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1.蓑部紗子は今日も不幸。

 不幸、それはなんて嫌な言葉。

 不幸、それはなんて恐ろしい言葉。

 不幸。でもそれは、自分自身を表すにぴったりの言葉。

「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 私、蓑部紗子みのべさこは、最早慣れたものになりつつある高速土下座を行いながらそう思っていた。

「い、いやそんなに謝らなくていいから……。お嬢ちゃんもわざとやった訳じゃないんでしょ?」

「勿論ですわざとじゃないですでもわざとみたいなものっていうか!?いいますかぁ!?こうなったのは偶然じゃなく必然でして全ての原因はこの私にあるんです!」

 何故駅のホームでこうしてスーツの男性に謝っているのかといえば、男性の右肩にべっとりと付いたソフトクリームにある。

 ほんの数分前のこと。珍しく“何事も起こらなかった”のに気を良くした私は止めておけばいいのに調子に乗って駅の売店でソフトクリームを買い、そして“いつもの様に”何も無い所で転んだ。そしてそして、やっぱりというべきか。右手のソフトクリームは天高く宙を舞い、ホームのベンチで新聞を読んでいたこの男性の肩に見事ヒットしたのだ。

「お嬢ちゃん本当に気にしなくていいから、ね?頭上げてよ。ほら他の人がこっち見てるし」

「うう……申し訳ありません。私なんかが調子こいてソフトクリームを買ったばかりに」

 そこまで言ってあることに気づく。洋服に関しての知識は全くの素人な私でも、高級そうなオーラが醸し出ているこのスーツ。

「あの……もしかしなくても、そのスーツって結構お高い物だったりするのでしょうか」

「んー、まぁね。百万位だったかな」

「ひゃ、ひゃくぅ!?」

 予想以上の金額に卒倒しそうになった。今までで一番、間違いなく高い。

「ま、まさか一番のお気にいりだったりとか」

「えーと……う、うん」

「いやぁー!!!ごめんなざいー!!がらだうっででも弁償じますがらー!!」

 再び男性に向かって再び土下座を始める私。鼻水とか出てきているけど気にしてはいけない、こんな醜い都会育ちのくせに田舎者みたいな芋臭女が鼻水と涙で汚くなろうが問題無いだって元から汚いから!

「だからいいって!あのね、一応僕社長だからさ、これくらいのスーツを買い換えることなんか全然訳ないの」

「シャチョウ!?そそ、そんなお方に私はとんだご無礼をどうぞ打ち首に!」

「いやいや……そんな事より次の電車に乗らなきゃいけないからさ、うちの会社がより大きくなるための大事な商談なんだ。だからここで失礼するよ」

「つ、次の電車……?」

 その大事な商談に向かうための、大事な電車というのは。

「もしかして、今発車したあの電車……です、か」

「えっ」

 ガタンゴトン、と次の駅へと走り出した電車。暫くの間、男性はそれをただ無言で見送る。呆然と。そして、

「……終わった」

 一言抑揚なく呟いて、ふらふらと何処かへ歩いて行った。

 私はその姿に謝罪の言葉をかけることも出来ず、ただただ頭を下げるだけだった。


 私は生まれ持っての不幸体質である。それも歩けば必ずバナナの皮で滑るだとか、必ず頭の上に鳥のフンが落ちてくるなんてものじゃない。その程度ならまだ良い。

 私の場合自分の些細な不幸が引き金となり、近くに居る誰かに必ず、必ず大きな不幸が起こってしまうのだ。

 例えば幼少期、突然私に向かって本棚が倒れてきた。父身体を張ってそれを阻止、結果私は頭を切る程度の怪我で済み、父は右腕を捻挫した。例えば小学校。唯一の遊びスポットであった近所の公園で私が乗っていたブランコの鎖が外れた。天高く吹っ飛ぶ私、結果私は腰を痛めるだけで済むが、近所の男子が巻き添えをくらい左足を骨折した。その公園はすぐに封鎖され、今では駐車場になったらしい。例えば中学校。楽しい修学旅行で初日から風邪を引き、ホテルのベッドで休む私。そしてその日の内に何故かほとんどの生徒と職員も風邪にかかってしまい、私達のクラスの修学旅行は1日で終わりを迎えた。例えば高校。大学受験に向かうバスを待っていたが、そのバスに追突される。数カ所を骨折する程度の怪我で済んだが勿論受験は間に合わなかった。そして、バスに乗っていた多くの受験生も間に合わず、落ちた。運転手の方はきっと職を失った事だろう。

