第3話
「方法が無い…訳では無い。オブセシオンは確かにユトナの魂を魔術に用いたと言ったが…微かにじゃが、ユトナから魂の鼓動を感じる。しかし、それはほんの僅かで弱々しいものであり、妾の思い違いかもしれぬし、意識を取り戻せるだけの力は無いかもしれぬ。それでも、まだ諦めるようには早いと思うがな」
「……! ほ、本当ですかっ!? それならまだ望みはあるんですよね、セルネ様?」
セルネの言葉にパッと顔を輝かせれば、縋る様な眼差しを彼女に向けるシノア。
しかし、セルネの表情は未だに険しいもので、言葉も何処となく歯切れが悪い。
「今の時点では、何とも申し上げられぬな。…それに、あまりに弱々しい鼓動しか感じられぬ故、おそらく自力では目覚めぬじゃろう」
「そんな…! じゃあどうすればいいんですか!?」
「じゃから話は最後まで聞けい。こうなれば、誰かが直接呼びかけて眠っている魂を覚醒させるしかなかろう」
掴み掛らんばかりの勢いで詰め寄るシノアを軽く躱しつつ、眉間に皺を寄せながらユトナの姿を一瞥するセルネ。
セルネの言葉に疑問をぶつけるのは、ロゼルタだ。
「呼びかける…? 一体どうやって呼びかけるのです? 意識を取り戻さない彼女の耳元で呼びかけでもしたら目を覚ますなどという、単純な話では無いでしょう?」
「勿論じゃ。魔術を用いてユトナの精神世界に入り込み、おそらくはその最深で眠っておるあやつの魂の欠片に呼びかければ、もしかすれば呼応する可能性はある」
セルネは此処で一旦言葉を切ると、初めは口にするのを躊躇うように唇を噛み締めていたが、それも数秒、意を決したようにゆっくりと口を開いた。
「…しかし、その魔術はかなり危険じゃ。自分の意識を相手の意識の中に送りこむ訳じゃから、最悪そのまま取り込まれて戻ってこれぬ危険性もある。それに、心身ともに負担も大きい。あと、妾が口にしているのはあくまで推測じゃ。ユトナを必ず助けられる保証は無いぞ」
安易に楽観視させる訳にはいかないと、セルネの凛とした冷たい声が部屋中に響き渡る。
それでも尚、一同の心は未だ折れてはいなかった。
ほんの僅かでも、まだ望みがあるのならば、一縷の望みに掛けてみたい──…と。
「それでも構いません、セルネ様…! 僕をユトナの精神世界に送り込んで下さい! 僕はどうなってもいいから、ユトナを助けたいんです…!」
縋りつくようにセルネに訴えかけるシノア。
だが、彼の切羽詰まったような声を遮る様に、一つの声が辺りの空気を震わせた。
「いえ…その役目、私に引き受けさせては貰えないでしょうか? …むしろ、私がやらなくてはならないのです」
「え…若様が?」
一同の驚愕にも似た眼差しを一身に受けるのは、ロゼルタだ。
…そう、シノアに割って入るような形になってまで名乗りを上げたのは、他でも無いロゼルタだからだ。
今まで黙って事の成り行きを見守っていたセオでさえ驚きを隠せないようで、ぽかんとしたまま思わず聞き返してしまった程だ。
「…さっきに比べれば大分気持ちも落ち着いたけど…でもやっぱり、僕は若様の事は許せません。でも、だからといって一国の王子様をこんな危険な目に遭わせる訳には…。それに、ユトナは僕が助けたいんです」
流石に先程ロゼルタに掴み掛ってしまった事はやりすぎてしまったとばつの悪そうな表情を浮かべるシノアであるが、それでも彼を許せない気持ち、だからといってあえて危険な目に遭わせる訳にはいかないという、様々な思いが複雑に絡み合ってシノアの胸を雁字搦めにしてしまう。
すると、ロゼルタはゆるゆると首を横に振れば、
「良いのですよ。唯一、私に出来る罪滅ぼしだと思っていますから。これが私に課せられた罰なのですよ。…セルネ、頼めますか?」
そう言い切るロゼルタの声色は不気味な程に感情が籠らないまるで機械のようなものであるが、無理矢理感情を胸の深淵に押し込めるような、そんな必死さも垣間見られて。
それを一瞬にして見抜いたらしいセルネは、鋭い視線を彼にぶつけた。