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煌天の蒼月 第1部  作者: 天空朱雀
第6章 深淵の少女と絶望の青年
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第6話

そう言い切る女性の姿がだんだんと透けてゆき、輪郭があやふやになってゆく。

一体何事かと、ロゼルタの中で警戒心と不安が綯い交ぜになる。


「あら…そろそろ限界のようですわね…。ユトナは此処の何処かにいますから、大丈夫ですわ。…貴方なら、見つけられる筈。…ふふ、何時かまた、何処かでお会いする日を心待ちにしておりますわ…」


「な…ちょっと待って下さい、話はまだ……っ、消えて、しまいましたか…」


必死に彼女の幻影を追いかけようと手を伸ばすも、ロゼルタの手は空しく空を切るばかり。

女性の存在自体が何とも胡散臭いものである為、彼女の放った言葉でさえ信用する事は到底出来そうもないが、それでもユトナを探すのを諦める訳にはいかない。

再び無限の世界を彷徨い歩こうとふと視線をずらした先に小さく見える、何か。


今まで、何もない空間が広がるばかりだったのに。

豆粒のように小さくて何かまでは確認できなかったけれど、ロゼルタは自然とこう確信していた。

自分が探し求めていた人に違いない──…と。


「……! ユトナ…!」


自然と足は其方に向き、逸る気持ちを抑え切れず駆け出したその先にあったものとは。


水面に薄い蒼色のクリスタルのようなものが突き刺さり──と言うより、僅かに宙を浮いていると言った方が正しいか──その中に封じ込められるような形で、ユトナが横たわっていた。

ぐったりとしていて意識は無く、まるで棺桶に眠る亡骸のような不気味な静けささえあった。


探し求めた彼女の姿にロゼルタの顔には歓喜の色が浮かぶ。

けれど、目的はまだ全て果たされた訳では無い。

ユトナの魂を呼び起こして意識を取り戻させないと、彼女は永遠に眠ったままなのだから。


「ユトナ…私の声が聞こえますか? 聞こえるのなら、返事をして下さい」


クリスタルの中で眠るユトナをじっと見つめながら、ロゼルタは凛とした口調でそう呼びかける。

けれど、ユトナはピクリとも動いてはくれない。


どうすれば、何をすればユトナは目覚めてくれるのか、自分では無理だというのか──…。


様々な負の感情がロゼルタの心を覆い尽くし、彼を押し潰してしまいそうだ。


心の何処かで、彼女を助けさえすれば自らの罪は洗い流される…そんな気持ちがあるからだろうか。

彼女を助けるのは自分に課せられた罰だから、贖罪の気持ちが自分を突き動かしているのではないのか。


「ユトナ…何時ものように、屈託のない笑顔を見せて下さい。私がからかうとすぐにムキになって…いちいち猿みたいに喚くのが貴方でしょう? こんなの貴方のキャラでは無いでしょうに」


縋りつくようにクリスタルに手を触れ、口から零れるのは嫌味たっぷりな憎まれ口ばかり。

ユトナは自分にとって、只の従者に過ぎない…数多く居る騎士達の中の1人に過ぎない…そう思っていた筈なのに。


どうしてこんなにも、心が揺さぶられるのだろう。

ざわざわと胸の奥がざわめいて、居ても経ってもいられなくなる。

脳裏を過ぎるのは、ムキになって反論してきたり、屈託のない無邪気な笑顔を浮かべるユトナの姿ばかり。


幼い頃から自分は“フェルナント国王子”としての仮面を被り続けてきたし、周りの人々も皆、自分を王子としてしか見ようとはしなかった。

それなりにちやほやしてくれるものの、それは自分が王子だから。王子としての自分以外、興味が無いのは痛い程分かっていた。


別にそれを、嫌だと思った訳では無い。

…否、そんな感情も麻痺してしまったのかもしれない…あまりにもそんな出来事が多すぎて、いちいち気にしていたら心が壊れてしまうから。

自分は“王子”としてしか価値を見出す事は出来ないのだと…最早諦めの感情さえ芽生えていた。


けれど、彼女はそうして自らいつの間にか作り出してしまった殻を、いともたやすく破ってしまった。

何時でも彼女は真っ直ぐで、自分が王子だろうが仮に魔王だろうが、きっといつもと変わらぬ態度で接してくれるのだろう。

多分、彼女の双眸には自分は王子で無く、“ロゼルタ=セラ=フェルナント”という1人の人間として見えているのだ。

だからこそ真っ直ぐで、飾りの無い態度で…おそらく、周りの者が聞いたら『王子に対して何て無礼を』と怒られるに違いない。


けれど、自分は到底怒ろうとは思わない。

むしろ、この関係を心地良いとさえ思っているから。

初めは自分のお目付け役として宛がわれたのだろうと面倒にも思ったものだが、いつしか彼女が自分を追ってきてくれるのを心待ちにしてすらいて。


今、こうして彼女の屈託のない笑顔を見られる事が出来なくなって、ようやく自分の気持ちと真正面から向き合う事が出来たような気がする。

…そう、自分は彼女の事を──…


ロゼルタはそこで思考の渦から這い上がると、憑き物が落ちたような何処かすっきりしたような顔つきで、一切の迷いの無い双眸でユトナを見据えた。

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