第4話
「…っと…! ふぅ、これで全滅させられたかな」
無惨にも命を散らした魔物の残骸を一瞥してから、ようやくホッと安堵の息を吐くセオ。
セオが剣を鞘に収めると同時に、安全を確信したキーゼとネクトも彼の元へと歩み寄る。
「ああ…これで任務完了だ」
「あ~めんどかった。しっかし、何なんだったんだろうなぁあの魔物達は。こんなんがうようよし始めたらガチでヤバいだろ」
「そういう危機を回避する為に、自分達がこうして派遣されたのだろう。住民を守るのが、我々の役目だ」
心底面倒臭そうに欠伸をするキーゼに対し、ネクトと言えば馬鹿真面目に騎士の信念を再確認する始末。
魔物達が暴れる原因と対策が解明されない限り、こうして騎士達が駆り出されるのはやむを得ないであろう。
「さてと、それじゃあ城に戻って任務完了の報告を……」
セオがそう言いかけた所で、自身に何処か違和感を覚えて言葉を飲み込んでしまう。
一体、どんな異変が起こっているのか…それはセオ自身、明確に説明する事は出来ないであろう。
何故ならばセオ自身、身体に異変を感じる原因にまるで心当たりが無かったからだ。
それに、異変とは言え何となく身体の奥が疼くような…ざわめくような、そんな言葉では表せないような感覚なのだから、セオもどう対処していいか分からず彼の中でも持て余しているような状態。
きっと気のせいだ…そう思い込もうとするものの、何故胸の奥で波のように寄せては返す不安にも似た感情が消えてはくれないのだろう。
「……? セオ? どーかしたか?」
「あ…いや、何でも無いんだ。さぁ、早い所戻ろう」
いち早く異変を嗅ぎ取ったキーゼがきょとんと首を傾げながら声を掛ければ、彼の声でようやく我に返ったセオがハッとしつつも平静を装って見せた。
だが…この時セオは知る由も無かった。
後に、この感覚が意味するところを痛い程知らしめる羽目になろうとは…。
◆◇◆
目の前には、一面の花畑。
華やかで柔らかな匂いに包まれながら、この空間の心地良さに身を委ねるようにゆっくり深呼吸してみる。
しかし、眼前には色とりどりの花が誇らしげに咲き乱れるばかりで、まるで世界にたった1人だけ取り残されてしまったよう。
次第に湧き上がってきた不安はセオの心を埋め尽くしてゆき、それを払拭するように辺りをキョロキョロと見渡した。
──誰か、誰か。お願いだから自分を1人にしないで。
どうしてこんな強迫観念にも似た感情を抱くのだろう…それはセオ自身も分かってはいないようであった。
可憐な花達も、何故かセオには不気味に見えた。
「…セオ君、どうしたの?」
不意に背後から飛来した、色香を漂わせつつも可憐な声。
セオが心から聞きたくて聞きたくて、ずっと渇望していた声。
その声に導かれるようにして背後を振り返った──その刹那。
「……オ、セオ! そろそろ起きろ、隊長がもうすぐ来るぞ」
「んぁ…? あ、あれ…? 此処、何処だっけ…?」
反転する世界。今まで視界一杯に咲き誇っていた花畑は一瞬に消え失せ、代わりに視界を埋め尽くしたのは男だらけのむさ苦しい空間ばかり。
さらに視線を彷徨わせると、やれやれ、と半ば呆れ気味のネクトの姿が映り込んだ。
「全く…大丈夫か? 寝ぼけているにしても酷すぎる…。此処は騎士団の詰め所だろうに。自分達は次の任務まで待機を命じられていた…そこまでは思い出したか?」
「へ? あー…そういやそうだっけか。…って事は、もしかして俺…居眠りしてた、とか?」
ようやく状況を掴んだらしいセオであるが、同時に湧き上がるのは言い様の無い気恥ずかしさと気まずさ。
しどろもどろになりながら申し訳なさそうにそう問いかければ、ネクトはコクリと頷く事で肯定してみせた。
──あれから無事に任務を完遂したセオ達は城へと戻り、手短に報告を済ませた。
待機を命じられた一同は暇を持て余してしまい、詰め所で各々の暇潰しをしていた…のだが。
どうやらセオは、椅子に腰かけているうちに睡魔が襲い掛かり、いつの間にか眠ってしまったようだ。