第7話
「…全く、こんな所で寝ている暇はありませんよ。貴方には、騎士としての責務があるのでしょう? それに、貴方はこの私に仕える身。私の許可なく油を売る事など許しませんよ?」
自分は主、そして彼女は従者。
だからこそ、自分は王子として彼女に命じよう。
きっとその方が、面と向かって本音を伝えるよりよっぽど、自分達には似つかわしいと思うから。
「フェルナント王国第一王位継承者として、騎士団員である貴方に命じます。さっさと目覚めて、私に仕えなさい。貴方が居ないと…フラフラ街に出歩く私を城へ連れ戻す者がいなくなってしまうでしょう?」
凛としたテノールの声が辺りに響き渡る。
けれど、ただそれだけ。虚しく辺りの空気を震わせるばかり。
自分では、ユトナを目覚めさせるには力不足であったか…そんな諦めさえロゼルタの心を巣食い始めた、その時。
がっくりとうなだれるロゼルタの頭上に、何処か懐かしいような、ずっとずっと聞きたくても聞けなかった…そんな錯覚さえ覚える一つの声が降り注いだ。
「……相変わらず、人遣い荒すぎだろ…オマエ」
「──っ!?」
刹那、暗転する世界。
ぐにゃりと視界が歪み、一瞬意識が遠のいて世界が真っ白になる。
だが、そんな感覚に襲われたのはほんの一瞬で、すぐさま意識を取り戻したロゼルタはハッとなって辺りを見渡した。
つい先程まで視界を埋め尽くしていた無限の世界は消え失せ、代わりにクリーム色の壁が視界に飛び込んでくる。
視覚に入り込んでくる情報を処理しようと頭を抱えるロゼルタの元に、鬼気迫った声が飛来した。
「若様…! 良かった、無事なんですね…! ユトナは…ユトナはどうなったんですか!?」
ロゼルタは軽く頭を振ってから、声のする方へとゆるゆると視線をずらす。
そこには、不安そうに眉尻を下げるシノアの姿が映り込んだ。
さらに視線を彷徨わせれば、セオやセルネの姿もある。
「……、そうか…元の世界に戻ってきたのか…。じゃあ、あの時の声は…」
「う…っ、…あれ…? 何か…身体が、重い…」
ロゼルタの声を遮る様に放たれた、掠れた弱々しい声。
けれど、一同の耳には確かに聞こえた筈、何故ならばずっと聞きたいと渇望していた声だったのだから…。
「ユトナ~っ! 良かった、ユトナがこのまま目を覚まさなかったら、僕は、僕は…っ」
「なっ、何だよいきなり気持ち悪ぃな…って抱き付くなっての、苦しっ…!」
感極まってユトナに抱き付くシノアの顔には零れんばかりの笑みに支配され、嬉しさのあまり瞳にはうっすらと涙が滲む。
その一方で、状況を一向に掴めないユトナと言えば目を白黒させるばかりであったが、これだけはかろうじて理解出来たようだ。
どうやら自分は皆に心配をかけてしまった事、その中でもとりわけ自分の双子の片割れは自分の身を案じていた事を。
「ふむ…思いの外上手く行ったようじゃの。やはり妾の目論み通り、そなたにはまだ魂の欠片が眠っていたようじゃ。暫くは身体に違和感を覚えたり倦怠感を覚えたりするじゃろうが、次第に魂が安定すればそれも治るじゃろうて」
「本当に良かったよ、ユトナ。あんな事で無関係なユトナが犠牲になるなんて、そんなの許せないし…」
セオもセルネもユトナの傍に歩み寄り、その表情には安堵の色が浮かぶ。
ようやく穏やかな空気が辺りを包み込む中、たった1人状況を掴めないユトナだけが、訳が分からないと言った顔つきで首を傾げる。
「だーかーらっ、一体何だっつーの! …あ、そういえば若様」
「……、私に何か御用ですか」
痺れを切らしたのか怒号を上げるユトナであったが、ふと何か思い出したらしくいきなり声のトーンを落としてからいつの間にか背を向けてしまったロゼルタへと声を掛ける。
ユトナからは彼の背中しか見えない為表情を窺い知る事は出来なかったが、一応は自分の声には反応してくれたらしい。
「何が何だか分かんねーし、何か長い間ずーっと寝てたような気がすんだけどさ、何にも無い所で身動きも取れなくて、目も開けらんねーし耳も聞こえねーし、オレどーなっちまったのかなって不安だったんだよ。
でも…その時さ、オマエの声が聞こえたような気がすんだけど…オレに何か、声かけてくれたよな?」
「さぁ…どうでしょうね」