好きな子の<おはよう>から<おやすみ>までを見守ってるだけだ(※ただし無許可です)
桜舞い散る頃を過ぎて、毛虫の落下傘部隊が強襲するこのごろ、夕日の差し込む放課後の教室に俺と忍とジェシカはいた。
俺こと鈴木肇はこの英清学園高校の二年男子である。なお、この教室は俺のクラスである二年D組だ。忍こと伊賀忍はクラスメイトの女子で、ロリ系の美貌と抜群のプロポーションを持ちながら、言動で周囲を遠ざける残念な美人その一である。ジェシカことジェシカ・リーは交換留学の中国系アメリカ人で隣のC組の女子だ。そして、こちらも、アジアンビューティー系の美貌とメリハリのある体つきをしながら、言動がおかしい残念な美人その二である。
このメンバーで俺の机を囲っているのは、まあ、それなりの理由がある。
「シショー、ホシは部活を切り上げはったみたいやで」
双眼鏡で外を覗いていたジェシカが言った。この留学生は何故か関西訛りで話す。ここ、関東なんだが。ついでに、英語はテキサス訛りで中国語は広東語を話す。つか、ニューヨーク辺りの学校に行ってたハズだよな?広東語は、あれだ、両親か祖父母が香港出身って言ってたっけ。
ちなみに、ジェシカが忍を“シショー”と呼ぶのは、忍のダイナミック下校を目撃したからだ。校舎四階の窓から飛び降りるなどと言う下校を目撃したジェシカは「oh! Japanese ninjya!」などとわめきながら、忍に弟子入りを志願した。残念ながら、ジェシカは重度のアニメおたくでもあった。
「よし、それじゃあ、花蓮ちゃんのそばに行きますか!」
うっしと、気合を入れた忍はさっさと自分のスクールバッグを抱える。
「17:30玄関前に集合」
言うや否や窓からダイナミック下校をかます。たなびく忍のポニーテールが黒猫の尻尾のようだ。
俺とジェシカは普通の身体能力しか持っていないので、カバンを引っ掴むと教室を飛び出て階段を駆け下りる。ダイナミック下校に注目が行っているので、俺たちを注意する教師はいない。
俺と忍とジェシカが集まっていたのは、一人の少女のおはようからおやすみまでを守るためである。頼まれてないので自主的に俺たちは彼女の安全を見守っている。決してス◎ーカーではない。
玄関につくと、忍が待っていた。玄関脇の植え込みの影で。俺とジェシカも倣う。
「Oh! ないすたいみんぐ、やな」
俺たちの視線の先では、一人の可憐な少女、東風花蓮が女子テニス部のジャージ姿で佇んでいた。さらさらとした黒髪をポニテにしているため、うなじに視線がいくのは自然の摂理である。うん、今日も俺の東風さんは一段と麗しい。
「あああああああ、花蓮ちゃん可愛いよ、花蓮ちゃん。あんな火照った顔で、私を誘ってるんだよね。誘っているに違いない」
「黙れ、変質者。あれは、俺を誘っているに違いないんだ」
「シショーもハジメも『A miss is as good as mile』、日本語なら『五十歩百歩』とか言うんやったけ?」
呆れたジェシカの声も俺たちには届かない。忍と二人で鼻息荒く東風さんを見守る。
ああ、あの腕の中にあるタオルになりたい。柔らかそうなあの胸に押し当たるタオルが羨ましくてたまらない。
「ふふふ、タオルの癖に、あのやおっこい花蓮ちゃんの胸に押し当たるなんて、良い度胸じゃない」
「って、同じ発想かよ?」
「あんたら、ホンマに仲ええよな。あれや、夫婦漫才言うんやろ?」
「「違う!!」」
同時に言うと、ジェシカは片眉をあげながら嘆息した。お前はアメリカ人……だったな。思いっきりアメリカ国籍だったな。
「あ、ジェシカ!」
そんなこんなでワイワイやっていると、東風さんの後ろから現れた女子テニス部員がジェシカに声をかける。ショートカットがボーイッシュに見えないくらいには可愛い顔をしたこの女子部員は、ジェシカと同じC組の生徒でホストファミリーでもある。名前は確か松前さくら。可愛いのだが、いかんせん胸が残念な大きさだ。いや、世の中には貧乳好きとかいう奴らもいるので、需要はあるんだろうが、俺の好みではない。
「ああ、さくらちゃんにもう少し胸囲があれば、私の好みのドストライクなのに。あ、花蓮ちゃん除く」
「やっぱり、惜しいよな」
「揉んだら大きくならないかな?なるよね?」
「いや、あのまな板は……」
「あんたら、ヒトのホストファミリーに失礼やな」
と、言いつつもしっかり松前の胸を見ているジェシカも同罪だろう。
「もう、貧乳はステータスなんだからね。でも、その乳よこせ」
うらああと、乱心の松前は忍の胸を背後から掴む。この女も相当残念な中身だった。さすがジェシカのホストファミリーである。
「さくらずるい。うちもシショーの揉みたい。そや、さくらがうちの揉めば、丸くおさまる!」
「訳がないだろ」
「あああ、私は花蓮ちゃんを……」
「揉むな!うらやまけしからん」
「あ、あたし雄っぱいは趣味じゃないから」
そして、松前は残念そうな顔で俺を見るな。忍もジェシカも納得の表情を浮かべるな。
「さくらちゃんたち仲が良くて良いね」
わいわいがやがややってると、俺の東風さんがぼそりと呟いた。なんだと……?!
