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3.上代良信は今日も叫ぶ。

 この世界にはまだ、我々人類が知らない“不思議なものたち”が沢山居る。それは例えば妖怪だったり、地球を侵略しに来た宇宙人だったり、何処かの科学者が生み出してしまった怪物だったり。こう言うと大体の人は馬鹿馬鹿しいと眉を寄せてくれるがまぁ、それは仕方ない。何せ実際に見たことが無いのだろうからね。

 しかしそれは間違いで彼らは僕たちの日常生活の中に紛れ込んでいるんだ。大抵の人が気づかずに、気にも止めていないだけで。それは例えば忙しく歩き回るサラリーマンだったり、楽しく公園で遊ぶ親子だったり、ゴミ箱の中身を漁るカラスだったり。

 ……幽霊?は、何言ってるんですか。そんなもの居ませんよ。居る訳がない。


『タスケテ……』


 幽霊だとかそういう非現実的な話は二次元だけで充分です、紙やディスプレイや各々の脳内の中で楽しく繰り広げてください。現実世界でも存在するとか言って調子に乗って本当に出てきたらどうするんですか、どう責任とってくれるんですか。

『タスケテ……ネェ……タスケテ……』

 大体幽霊だとか心霊現象だとかは見間違いなんです。ほら言いますでしょ、幽霊の正体見たり枯れ尾花、って。自分がビクビク怖がってるからそこら辺にあるものを髪の長いお化けだとか血まみれのおっさんだとかに見てしまうんです。所詮あんな奴らは妄想、恐怖からくる妄想の産物なんです。

『ミエテルンデショ……ハヤクタスケテ……』

「うるせーーーーー!!!!!見えてねーよ話しかけんじゃねぇつか磯臭、あ」

 しまった。咄嗟に口を抑えるがもう遅い。恐る恐る隣に座る彼女を見れば、その顔は訝しげにこちらを見ている。

上代じょうだいさん、さっきから何ブツブツ言ってるんですか」

「い、いや。その……」

 マズイ、非常にマズイことになった。素直にいやー何か目玉が無い磯臭い女の幽霊が助けてって超うるさくてー、だなんて言ってみろ、絶対帰らされる。サヨナラバイバイしちゃう。つまりセックス出来ない。

 ……それはダメだ!絶対にダメだ!!

 どうする、ホテル行くにも金持ってないし……よし。ここは一か八か正直に言って、いやーん怖ーい上代さん守ってーハハハ勿論さじゃあまずお払いとして君の身体を清めようかベッドの上でねさぁ全裸になろう、っていう流れに賭けるか。正直僕が守って欲しいぐらいだけど。

 畜生、ここで頑張らないと折角の苦労が水の泡になる。耐えろ僕、気にしちゃ駄目だ上代じょうだい良信よしのぶ。女子大生の一人暮らしの部屋で二人でベッドの上に座る、この状態までもってこれたんだから後に待つのはシーツの海で彼女と裸でくんずほぐれつのみ。

 と思ったら。

「やっぱりこの部屋何かいるんですね!?」

「え!?知ってたの!?」

 彼女は僕の驚きに首を縦に振る。うわぁやっぱり、と不安げな表情をする彼女は続けてあまり聞きたくなかった事を話し始めた。

「実は二週間くらい前から、部屋の中でずっと誰かに見られてる感じがして……始めは気のせいだと思っていたんです。でも今度は寝てる時に金縛りに合うようになったり、枕元に誰かが立ってるような気配があったり、身体が誰かに乗っかられてるように重かったりして。これはもしかしたら幽霊が憑いてるんじゃないかって」

「そ、そうなんだぁ……」

 何故それをもっと早くに報告してくれなかったの!言ってくれたらお祓いの方法とか道具とか貸したげたのに!わざわざこの幽霊と狭い部屋で一緒になって磯臭さにまみれる羽目にもならなかったのに!

