいたい。アリアは邪悪を始めて感じた。
学生時代オスクリタに言われた「アリアは目の前の邪悪にすら気付かない」と言われた事を思い出し、あれは嘘だったなと走馬灯のように頭に駆け巡った。
「いち、にい……3匹かな……」
レイチェルは冷静に耳をすまし、音によって相手の数を数えていた。
「アリアちゃんとレイチェルは3匹がいない方向に逃げるんだ。いいかい、いまいる場所は聖域じゃない。しっかり聖域の中に入っていれば絶対大丈夫だ。フェアリュクトは入ってこれない」
アラステアは剣の柄に手をかける。
「あ、アラステアさんは……?」
アリアは未だに恐怖に包まれ、体が震えている。
「アリアちゃん、むしろあたし達がいたら足手まといだからこう言う事言ってんの。てか大丈夫だよ」
レイチェルはアリアに笑いかけ手を取り、探知したフェアリュクトのいない方向に引っ張る。
「アラステアがフェアリュクトに負けた事、一回もないよ」
◎ ◉ ◎ ◉
「……さて、大丈夫かなー?」
アラステアは二人が聖域まで逃げた事を確認し、姿を現していたフェアリュクトを見る。獲物はない。素手だ。
3人ともかつては人間だった。善良なD国民であったのだろう。しかし見た目はどんなに普通でも、隠しきれない邪悪はびりびりとアラステアの身で感じている!もうこの人間だった者たちは元には戻らないのだなとアラステアは思い、哀しくなった。
「申し訳ないけど。D国のため。僕のため。斬らせてもらう」
アラステアは剣に手をかけたまま、右足を前に出し、わずかに身を低くして動かない。
「ふーっ……ふぅぅぅうっ!」ぐぉぉおっっっ!!!
突如、一人がアラステアに襲いかかってきた!このフェアリュクトの武器は爪だ!鋭い爪!
「 遅い 」
キィンッ。
アラステアは既に、納刀を終えている。
――して、フェアリュクトは。
「…………」ゴト。
斬られた三匹の首が落ちる。
「……ふぅ」
実にあっさりと、殲滅を終えた。
◎ ◉ ◎ ◉
「……相変わらずアラステアの太刀筋が全く見えないね。音は聞こえるんだけど」
レイチェルは仲間の圧倒的な強さに冷や汗を流す。
あれで『8が月』の戦闘部隊でも中堅クラスだと言う事実に、レイチェルはどんな冗談だと言いたくなる。
「いやあ、やっと終わったよー。」
アラステアの魔術は『神速』。単純に疾い。ただそれだけだが、行動が単純なフェアリュクトに対して絶大な強さを誇る。
「いよっ、流石『8が月』切込み隊長!」
レイチェルは生き延びた事に感謝し、アラステアを持ち上げる。
「ふふん、そうだろう?流石だろう?」
アラステアは単純だ。性格が魔術に反映されている。
そして、ぱちんと手を叩いて、数百メートル先を指差し二人に言う。
「さぁ、目的はあそこの村、首都に行く前にあそこで休憩かな」
(……?普通に三回斬っただけなのに?)
アリアにはアラステアのすべて見えていた。踏み込みから太刀筋、音まで。
「すみません、今のってっっっ!!!!????」
瞬間!アリアの背後から誰かが手を伸ばし、強靭な力でアリアを二人から引き離し引きずる!
皆が気を緩めていた!全く気付かなかった!
探知出来たレイチェルも!追いつけるはずのアラステアも!そして、自分よりも明らかに弱い力で引きずられているアリアも!
あっという間に。レイチェルとアラステアが動こうとした頃には、既にアリアの姿は無かった。