「「是非、こっちに来て参加しよう!!!」」
「うわぁ、相変わらずのシンクロ」
呆れ混じりの松前の発言は無視だ。
「え、いや、遠慮しとく」
「「困惑する顔も最高すぎる」」
「一言一句同じで、ガッツポーズのタイミングもばっちしとか、夫婦どころか、魂の伴侶かなんかやろ」
「ここまで来ると、気持ち悪いかも」
おい、そこのホストファミリーズ、思いっきし聞こえてんぞ。
「なんだか、邪魔しちゃったみたいだね。ええっと、また明日」
「「また明日!!」」
まあ、帰宅まで見守るワケだが、立ち去る東風さんは知らない。
会話イベントに盛り上がる俺と忍であるが、目的を見失ってはいないので、距離を空けて愛らしい後姿を追う。当然とばかりにジェシカと松前もついてくる。
「今日も花蓮ちゃんは寄り道をしないようね」
「あんたら、見習えばええんちゃう?」
「あ、あたし、そこのコンビニであんぱん買ってくる」
「ん?じゃあ、ついでに、俺と忍のも頼む」
学校近くのコンビニでいつも通りに松前に千円を渡す。小柄な体躯にだまされがちだが、松前は大食いだ。部活帰りにこのコンビニのパンを買占めている。
「何が良い?」
「「メロンパン」」
「うわ、めっちゃ鳥肌立った」
「ジェシカは?」
「ん?何でもええよ」
一旦、松前と分かれた俺たちは、黙々と東風さんの背中を見守りながら歩く。不審者はいない模様。しかし油断は禁物だ。
公園にさしかかる頃に、両脇にパンいっぱいの袋を提げた松前が追いついて来た。そういえば、この女も吃驚身体能力の持ち主だったか。
「はい、メロンパンとおつり」
「おう、ありがと」
受け取っていると、東風さんがマンションに入っていくのが見える。学校まで徒歩15分の駅前マンションが東風さんの家だ。
公園からは東風さんの部屋の窓が観察できるので、基本的にここに張り込むのが常だ。
いつものベンチに座るとパンを食べながら、五階の東風さんの部屋を見上げる。まだ部屋に戻っていないようだ。尚、東風さんの部屋の位置は忍がつきとめた。クラスメイトの女子などというジョブを有効活用させたらしい。
「くそ、俺も東風さんの部屋に入りたい」
「ふふふふ、花蓮ちゃんの部屋は良い匂いだったわ」
「うおおお、嗅ぎたい」
「って、さくら、もう全部食べとるやん」
「おなか空いてたからね」
そして、暫くすると東風さんの部屋にあかりがともる。きっとシャワーなんか浴びたに違いない。風呂上りの東風さんだ……と……
「うわ、シショーもハジメも同時に鼻血出すんは止めん?」
「「だって湯上り」」
「うん、意味不明だね」
引き気味の二人であるが、不思議と帰ることはない。こいつらも大概だと思う。
とりあえず、両鼻にティッシュをつめた俺と忍は東風さんに異常がないように窓を見守る仕事に戻る。宿題を広げて長居を決め込む松前にも松本清張を読み出すジェシカにも突っ込みは入れない。
「ああああ、花蓮ちゃんの部屋着姿」
「鎖骨……」
「「ぐは」」
「うち箱ティッシュ持って来たんやった」
本から視線を上げることなくジェシカは箱ティッシュを渡してくる。準備が良い。
だらだら垂れる鼻血に何枚もティッシュを駄目にしつつも、俺と忍の興奮は止まらない。
暫くするとあかりが消えた。豆電球がついてないから夕飯だろう。もう少し張り込みたいところだが、ジェシカと松前を送らなくてはならないので、今日のところはここまでだ。すっかり暗くなったこの時間帯に女子だけで帰らせるほど俺も薄情ではない。
「今日は帰るか」
「ああああ、もうそんな時間……」
名残惜しそうに窓を見上げる忍を他所にジェシカも松前も帰る準備を始める。
「お前はどうする?ウチ泊まるか?」
「んー、そうね、泊まるわ」
この中で忍の家だけが逆方向になる。見守りを始めてから、忍が俺の家に泊まるのは毎度の事となっている。
忍が自宅に外泊の連絡をしていると、約二名が生暖かい視線を向けてくる。
「おい……何だよ」
「ああ、いやな、アレや、シショーもハジメも仲ええな(棒)」
「あ、うん、仲良いねー(棒)」
視線を外しながら言うな。そして、「かっこぼう」とか声に出して言うな。
「そういえば、ハジメは連絡入れんのん?」
「ああ、いつもの事だから、アンモクノリョーカイってやつ」
「Oh……さよか」
雑談をしている間に忍も連絡を終える。
「あのさ、伊賀さんはなんて言って連絡したの?」
「ん?普通に肇君家に泊まるって言ったけど?」
「それで、家のヒトOK出すんだね」
「いっつものことだもん」
だから、そのヌルイ視線をやめろ。
微妙な空気を背負いながらも、二人を送るべく公園を出る。住宅街とは言え、松前の家までには街灯が少ない箇所があるので、女子だけにするのは良心が痛むのだ。あいつらから離れたいけれど、ぐっと我慢する。
東風さんの家から五分ほどの一軒家が松前の家だ。この辺だと、小中の学区が東風さんと同じなので激しくうらやましい。
「「それじゃあ。卒アル見せて」」
「いや、そこ、普通「バイバイ」か「さようなら」ちゃうん?」
「え?ソレ挨拶なの?って、下心が隠せてないよ」
門の前で心の声が出てしまったワケだが、いつものことだ。
「まあ、でも、送ってくれてありがとう。今度《二人で》ウチおいで」
「シショーもハジメも気いつけて帰り」
二人と分かれると俺も忍もさっさとウチに向かう。
だから知らなかったのだ。
「「あいつらさっさと結婚しろ」」
などと二人がげんなりとした顔で呟いていたことに。