三話 準備
アリア・ヒューゲル(13歳)は未だに浅かった。
「え、地球って一カ月で走りきれないの?」
「え、それってギャグかなにかですの?」
オスクリタ・ラコリーヌ(13歳)は相変わらず煽る。
これがアキュタ中等部の毎度の光景である。クラスメイトは「飽きないのかなぁ」と思っているが口には出さない。面倒だから。
「アリア、鍵が現れる以前に、地球一周をしたN国の人がおりましたが、その人は走りきるのに2年程かかりましたわよ?」
オスクリタは諭すようにアリアに言う。
「に、2年!?無理だよ私2年も走るなんて!疲れちゃう」
ぶんぶんと手を横に振りながらアリアは金髪を揺らす。っていうか一カ月なら疲れないのか。
「貴女の無尽蔵の体力には呆れますが、アリアが『新たな人類』でもない限り一カ月で走りきるのは無理かと……」
「ねー。オスクリタと違って私『新たな人類』じゃないもんねー」
普通『新たな人類』とわかるのは産まれてすぐから遅くとも10歳までである。10歳をゆうに過ぎてしまったアリア・ヒューゲルが『新たな人類』という可能性は万に1つもない。父母共に『新たな人類』でも、子がそうなるとは限らないのだ。逆もまた然り。
「そしてその私が逆の事例ですわ」
「……へー」アリアに興味はない。浅いから。
どうやら友であるアリア・ヒューゲルこの広大な地球を自分の足で走りきろうとしているらしい。無理があると咎めないのが私の優しさ。何故ならバカ可愛いから」
「オスクリタさん本心が漏れてるぞ」
クラスメイトには聞かれているがオスクリタはアリアがどうでもいいことを聞き流すことを知っている。そして邪な考えを縦横無尽に頭に巡らせる。アリアは一度と気づくまい。目の前の友が自分を(いろんな意味で)喰わんとしていることを。
「と言うかあなたは目の前の邪悪にも気付かなそうですわ」
「……ん?あぁ、やだなあ、褒めないでよ」
◎ ◉ ◎ ◉
浅窓の令嬢は力を蓄えていた。世界を踏破するために足腰を鍛えた。世界を知るために専属の講師を家へ招いた。自分が知らないことがあるのを彼女は許さなかった。多少、知らないことがあり過ぎたが。
「やぁやぁ愛しき我が娘よ、良く勉学に励んでおるな」
彼女の父が彼女に向かって話しかける。明朗な部分は父に似た。
彼女の父、バロン・ヒューゲルに気づいた彼女の講師がこうべを垂れる。
「これはこれはヒューゲル卿。本当にあなた様のご令嬢には手を焼き、もとい舌を巻きますよ」
正直な所には好感が持てる講師である。
「はっはっは、本当に手を焼いても良いんだぞ?」
「失礼。少々度が過ぎました」
「まぁ良い。実際のところどうなのだ我が娘の出来は」
「ムー大陸きっての非才ですね」
「がんばれ愛しき我が娘…お前がナンバーワンだ」
バロンがサムズアップした指と目線の先には件の愛しき娘がペンを持ち頭を抱え用紙を罵倒していた。
「いや意味わからん。なんで点Pが動く。動くなよ」
彼女は知らないことがありすぎるゆえに壁にぶつかった瞬間停滞する癖があった。
「教えると理解するのです。スポンジのような吸収力だ。しかし教えなければ全く進まない。先程非才と言ったが訂正いたします。非凡ですな」優れているかは別として。
「分からない事があるなら教えれば良いのよ。そうして私の娘は大きく羽ばたいていくんだわ。大丈夫よ、私の娘だもの」
そう言うのはヒューゲル家に咲く一輪の花、浅窓の令嬢の母その人、ミサ・ヒューゲルである。頭にお花が咲いているとかではなく。いや決して。
「奥方様までいらして。えぇえぇ根気よく教えますとも。お任せください」
彼は20以上も年下の娘に必死に頼み事をされた日の事を鮮明に覚えている。まだ年端もいかぬ(今もだが)娘が自分の手で成長していくところに楽しみを見出しているのだ。
「令嬢の成長には私も賭けているんです。」
「リアルマネーで?」
「リアルマネーで」
◎ ◉ ◎ ◉
体を鍛えることに関しては彼女は独学だった。自分のペースで鍛えたかったからだ。彼女はとにかく走り込んだ。歩いた。街中を歩き回った。街の屋台に顔を出し、お小遣いで揚げ物を……おっとこれは誰にも言ってはいけない。
とにかく体を動かした。彼女は線こそ細いが、身体には確かな結果が出ていた。
「あたしの筋肉は実はこのC国よりも大きくて、皮膚で守らないとすぐに筋肉が爆発しちゃうのよ!」どこぞの格闘漫画か。
「えー、うっそだー」「でもアリアおねーちゃんめっちゃあしはやいよねー」
「ふふん。ガキどもには分かるまいあたしの努力の結晶が」子供達に自慢してる時点でやっぱり浅い。
「よっし!あと街を5週!」ずだだだだっ
「アリアおねーちゃんって…貴族じゃないとやばい人だよね」
「あさから全速力で街をかけぬける女」
貶されながらも、アリアは自分の夢に向かって歩を止めない。
◎ ◉ ◎ ◉
一方その頃その時期武力大国A国にて。
大統領の娘が『新たな人類』であることが発覚。大統領には自分の娘に対しても『処置』を執行。国内外から激烈なバッシングを受ける。
産業大国B国では、B国の一部の街が数人の『新たな人類』を連れ独立を求めた抗争を始める。大統領率いる部隊がこれを鎮圧に向かうも、双方壊滅状態となる。B国から独立した国が成立。
『 新大陸ムー』の西方にある宗教大国N国にて深夜、C国アキュタから確認できるほどの強烈な光を観測。皇帝、大統領ともに原因不明と発表。