「何で生きてるの私」

 思い返せばこれだけじゃない。大きなイベントがあろうが無かろうが、大きいものから小さいものまで一日三回は不幸な目に合いそして誰かを不幸にさせる。そうして十九年間生きて、付いたあだ名が

「疫、病、神」

 口に出して言ってみれば、まるで自分の本当の名前かの様にすんなりと心に入っていく。自分自身が不幸そのものであり、周りを不幸にさせる。

 ……ぴったりじゃないか!これからは蓑部紗子じゃなくて蓑部・ヤクビョウガミ・紗子にしよううんそれがいい。まるでハーフの子みたいな名前でかっこいいしね!


「ハーフの人に謝れ私!!!全然違うから!!!!!あっごめんなさい!!私みたいな奴が声出してごめんなさい!!」


 思わず出てしまった大声に、近くに居た人たちは一斉に私から距離を開けてくれた。そう、それでいい。誰も私に近づかないで。そうして一人ぼっちで過ごしていれば、いつか寿命が来てこの世から消える事が出来るんだ。一人ぼっちで隠れていれば誰も不幸にならない、一人ぼっちで何もしなければ、私だって不幸になることは。

「……一人」

 ホームのベンチで一人座る私。そう、私は本当の意味で一人ぼっちになった。今更辛くなんかない、この体質のせいで昔から孤独だったじゃないか。小学校の二人組を作る時だって、中学校のお昼ご飯の時間だって、高校の文化祭の時だって。

「でも。家に帰れば父さんと母さんがちゃんと、おかえりって言ってく、れて……」

 泣くな。泣くな、泣くな、泣くな!泣いたらもっと辛くなるのはもう知ってるじゃないか。もう決めたんだ、二度と家には帰らないって。最初で最後の親孝行をするんだって。一人になるんだって。

 太ももの上で握りこぶしを作り、下唇をギュっと噛む。目をしっかりと閉じ顔を上げ、再び目を開けば、

「わっ」

「ヒエッ!?」

 見知らぬ少年の笑顔が、私の視界一杯に広がっていた。



 少年は実に馴れ馴れしかった。

「お姉さんなんて言うの。え、ごめん聞こえなかったもう一回。……みの虫?へー変わった名前だね!じゃあさみのむ、え違うの?ふーんサコちゃんって言うんだ可愛い名前だね!……どしたの。何でも無い?そっか!紛らわしいし面倒くさくなってきたからお姉さんって言うよ、それでお姉さんはどうしてこんな所に居るの?電車は?どうでもいい。何で?どこか行きたいから駅に居るんだよね。色々理由があったの、ふーんそういえば桜綺麗だね!僕桜って好きだよ……うんもう花は咲いてないね、葉桜だ。あ、柏餅食べたいから買ってくる!お姉さんも食べるでしょ?」

 と。早口で捲し立て、私の返事も聞かずに少年は恐らく売店へと走り去って行った。売店に柏餅なんて売っていたっけな。

「てか……何なのあの子」

 涙が出そうになったのを必死に耐えていたせいなのか、あんな少年がすぐ目の前に居た事すら分からなかった。まるで幽霊の様に突然現れた少年は満面の笑みを浮かべたまま私の隣に座り、矢継ぎ早にそして馴れ馴れしく私に話しかけてくれた。つい数分前に一人で生きる、と決心したはずなのに。

「別に可愛いって言ってくれた事が嬉しくて舞い上がってる訳じゃないからね!」

 誰に言われたわけでもないのに言い訳をする私。確かにあの子はサラサラの黒髪で目もアイドルみたいにくりっとしていて肌も白く近くに居るといい匂いがして小学生男子特有の半ズボンから覗く健康的な両足が眩しかったけど別に嬉しいとかじゃないし。

「第一私みたいな三つ編みお下げに、芋っぽい曇った眼鏡なんかかけてる女なんかに可愛いとか……はっ、ダメよ。私みたいなのが浮かれたら酷い事が起こるってついさっきようやく理解したところじゃない。落ち着いて、あの子に被害が向かない間に早くここから離れなきゃ」

「おっきい独り言だね」

「ぎゃひっ!?」

「柏餅買ってきたよ!」

「……ありがとう」


 五月に差し掛かった暖かな春の気候。柏餅を並んで食べながら、ぼんやりと線路を眺める。つい先週家を飛び出しふらふらと行くあてもなく彷徨って、気がつけばこの駅に居た。そして今、見知らぬ少年と美味しい柏餅を食べている。

