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煌天の蒼月 第1部  作者: 天空朱雀
第6章 深淵の少女と絶望の青年
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第11話

「貴方の目的は…果たされたのでしょう? ならば、私達一族を縛り付ける鎖も必要無い筈です。父上の呪いも、解いて下さい」


「ああ…その事か。それならばとうに解除した。最早、私には必要のないものだからな。…何だ、まだ確認をしていなかったのか?」


何だそんな事か、とでも言いたげに、あっけらかんと言ってのけるオブセシオン。

一方、ロゼルタの眼差しに獲物を狙う猛禽類のような獰猛さと鋭さが宿る。

どうやら、オブセシオンはそれに気づけずにいたようだが。


「成程、ではもう貴方に従う必要も無いという訳ですね…。…ならば、このような事をしても問題はありませんね?」


煌く狂気の刃。

張り詰めた空気が辺りを支配していった。


予想だにしていなかった事態に、いつも能面でも被っているかのように眉一つ動かさないオブセシオンにしては珍しく顔をしかめる。

だが、それも無理は無いだろう。

何せ、自分の眼前に槍の切っ先が突き付けられているのだから。


その場から動くのを躊躇うように、石像の如く微動だにしないものの仄暗い光を放つ刃から少しずつ視線を摺り上げてゆく。

オブセシオンの眼差しが捉えたのは、冷たい光を宿した双眸をこちらに向けるロゼルタの姿。

──そう、槍の切っ先をオブセシオンに突き付けているのも、ロゼルタその人である。


ほんの瞬きをする間に槍を構え突き付けるその速さに内心関心しつつ、ロゼルタの真意を汲み取りかねるオブセシオンは眉間に皺を深々と刻み込ませた。


「…これは一体何の真似だ?」


「さぁ…自分の胸に手を当てて考えてみたら如何です? 今まで、私が何の感情も持たずに貴方に従っていたとでも?」


切っ先を突き付けたまま、淡々とした口調で返答するロゼルタ。

ようやく彼の言わんとしている事が理解出来たらしいオブセシオンであるが、だからといって動揺も同情も、ましてや謝罪の感情を湧き上がらせる事は無かった。


「成程、私に報復をするのか。…だが、それをして何とする? 何の意味ももたらさぬと云う事、聡明な王子であれば分からぬ筈もあるまい。…それに、覚えておけ。確かに呪いは解いたが…また何時でも呪いをかけ直す事は可能だと云う事をな」


諭すように、やんわりと脅すように。

オブセシオンの言葉はロゼルタの胸を突き抜けていった。


鋭い眼差しがぶつかり、まるで時が止まったように眉一つ動かさない2人。

暫くそんな息苦しい状態が続いていたが、最初にそれを打ち破ったのはロゼルタであった。


「……分かっていますよ、そのような事は。ただ、理解は出来ても納得は出来ない、ってね。貴方に槍を向けて、自分の中の感情を自己完結させたかっただけです」


あっさり引き下がったロゼルタはさっさと槍を下ろして、それを元のペンダントへと戻して何事も無かったかのように涼しい顔つきをしてみせた。

緊迫した空気は一瞬にして消え去り、それを感じ取ったオブセシオンもまた、小さく息を零した。


「…とは言え、貴方をこのままこの城に置いておく訳には参りませんね。今日をもって、宮廷魔術師の任を解きます」


「特に問題無い。元より、自ら此処を去るつもりであった」


「自ら…? 何故です?」


オブセシオンの口から零れ落ちた返答が意外だったのか、眉をしかめつつも鸚鵡返しするロゼルタ。

すると、事も無げにこう言ってのけた。


「もう此処に、用は無い。これからは、レネードと2人だけの世界で生きてゆく」


「…成程、つまり、貴方が宮廷魔術師になった目的は、レネードというあの女性の記憶を取り戻す為ただ一つであった…と?」


「ああ、それ以外に何があると云うのだ」


最早、此処まで清々しいくらいにきっぱり断言されると、もうどうでも良くなってくる。


ロゼルタの目の前に居るこの男は、ある意味極限に利己的であり、自己犠牲心が強いとも言える。


たった1人の女性の為に、国一つを振り回すとは。

呆れも怒りも通り越して、感心さえしそうになってしまう。


全ては、この男の手のひらで踊らされていただけ。

ならば、彼によって命を失いかけたユトナや、抜け殻のようになってしまったセオは何だというのか。


けれど、一番滑稽なのはロゼルタ自身であろうと…彼は心の中で自嘲する。

こうなる事は…分かっていた筈なのだから。


「…惜しいものですね。貴方ほどの力を持ってすれば、もっと素晴らしい事に活用出来るでしょうに…。貴方の魔術の腕だけは、私も認めておりますよ?」


「そんなものに興味も価値もない。私にとって魔術とは、レネードの記憶を取り戻させる為の手段でしかない」


「…言うと思いましたよ。何処までも貴方は一途で、純粋な人なのですから」


オブセシオンの双眸には、地位も名声もレネード以外の人間も、映りはしない。

ロゼルタもそれが分かっている上で、わざと彼に問い掛けたのだろう。


最早これ以上の問答は無意味だと、ちらりとオブセシオンを一瞥してからさっさとこの場を立ち去るロゼルタ。

ロゼルタが視界から消え去るとオブセシオンの頭からも彼の存在はあっさりと消え去り、顧みる事無くレネードの方へと歩み寄った。


一方、オブセシオンの自室から立ち去ったロゼルタ。

だだっ広い廊下が、今はいつになく重苦しく酷く冷えきったものに感じた。


「全く…本当に、私は一体何をやってきたのでしょうね…。ユトナがあんな目に遭ったというのに…私は何も出来ないなんて」


仮に、此処まで利己的に振る舞うオブセシオンに対し、報復する事も出来無くはなかったであろう。

だが、それをして何とするというのか。

それでユトナが受けた苦痛が和らぐのなら…彼女に宿った魔耀石の力が戻るなら、意味があるのかもしれない。

しかし、結果何の変化もありはしない。ただの自己満足、陰鬱とした気分を晴らすだけだ。


分かっている、分かってはいるのだ、そんな事は。

けれど、自分の何とちっぽけで情けない事か。

この程度で王位継承者などと、我ながら笑わせてくれる。


「私は…一体どうすれば良かったというのか…」


幾らそう呟いた所で、誰かが答えを導きだしてくれる筈もなく。

いつも、何事もそつなくこなし、決して越えられぬ壁など存在しなかったロゼルタにとって、今の状況ほど歯痒いものはなかった。


ぶつけようのないもやもやとした感情をぶちまけるように、近くの壁に拳を叩きつける。

不思議と、痛みは感じなかった。

心が痛くて痛くて、切り裂かれそうだから他の痛みは麻痺してしまったのか。


壁を打ち付けた鈍い音だけが、虚しく辺りに響き渡る。

まるで、虚無感に包まれたロゼルタの心を映し出しているようであった。

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