「上代さんお坊さんなんですよね。ナンパされた時はなんだろうこのおじさんって思ったけど、お坊さんにナンパされるってことはこれはもう運命なんじゃないかって!」

「あ、あぁそう。だから割とすぐに、快く家に上げてくれたってこと……」

「はい!」

 数時間前の自分を殴りたい。職業を聞かれて素直にこたえた自分をひっぱたきたい。そうか、僕の軽快なトークに心動かしてくれた訳でも顔がストライクなわけでもなかったのか。というかこの子まさか、お寺で念仏唱えてるハゲはみんなが皆悪霊退治が出来るって思ってるんじゃないよね。

「お坊さんならお祓いとか出来るんでしょ!?」

 思ってました!まぁ、確かに僕は出来るけども?ハゲじゃないけど出来ますけども、でもだ。

「うーん……」

 正直な所一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちがあるが、隣に座る現役女子大生のいい香りが後ろ髪を引く。因みに剃髪はしていないが引っ張られる程髪は長くはない。

 すると、悩んでいる僕の右手に彼女の手がそっと重なってきた。

「お願い上代さん……頼れるのは上代さんしか居ないんです。勿論お金は支払いますから」

「さとみちゃん……」

 僕の右手を両の手で優しく包み、潤んだ瞳で懇願する現役女子大生さとみちゃん二十一歳推定Fカップ。ざっくりと胸元の開いたTシャツからは二つのFカップが寄せ合って出来た渓谷が僕をこう誘う──そこに山があったら登らなければいけないのが男だが、そこに谷があれば降りなければいけないのもまた、男だ。

「お金なんていらないぜ、さとみちゃん。けどね。一つだけ手伝って欲しいことがあるんだ」

 僕も両手でさとみちゃんの手を掴んだ。柔らかい。実に柔らかい。超柔らかい。久しぶりの二十代女子のお手手すんげー柔らかい。おっぱいとどっちが柔らかいのか検証する必要があるねこれは。……おっと思考が横道にそれてしまった。全力のキメ顔を作り直し、真面目に彼女に言う。

「この部屋に居る悪霊はちょっと強力でね、僕一人の力ではギリギリ倒せるか非常に微妙な所なんだ」

「えぇっ!そんな」

「だからね、そんな僕に君の力を分けて欲しい。方法は一つしかなくて僕と君の唇を重ね合わせる方法、つまりキスを」

『ハヤクタスケテ……』

「うっせーな今イイとこなんだよ邪魔すんな祓うぞ!!!!!!!」



「で。その子とはそれっきりで終わったと」

 左隣に座る僕の友人はそう言って珈琲を一口飲んだ。

「そう!そうなの!!それっきりというかさそれ以上も以下もって感じでさ、結局その磯臭い悪霊成仏させたらアリガトーマジ助かったーお金イラナイって言ってたヨネそんじゃバイバーイっつって部屋から追い出されてさぁ!!何あれ最近の子ってみんなあぁなのおかしくない!?普通華麗に除霊したらそのままお礼としてベッドになだれ込むもんじゃん、そうじゃなくても最低おっぱい一揉みいや唇一チューあってもいいもんでしょおかしいって!?おかしいですよねマダム!!」

「静かに飲め」

「すいまっせん!!!」

 カウンターの向こうでカップを拭く老年の女性──この店の店主であり、皆からはマダムよ呼ばれている──はいつも通りの冷たい視線を僕に投げかけてくれた。

 熱々の珈琲を喉に流し込むと、今度は右隣の少女が質問をしてきた。

「ずっと前から思ってたんですけど、良信さんってなんでお化けが苦手なんですか?お坊さんなのに」

「美冬ちゃんそうは言うけど……そういえば昨日勇太君も言ってたな。あのね、僧侶が全員幽霊と楽しく意思疎通が出来ると思ったらそれはもうすんごい大きな間違いですから」

「ユータ君って誰です?先生」

「狐の血を引く少年だとさ。なんでも良信によく懐いているとか」

「へー!変わってますねその子!」

「ん?美冬ちゃんそれどゆこと」

「その少年の将来が心配だよな……こいつみたく汚くならないで欲しいけど」

「お、おやおや春道君それ僕に喧嘩売ってんのかなぁ?表でる?屋上行っちゃう?」

「美冬、俺の代わりに相手してやれ」

「アイアイサー!」

「やめてごめんなさいほんとに殺される!!」

 隣に座る女の子の皮を被った猛獣により僕の腕があらぬ方向に曲がろうとしていたが、タイミング良く僕ら三人マダムから“静かにしろ”と視線で制されたので何とか事なきを得た。

