5話 船旅
足腰を鍛えたアリアにとって、西太平洋の大きな波の揺れなど堪えるに易かった。因みに西太平洋とは、ムー大陸の真ん中を境目に西側の太平洋の事である。冬のカキが絶品とか。
貿易船の一室を借りているアリアは、D国に着くまでに数日ある内、大半を勉強に費やしていた。船酔いもしないのは鍛えた効果なのか。
「ふむ……まさかD国に行けるとは思わなかったな。D国の事も調べなきゃ」
自然大国D国は、D大陸まるまる1つが国となっている大きな国だ。しかし、大陸の中で一番小さいため、A国やB国などよりも幾分領土は小さい。しかし島国のため、他国の侵略や影響が大変少なかった国である。それどころか、新大陸ムーへ一番近い国であったため、ムーの諸国へ物資を送るのに効率が良く、ムー大陸内での戦争特需によってかなり発展した国である。自然が豊富で、島の外周は一部を除いて木々に囲まれている、天然の要塞となっている。
「へぇ……文明がムー大陸よりもずっと進んでるんだ…………飛行機!!お伽話の中でだけ存在する乗り物だと思ってた!まさか実在するなんて…!」
アリアが感嘆の声をあげていると、
……こんこん、「お嬢!朝メシの時間ですぜ!」
船員がドア越しから話しかけてくる。
「あ、いまいく!もう、お嬢なんて呼ばないでよ」
「いやいや、昔っからお嬢はお嬢ですぜ。オスクリタお嬢様と同じ学校だった頃から知ってる私としちゃ、直せませんな」
船員はがっはっはと快活に笑う。
ラコリーヌ家の貿易船はアキュタで一番大きい船である。アリアはこれ以上の船を見た事がない。
しかし聞くところによると『ごうかきゃくせん』と言うものが世界にはあるらしい。C国では見られる様な帆船では無く、何か別の力で動くらしい。そこでは世界中の娯楽が船で楽しめるとか。一度はそんな優雅な旅も経験してみたいものだ。貿易船は輸出する魚によって生臭さが染み込んでしまっている。快適とは言い難い。
「……っと、食堂に着いた」
食堂のドアを開けると、船中の船員ががつがつと朝食を摂っていた。殆どは男の船員だ。女の人は大概短髪で、男の人に引けを取らないような美しい筋肉をしていた。アリアは生臭いのもいやだが、男臭いのも嫌だな、と思った。
っていうかこれ貿易船だよね?漁船じゃないよね?
「お嬢にはわかんねえだろうけど、実は海には魔物が一杯いんのさ。だから船乗りはみんな強くなくちゃいけねえ」とは隣に座った女船員の談。
魔物なんてお伽話の生き物がいるのだろうか。いやでもいるかもしれない。飛行機も実在するし。
「あ、お嬢その顔は信じてねえな?いるんだぜ?例えば、この船より大きなイカとかな」
「え、えぇっ?」
まさか、そんな巨大な生物が存在するのか。
「お?俺はアキュタよりもでかいって聞いたぜ!」
「バッカお前それはねえだろいくらなんでも!」
「オラは地球よりもでかいって聞いたぞ!」
「じゃあそいつはどこにいるんだよ!」
「あ、あははは」
◎ ◉ ◎ ◉
船旅も数日経ち、アリアは幾分か慣れてきたと感じた朝の日。
「そろそろD大陸に着くはずなんだけどな……」
がちゃり「うわぁっ……」
アリアは自室のドアを開けると目の前に広がっていた景色にため息を漏らした。
巨大な岩山!そこから天に穿つように生える木々!どれもC国にいた頃には決して体験できないスケールの物だ。何と言ったらこの感動が両親に、街の子供達、オスクリタに伝わるのだろう!
アリアは自分の語彙が貧弱な事を激しく後悔した。
「お嬢、あれが1つ目の目的地D大陸、D国だ!入り口までは外周を回らなきゃいけねえ、まだ数日かかるが辛抱してくれよ!」
年寄りの(しかし覇気は若い)船員がアリアに説明する。
数日か、入り口に着くまでD大陸のスケールの大きさを感じていよう。この圧倒的自然を感じる以上の時間の使い方はないのだ。
と、アリアが木々を見ていると、木の上に何か動物がいるのが見えた。
「すみません、あの生き物は…?」
「あぁ、あれか。俺も詳しくは分からねえが、『コアラ』っちゅう生き物らしい。珍しい『原種』なんだとよ!」
『原種』とは。『鍵』が現れる以前からいた生物の事である。生物の殆どが死滅したとされている先の戦争があったため、『原種』が野生で存在している事は大変珍しい事なのである。『鍵』が現れてから発見された、生み出された生物は『新生種』と呼ばれる。
アリアは目を凝らしてそのコアラを観察する。有袋類だ。母コアラのお腹に小さな子供のコアラが入っていて、微笑ましさを演出している。しかし自分を支えている爪は鋭く、太い。可愛らしさと力強さを兼ね備えている面白い生き物だ。
「良いですね。ムー大陸には『新生種』しかいないから……」
「俺は見たことねえが、D大陸にはかなりの『原種』がいるらしいぞ。お嬢も見れっかもな!」
アキュタを出て良かった。目にするもの全てが新しい。
アリアはこれからの旅に期待を込めていた。
◎ ◉ ◎ ◉
「ところでお嬢はD国に着いたら何をするんだ?」
D国上陸前の最後の昼食時に、女船員がアリアに尋ねる。目の下にある傷と赤髪が格好良い。
「ううん。N国に行くのが目的でしたから……。とりあえずは観光でもしようかと。」
一月もの期間停泊するのであれば、いろいろな物が見られるはずだ。プランN。
ちなみにNとはナッシングのNだ。
「へぇ。優雅で良いねぇ。私らはずっとD国の商人どもと貿易の商談さ。」
あぁ、そうでした。この人たち狩人じゃなくて商人でした。
「そうだお嬢、もしD国を観光するんだったら森の方には行かない方がいい。人間の言葉を理解しない人間っぽい奴がいる。容赦無く襲ってくるぜ?」
赤い髪をかき上げニヤリと笑う。なんて恐ろしい事を今更言うんだ。
「に、人間っぽい……?」
「そうだ。『新たな人類』とも違う。まさに『人間っぽい』奴らだ」
ま、会ってみれば分かるさと女船員が言うが、絶対に会いたくないなとアリアは思った。
「因みに森って…どこらへんの森ですか?」
「え?森っつったらここからも見える森だよ。」
「え?D国の森って国土の6割を占めてますよね?」
「あぁそうだな。国土の6割あるな」
「どんな地獄だ」
「こんな地獄だ」