7話 森相
「どうしよう完全に迷ったよ…」
アリアは一人立ち止まっていた。どこを見渡せど鬱蒼とした木々が広がっている。入る前に気付け。
「例の『人間っぽい』人?達ってどんな生き物なんだろう……どうか会いませんように」
アリアはいくら鍛えているとはいえ、『新たな人類』でないため襲われてはひとたまりも無いのだ。
とにかく、来た道を戻ろう。アリアはそう決意してまた歩き始めた。
その時。急に草陰から何か飛び出してきた。
がさがさ…
「げこ。」
「………カエル。さっき食べたカエルだ」
ウシヤドクガエル。やはり気持ち悪い。食せるとはいえど。
ただアリアは忘れている。ここは暑いD大陸中央部ではなく、比較的涼しい外周の森なのだと。
「………げろげろげろ!」ドシュウッッ!!
「え」
アリアはカエルから飛び出た何かを間一髪で躱す!
後ろを振り返り、その何かが当たった木を見ると、ドロドロに溶けていた。ウシヤドクガエルの猛毒!矢毒!
げろ。げろげろげろ。
げろげろ。
げろげろげろげろげろげろ……
見渡せばそこかしこにカエルが……ッッ!
「も、もう嫌だ……」
脱兎の如く!逃げる!
さっき来た道と逆方向にッッ!!
◎ ◉ ◎ ◉
「こ、ここまでくれば安心かな……どこだろここ」
アリアのビロードの様だった金髪は猛スピードと木々によってぐちゃぐちゃになっている。
「ベルベットみたいになっちゃったな」
ちなみにビロードもベルベットも同じ物である。
「うーーん、家……だよね?」
アリアたどり着いた先にあったものはどう見てもレンガ造りの家だ。
こんな森の奥に家を建てるなんて。
「どんな酔狂な人なんだろう」
がちゃり「誰だい?うるさいなぁ……ってうわぁ汚い」
家から女の人が出てきた。長身で肩にかかる長さの黒髪だ。どうやら例の『人間っぽい』奴ではないようだ。
汚物を見るような目でこちらを見ている。というか汚物を見ている。
「す、すみません。迷ってしまって」
「……?迷ってここにたどり着くなんてなかなかの幸運だったね。早く入りな。『奴ら』が来ちまう」
「『奴ら』……とは?」
「あんた他国民かい?早く入ってシャワーを浴びなよその話は後だな」
◎ ◉ ◎ ◉
「れ、レイチェルさん!筒からお湯が!筒からお湯が!」
「えぇ、シャワーも知らない!?今まで何で体洗ってたの?てかレイでいいよ、筋肉やばいなアリアちゃん!」
「今までですか?ガスでお湯を沸かしてました」
何故かC国にはシャワーが伝来していない。伝えた側のD国にはあるというのに。
「んー。文明の格差って凄い。てか答えになってないよアリアちゃん」
「レイさん。ありがとうございます。助かりました」
「お?さっぱりした?綺麗になったね。てかどこ出身?何しに来たの?あ、『奴ら』っていうのは……」
レイチェルはペラペラと話しながらアリアを椅子へ座るよう促しコーヒーを淹れ砂糖とミルクを差し出す。
「ちょちょちょちょレイさんストップいっぺんには無理です」
ぶんぶんと手を振る。
「うー。ごめん。ここに住んでると中々人と会う機会無いからさあ。あ、テレビつけようか」
レイチェルは壁に向かってリモコンのボタンを押す。
「テレビ、噂に聞いてましたが実物は初めて見ました」
ラジオはC国にもあったが、壁に絵が出て音が出るというのはアリアにとって想像も出来ないことだった。
「ごめんここ森の中だから電波無いからテレビ付かない」
「ならなんでつけたんですかっ」
「ごめんまた嘘ついた。テレビはつくんだよ。『奴ら』を監視するためのカメラがあるから」
あぁ、奴らの事を話してなかったねとレイチェルは話を続ける。
「アリアちゃんは『奴ら』の事を見た事も聞いた事も無い?」
「D国に行く船で『人間っぽい』奴らが森にいて、人を襲うと聞きましたが……?」
「そうか、『人間っぽい』ね。確かに。見た目は人間だよ。ただの。」
そう言うとレイチェルはリモコンの別のボタンを押す。
画面は森のどこかを映し出している。この家の周りにある木々と同じような風景だ。その中央になにか武器を持った人間がいる。普通の背格好に普通の服。これが『奴ら』なのだろうか。
突如、通りがかった生き物(後に聞いた話によると『カンガルー』という『原種』らしい)を視界に捉え、持っていた武器、包丁でめった刺しにし始めた!!
その惨劇はカンガルーが絶命するまで続いた。
「……ひどい」
「『奴ら』、正式名称はなんだったかな、あぁ、『フェアリュクト』とか言ったかな?遠くの国の学者がつけたらしい」
フェアリュクト。
「どこかの国の言葉で「狂った」という意味でしたっけ?つまり、どういう事なんです?」
「おぉ、意味を知ってるんだね。そう、奴らは狂った『元人間』だよ。そう言う意味では『人間っぽい』と言えるだろうね」
レイチェルはため息をつき、コーヒーにレモンを沈めて啜った。
「……精神病かなにかですか?」
そう言う、人が狂ったようになる病気は聞いた事があるが。
目の前の人もコーヒーにレモンを入れるあたりちょっとおかしい。
アリアもレイチェルも知らない話だが、B国やN国近辺の国ではレモンのスライスを入れたコーヒーは普通に飲まれている。
「レモンは紅茶にいれるんだった……あぁ、病気ではないよ、いや病気といえば病気なんだろうけど……『魔術』の類さ」
渋い顔をしながらコーヒーからレモンを捨て、砂糖を入れる。
「『新たな人類』。ですか」
『新たな人類』の使う『魔術』による犯罪は一定数存在する。C国では数ヶ月前に炎を使う魔術によってアキュタ近くの村が甚大な被害に遭った。
「そう。『新たな人類』。人を狂わせる魔術。言葉も通じない殺人鬼にする、恐ろしい魔術さ」
そう言うとレイチェルは忌々しそうにテレビに映ったフェアリュクトを睨み、リモコンのボタンを押し画面を切る。そしてアリアを見て、話を続ける。
「そのフェアリュクトを監視するのがあたしが所属してる『8が月』の役目なんだ。酔狂でここに住んでるわけじゃないよ」
「え、き、聞いてたんですか」
そう呟いたのはレイチェルに会う前のはずだ。
「うん。あたしも『新たな人類』なんだ。音の魔術。どんな小さい音も聞こえるんだ。常にマイクがオンになってる状態なんだ。マイクって分かる?」
「えぇなんとなく。凄いな、『新たな人類』か……」
「別に凄いもんじゃないよ。他の人と違って自衛も出来ないし……」
レイチェルは悲しそうな顔をした。
レイチェルは暗い顔をやめ、アリアに顔を向けて話を続ける。
「そうだ、泊まって行きなよ。明日の朝に首都に送ろう。ちょうど『8が月』の集まりがあるんだ。久しぶりの来客だし、ダメかな?」
「いえ!とんでもありません!お願いします!」
流石にあの凄惨な映像を見せられてからの外に一人で出るというのは怖い。願っても無い誘いだ。
「自衛出来ないのに首都まで行けるんですか?」
「『8が月』の誰かが迎えにくる手筈になってる。それに、絶対にフェアリュクトが近づけないルートがあるんだ。」
「そのルートを使えば一人でも行けるんじゃあ……」
「方向音痴だから無理。」
「なるほど」