 三人揃って静かに飲み物をいただく。僕と春道は珈琲であるが美冬はオレンジジュース、高校生にはなったがまだまだ苦いのが飲めないお子様舌らしい。きちんと制服は着ているが、ちんちくりんなこの子がオレンジジュースを美味しそうに飲んでいるとどうしても中学生なりたてにしか見えないのは僕だけか。

 三人同時に注文した飲み物を空にすれば、今度は春道が口を開いた。

「幽霊を倒す術を持ってるんだから怖いことなんてねぇだろ。ガキん時ならまだしも、もう俺ら四十越えてんだから」

「やーだー!超無理なんですけどぉー!」

「そうですよ良信さん!こうかっこよく、ごぞうろっぷー!ですっけ!?」

「悪霊退散な。かすっても無いから」

「何お前ら師弟はあれなの、右手に殺虫剤持ってれば例え近くにゴキブリが居ても精神的に大丈夫で居られる人種なの?」

「害虫と幽霊を一緒にすんなよ……」

 呆れた様に春道は言うが僕にとってはどっちも似た感じなものだ。だってあいつら目が合ったらこっちに飛んでくるし。

「好かれてるんですね!」

 太陽みたいな明るい笑顔で美冬は言った。

「うん全然嬉しくないかな……」

 どうせ好かれて飛びかかれるならきちんと足が生えていて透けてなくて可愛くておっぱいが大きくて程よいエロさを持つ、そんな生身の女の子が良いです。

 ふと隣に座る春道の顔を見る。この男の様に目が会った者全てを殺せるんじゃないかってレベルの目付きの悪さだったら、もしかしたら幽霊も近づかないでいてくれたのかなぁ……悲しいかな僕、イケメンだしなぁ……。

「おいハゲ今失礼なこと考えてただろ」

「ハゲじゃありませんー髪ありますぅー。ん、あれ春道君ついに僕の思考を読み取れるようになったんだね!すごーい☆」

「つまり考えてたんだなハゲ」

「ハ、ハゲ言うの止めてください」

 祖父がツルツルなんで一応気にしてるんです。


「こんにちはー……美冬ちゃん居ますか……」

 二杯目の珈琲が出されたと同時に、カランコロン、と鈴の音と共に二人組のピチピチな女子校生が来店してきた。どこかオドオドとした様子で店内を見回している。おや。確かあの子達は美冬の同級生だったか、恐らくこの店で待ち合わせでもしていたんだろう。そうとなればスムーズにカウンター席まで誘導してやるのが大人のつとめってモノだ。

 僕は颯爽と、しかし音も無く彼女達の背後に周り、愛を込めて二人の髪をそっと撫で撫でしながらこう言った。

「いらっしゃいプリンセス。部活帰りかな、少し汗のかほりがするね。取り敢えずは奥のカウンターに来て珈琲を一緒に飲まないかい?嗚呼僕は気にしないで。君たちのその香りでより珈琲が美味しくなるって寸法だから」

「いやーーーーー!!キモイんだよハゲ!!」

「ゲブフゥッ!!?」

 二人組の内の片方──確か奈緒ちゃんっていったかな──の平手打ちは、今日も綺麗に僕の左頬に痕を残してくれました。

「もうほんっと信じらんないこのエロ坊主マジキモイんだけど!美冬こんな奴とは早く縁切りなって、いつか襲われるよ!」

「ま、待って奈緒ちゃん静かにしなきゃ……ここ本屋さんだから。そんなに大声出さなくても美冬ちゃんには聞こえるって……」

 床に突っ伏する僕を無視し、二人の女子高生は“古本屋”の奥にあるカウンター席まで歩いていく。本棚の隙間を抜けた先で珈琲を入れる老年の女性に、カップを傾ける目付きの悪い男。そして小学生みたいな女子校生。さっきまであそこに袈裟を着た自分が居たと考えると、ますますここは一体何屋なのかと思いたくなるな。

