第9話
蒼穹が煌く。
何事かと見上げた夢魔の女の視界には、跳躍するセオの姿。
太陽の光を反射し煌く刃は滑らかな軌跡を描いてゆく。
夢魔の女は咄嗟に背後へ羽ばたこうとしたが、時すでに遅し。
セオの放った斬撃の方が、一枚上手であった。
「はあぁぁっ!」
雄叫びと共に放たれた渾身の一撃。
それは、夢魔の女の肩から腰の辺りまで大きく切り裂いていった。
「きゃあぁっ!」
夢魔の女は断末魔を上げながら、揚力を失いそのまま地面へと吸い寄せられる。
そのまま地面に身体を横たえた女は、気絶しているのかピクリとも動かない。
そして、夢魔の女が生み出した真紅の鳥も、術者が気絶した事により跡形もなく消滅した。
その直後、地面に着地したセオは安堵の息を浮かべつつ剣を鞘に収める。
そんな彼の元に駆け寄るのは、マディックとレネードであった。
「マディック隊長…それからレネードさんもありがとうございました。隊長の作戦、上手く行きましたね」
「ああ、御苦労。下段への攻撃は、おそらく上空へ飛んで逃げるであろうと踏んでいたからな。まさか、此処まで思惑通りに夢魔が動いてくれるとは思わなかったが」
先程、マディックがセオに耳打ちしていたのは、自分が立案した作戦を伝える為であったのだ。
そして、作戦はこうだ。
まずマディックが囮となり、夢魔の女を上空へ逃がすように上手く誘導する。
そして、セオは近くの塀の上から高く跳躍し、上空へ飛んだ夢魔の女を迎え撃つ…これが全容だ。
「セオも、良い働きだったぞ。私ももう年だからな、塀の上から跳躍する程の元気は無いんでな」
「いえ、そんな…。隊長だって凄いじゃないですか、俺なんてまだまだですよ」
はっはっは、と豪快に笑いながらおどけるマディックと、恐縮しっぱなしのセオ。
そんな2人を遠巻きに眺めながら、レネードはクスッと口元に笑みを浮かべた。
「…さて、お喋りはこのくらいにして…後始末をしなければならんな。負傷した騎士の介抱、この夢魔の女の処遇も考えなくては」
「了解です。それにしても…夢魔の女に対してはどんな対処をするんですか」
「ともかく、城には連れて行く。私達に、どうこうする権限は無いからな。後の判断は王宮の方々に委ねる事になるだろう」
まだまだ、2人はやるべき事が残っている。
疲労した身体に鞭打ちながら、後始末に奔走したのだった。
◆◇◆
「……はぁ~、今日は本当に疲れた…」
此処は王宮の一角にある、騎士専用の詰め所…というより休憩所に近い。
日はすっかり傾き、茜色が空を支配していた。
詰め所の片隅に置いてあるテーブルに突っ伏すように座り込むのは、セオである。
どうやら相当疲労が溜まっているようで、顔にはまるで覇気というものが感じられない。
あれから、セオは事件の後始末に振り回され、解放された時にはすでに夕暮れ時だったという始末。
夢魔の女にどんな処遇が下されたのかは分からないが、おそらくは王宮の人間が然るべき処置を施してくれるだろう。
「今日は新しい隊に所属された初日だってのに、色んな事があったなぁ…」
ポツリとそう呟きながら、ぼんやりと視線を彷徨わせるセオ。
彼の視線は、とある一点でピタリと止まってしまった。
「……あのー、それでレネードさんは何時まで俺の後ついてくるつもりなんだい?」
「あら、釣れない言い方じゃない。あたしは犯人を捕まえるのに結構貢献したのよ~? もうちょっと労いの言葉があってもいいんじゃない?」
セオと相席という形で腰掛けるのは、レネード。
どうやら、あの後もずっとセオの後をついて来て色々と手伝ってくれたようだ。
「あ…それは本当にありがとう、感謝してるよ。レネードさんがいなかったら、あんな首尾よく犯人を捕まえられなかったと思うし…」
「ふふっ、君って本当に律儀だよね。素直っていうか…。でも、貧乏くじばっかり引いてそう」
「うっ…確かに俺は貧乏くじ引いてばっかりだよ、いいじゃないか別にっ」
「あら、別に馬鹿にしてる訳じゃないのよ。君の場合、甘んじて貧乏くじ引いてるっていうか…きっと優しいんだね」
小馬鹿にされたのかと思い、口を尖らせてむくれるセオであったが、レネードからの予期せぬ言葉にどう反応していいか分からずぽかんと口を半開きにするばかり。
そんな彼の様子を見るなり、堪え切れなくなったのかレネードはプッと吹き出した。