 今更思い出したが、そういえば口の中に甘味が欲しくてアイスを買いたかったんだった。少し変わっちゃったけど、欲しかった甘さだ。

「お姉さんはどうしてここに居るの?」

 少年は再び私に尋ねた。

「……逃げて来たの」

「何から?」

「自分から」

 結局大学受験は諦めた。受かるかも分からないし、例え大学生になれたとしてもそこでまた私は誰かを不幸にさせる。また次がある、きっと次の場所では大丈夫。両親はそう励ましてくれた。

 でも、もう無理だった。まだ見ぬ未来に期待するのが怖かった。

「あのね。私って実は人間じゃないんだよ。人の形をした、疫病神」

 幼い頃から多くの人を不幸にさせ、その度に両親は謝りに行ってくれた。そして私に、紗子のせいじゃないんだよ、気にしなくていいからね、と言ってくれた。思い出そうとすれば簡単に浮かぶ、腰を曲げ頭を下げ必死に謝罪を繰り返すあの姿。

「沢山の人や両親まで不幸にさせた蓑部紗子という奴から逃げれば、もしかしたら変われるんじゃないかなって思ったの。でもやっぱり無理。何処に逃げたって何したって、私自身が不幸そのものなんだから」

「お姉さんは、変わりたくてここに来たんだね」

「そう……でも、」

「じゃあピッタリだよ!」

 食い気味に被せてきた少年。驚いて隣を向けば、会った時と同じ暖かなおひさまにも似た笑顔をさせて。

「あのね、この町にはね小さい神社があるんだ。名前も無い小さな神社なんだけど、そこへ強く“こんな自分になりたいです!”って願えば、その願いが叶うんだよ」

「へ、へぇ」

「お姉さん信じてないなー」

 そりゃ、知らない子供にいきなりそんな話されて、よぉーしなりたい自分へレッツチェンジ!願掛けパンパン!なんて気持ちになるはずがない。ぷくーっと膨らませた頬に心が揺れたけども。

「あのね、僕も毎日行って手を合わせてるんだ」

「ふぅん……いつから?」

「いつだっけ、すごい前だから覚えていない」

「で、叶ったの」

「まだ!」

 目がくらむ程の眩しい笑顔で言われては、それじゃあ信憑性が薄いだなんて言いづらいじゃんか。

「良いから行ってみなよ。お姉さんならきっと願いが叶うよ。絶対変われるって」

「有難う……柏餅くれたり慰めてくれたり、君はとっても良い子……。でもね、私が町をうろつく事で、きっとまた誰かが不幸になるの。分かりきった事に自分から足を踏み入れる勇気、もう無い」

「大丈夫だよ。人間は不幸になるかもしれないけど、妖怪や幽霊や神様も居るから。人間も結構変わった子が多いからなー多分大丈夫!」

「例え妖怪や幽霊だからって不幸にな、妖怪?」

「そう!実はこの町……人間と幽霊と妖怪と神様と後色んなものが色々住んでいるんだよ!すごいでしょ!」

「……あっ、はい」

 そういう漫画とかアニメでも流行ってるのかな。

 私も昔は妄想した。近所に魔法少女とか可愛いキャラクターとかが潜んでいて、実は私は魔法の国のプリンセスで、その魔法少女達がいつか迎えに来てくれるだとか。

「また信じてない!」

「いやいや信じてるよ」

 苦笑い混じりで返したけど、少年は納得していないようでむくれている。可愛い。そんな趣味無いのにそんな趣味になりそう。

「んーまぁいいよ、来れば分かるからさ。それじゃあ待ってるからね!」

 少年はよいしょ、とベンチから降りると、私に手を振りどこかへ去ろうとする。

 慌てて声をかけ引き止める私。

「ま、待って!柏餅のお金は!?あと君のご両親は?一言お礼も言わなきゃいけないし」

 歩みを止める少年。彼は振り返ることもなく、よく通る声で答えてくれた。

「お金はこの町の神社のお賽銭箱に、返しておいて」

「は?返す?」


「いらっしゃい。“金糸雀町”は、お姉さんを歓迎するよ」


 そして少年は、私の前から忽然と姿を消した。

 まるで始めからそこに居なかったかの様に、跡形もなく。


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