「それじゃあ先生さようなら!マダムも失礼します!」

 小学生みたいな高校生こと美冬は小学生の様に元気に挨拶し、先に出た二人の友人を追いかけ店を後にした。

「ウガフッッ!!!」

 未だ床に伸びていた、僕の背中を踏みつけて。

「あーー!ごめんなさい良信さん大丈夫ですか!?」

 潰れた悲鳴を聴いたからか、美冬はUターンして心配そうにこちらを見てくれる。

「大丈夫、全然大丈夫だけど美冬ちゃん……君に頼みたいことがある……」

「な、何ですか!?何でも言ってください!」

「残りの二人にも……僕の背中を踏んでもらうようたのイグアバァッ!!」

 恐らく奈緒ちゃんだろう、今度は平手打ちではなく鞄の角を使って的確に僕のこめかみを殴ってくれました。しね!という心地よい罵声を残し美冬を連れ去っていった奈緒ちゃん。うんあれだな、この痛みは中身に教科書が入っていたあれだ。

「飽きもせずによくやるよお前。しかも女子校生相手に」

 まだ寝転がり床の冷たさを感じていれば、頭の上からため息混じりの春道の声が聞こえた。

「大丈夫。警察に通報されてないからまだ大丈夫」

「時間の問題だろ」

「僕が捕まったら……春道きゅん、仮釈のお金払ってくれる?」

「無理」

「がっ!?……ちょ、ちょちょ待って僕男に踏まれる趣味な、い、痛い!背骨痛いやめて!!」

 踵に力を入れた本気で痛い攻撃から何とか逃げ、頑張って立ち上がる。ついよっこいしょ、と掛け声を出してしまったがまだそんな歳じゃないはず。気持ちはまだまだ若いぞ僕は、十代前半だ。

「さて。目当ての物も手に入れたしそろそろ俺も帰るかな」

 ここで購入したであろう分厚い本片手に春道は言った。

「じゃあ僕もあの女子校生達追っかけようかな!」

「おう、気をつけろよ」

「え!?いいの!?」

 予想外の言葉に思わず確認を取る僕。いや、良いと言われたなら行っちゃうよ!?

「あいつら今から心霊スポット巡りに行くんだって」

「成程そうですかじゃあいいです」

 自分でも驚く程すんなりと行く気が失せました。にしてもいくら夕方でもまだ明るいからって、花の女子校生三人でそんな恐ろしい場所行くとか、もっと他に楽しいスポットなんて沢山あるのに。例えば僕の家とか。あと僕の家とか。あとネオンがきらびやかなお城のような建物……は、まだちょっと早いね。本当にお縄を回されちゃうからね。

「裏通りにある電話ボックスと、放課後の学校の音楽室と、公園近くのトンネルだったかな。幽霊を写真に撮って存在を照明してやるんだーって意気込んでたぞ。お前を殴ったあの子が特に」

「あらま残念。そこには“居ない”よ」

「じゃあ行って居る場所教えてやれよ」

「そんなそんな、可愛い彼女達を危険な目に合わせるような真似僕がすると思う?」

「じゃあお前が写真撮ってこい」

「やーーーだーー何でそんなこと言うの無理なんだけどぉーー!?逆に聞くけどハルはあの黒い害虫を写真に収めろって言われたらどう思うの無理でしょ!?……でも意外だね、あの子達にそんなオカルト趣味があっただなんて」

 奈緒ちゃんは美冬に似て快活そうな見た目だったので、そういう陰のものに興味を持たなそうなイメージだったが。寧ろもう片方の……なんだっけ。大人しい見た目だから印象に残ってないけど、もう一人の子の方がそれっぽいかなと。やっぱり人は見た目じゃ判断できないということか。

「わざわざそんな場所に行かなくても、不思議なことっていうのは案外すぐ近くに転がっていたりすると思うんだけどね」

 そう。例えば僕が、幽霊をこの目で見ることが出来ることだったり。

 例えば小学生の様な高校生のあの少女や、目付きの悪いこの男が。実は人間ではなく、妖怪であることだったり。


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