二話 決意
C国の中でも大きな街であるアキュタは、貴族であるヒューゲル家と大商人ラコリーヌ家が収める比較的安全な都市である。特産品は豊富な海産物。西の方にある大国N国への輸出で儲けている。ラコリーヌ家が。
そんなアキュタ内にある学校に我らが「浅窓の令嬢」、アリア・ヒューゲル(7歳)が居た。
「まじいみわかんない!れきしとかしらないし!『かぎ』とかいみわかんなくね!?」成る程確かに誰が呼んだか「浅窓の令嬢」である。腰まで長くビロードのような質感の、色は白に近い落ち着いた金髪を振り乱し、令嬢に似つかわしくない地団駄を踏んでいる。
するとそこに、黒みがかった濃い緑色の髪の、アリアとは対照的な「深窓の令嬢」と言った風な女の子が語りかける。
「まぁまぁ、アリアさんおちついて。かるしうむがたりないのでは?うちのかいさんぶつのひものでもいかが?」煽る煽る。
「うるさいわねオスクリタ・ラコリーヌ!私がたりないのはおつむよ!」
「じかくしてるあたりやべえよ……」クラスの男子が言う。ごもっとも。
がらり。「ほらほらぴーぴー喚くんじゃねえガキども。ぶん殴るぞ。」
イライラした様子で入ってくるのはこの学校の先生である。鴉の濡れ羽のような黒髪を肩まで伸ばして一本にまとめている。メガネの奥の鋭い目には隈ができていて、生徒をまるで親の仇かなにかのように睨んでいる。
「なんで先生は先生やってんの?」
「あ?知らねえよ。」すぱー。
「うわっ、タバコ吸ってんじゃねえよ先生!?」
「ザイツせんせー…かっこいい……」「ですわ……」
アリアとオスクリタの目は輝いている。
「もうやだこのクラス」
◎ ◉ ◎ ◉
3時間目。
「ザイツせんせーじゃないとちりなんてやってられないわ。」
「そこはどういけんですわアリアさん。」
「うるせえだまれ金持ち風情が。……それで?どこまでだったかな……」すぱー。
C国は数十年前突如として落ちてきた『鍵』によって起きた戦争の影響で出来た太平洋の中心にある大陸、都市伝説になぞらえた名前、「ムー大陸」のアジア側の端に位置する国である。ムー大陸の出現に伴い、戦争から逃げてきた小国の人々が集まって、土地をめぐりまた戦争が繰り広げられた。
「そこでウチらC国民側は『新たな人類』と共に戦争に勝ち、1番端の領土を貰い受けたってわけさ。」
「つまりせんそうでつよかったあたしのおじいちゃんとぱぱのおかげね!まじかんしゃしなよ!あたしに!」とはアリアの弁。
「つまりC国のけいざいをになったおじいさまとおかあさまのおかげですわね。かんしゃしてほしいですわ、わたくしに。」とはオスクリタの弁。
「下っ端だけどな。」だから1番端の国なんだよと、ザイツはため息をついた。
鷹がとんびを産むことは往往にしてある事だとクラスの全員(二人除く)が悟っている。
◎ ◉ ◎ ◉
4時間目。
「せんせー。『あらたなじんるい』ってなんですか?」
どこかの令嬢とは違う無垢な少女がザイツに質問する。ザイツはうざったそうにしながらも、質問に答える。
「『鍵』が落ちてきた数週間後の話だ。さる小国の一人の赤ん坊が「燃え盛って」産まれ落ちたんだ。その一件を皮切りに、稀に通常人間には成し得なかった事ができる子供が産まれるようになった。以前の人間とは違う人間、というわけで『新たな人類』って名前になったのさ。分かったかクソ共」
睨みつけるようにザイツは言う。
「クソ共って言う割には先生って丁寧だよね?」
さらっと神経を逆なでして行く。
「でもそこが良いのですわ!」煌めくオスクリタ。
「だまれガキ……!」焦るザイツ。
「かぅわぁいぃー。」ニヤるアリア。
◎ ◉ ◎ ◉
5時間目。
「あぁ、これで地獄の学校生活も一週間が終わりますわ!」窓際の席にてオスクリタがため息を吐く。 深窓の令嬢は絵になる。
「つか5時間目もまた地理とかアキュタきょういくいいんかいはあたしたちをころすきか!」1番前の席でアリアが騒ぐ。浅窓の令嬢は気に障る。
「いや、てめえらを殺すのは教育委員会じゃねえ、この俺様だ!」ばあぁぁあーん!
扉を勢いよく開けるのは何故か厨二チックなザイツ先生である。なんだこの学校は。
「もう教師としてあるまじき発言だよ先生。」
「貴様らガキどもに懇切丁寧に地球ってもんを教えてやろう」
「悪魔か何かかな」
◎ ◉ ◎ ◉
「つまりだな、俺らがいるC国というのはムー大陸でも端の端、地球儀で見るとこんな隅っこにあるわけだな」
ザイツ先生は地球儀の太平洋に浮かぶムー大陸の端にむけて指示棒を指す。
えーちっちゃーい。などと声を発する生徒がいる中、我らが主人公アリア・ヒューゲルその人は利発そうな大きな目を更に大きく開き、ショックで口を閉じる事が出来ない様だった。
「C国って、ほんとにそのていどしかないの……?」アリアが疑うようにザイツに質問する。
「ん?なんだヒューゲル、知らなかったのか?」
「ア、アキュタは?C国の中でどれぐらいのおおきさなの?」
「……?ざっと100分の1ぐらいだな。どうしたヒューゲル?お前んとこの教育係に教えてもらわなかったのか?」
「!!!???」
100分の1!あのアキュタを端から端まで走りきった時でさえ1日がかりだったと言うのに!あの球体のあんな隅っこに私はいたのか!?
少女は誰にも知られずに密かに決意する。あの球体にある国を私は全てに到達してみせる!こんな小さな国で過ごすには私の器は大きすぎる!と。
これは、酷く傲慢な令嬢の物語である
「なんかヒューゲルの周りだけ熱いんだけど」
「もえてきたよ先生!」
「そ、そうか」