第2話
「まさか…彼があんなに腹に一物抱えていたなんて、当初は思いもしませんでしたよ。実力は折り紙つき、しかも忠実に命令を熟す有能な宮廷魔術師でしたから。…しかし、今思えば最初は虎視眈々と狙っていたのでしょうね、王家を利用する機会を…」
遠い昔を懐かしむような、そして当時何故気づく事が出来なかったのか──という悔恨に彩られた双眸。
ロゼルタは一呼吸置いてから、再び過去を語り始めた。
──それば、突然にして唐突に起こった。
オブセシオンはフェルナント国王とロゼルタの2人だけを部屋に呼び出し、いきなりこんな話を持ちかけてきた。
『自分はこれからどうしても成さねばならぬ事がある。その為には魔術を研究すべく多大な資料や道具を集める必要がある。それの手助けをして欲しい』…と。
目の前に居る魔術師は当然何を言い出すのかと訝りつつ、国王はそんな訳の分からない事に手を貸せるはずもないときっぱりと突っ撥ねた。
だが、それも織り込み済みだったのか、さほど動揺を見せないオブセシオン。
すると、彼の口からとんでもない言葉が飛び出した。
気付いてはいないだろうが、国王にとある呪いをかけた…と。
その呪いを操る事が出来るのは自分1人、命が大事と思うならば自分に協力した方が身の為だ…と。
当然、オブセシオンの戯言か脅す為のはったりに過ぎないと国王は笑い飛ばした。
勿論、ロゼルタも彼の言葉を信じてはいなかったであろう。
オブセシオンはそんな2人の返答を鼻で笑いつつ、おもむろに呪文の詠唱を始める。
そして彼が片手を上げると、手のひらに拳大くらいの大きさのドクンドクン、と規則的に脈打つ球体が現れる。
一体それが何なのかと国王が問い掛けるより先に、オブセシオンはいきなりその球体を握り潰してみせたのだ。
──刹那。
国王が自らの左胸を押さえ、苦しみだしたのだ。
尋常では無い激痛と圧迫感が襲い掛かっているのだろう、額には脂汗が浮かび耐え切れずにその場に膝をついてしまった。
このタイミングからいって、オブセシオンの仕業に違いない──そう確信したロゼルタは彼を鋭い視線で睨み付け、これは一体何事かと問い質す。
オブセシオンの口から放たれた言葉は、端的ながらも2人を絶望の底に叩き落とすには充分過ぎた。
──分かったであろう…呪いをかけたという意味が。
聡明な判断を期待している──と。
それが脅迫という事は、痛い程理解していた。
そしてそれを飲む以外、残された道は無いという事も…。
それからは、決して周りには悟られぬよう、秘密裏にオブセシオンに手を貸してきた。
それが彼の出した条件でもあるから──誰かにこの事を話したら国王はどうなるか保証出来ない、と。
オブセシオンの目的も真意も分からぬまま、2人は──というより、主に協力していたのはロゼルタであるが──彼の傀儡と成り果てていた。
蒼月の日、彼がようやく目的を果たしたその時まで…。
「…私が、彼に手を貸していたのはこういう理由があったからです。父を見捨てる訳にはいきませんでした…」
ロゼルタは胸の奥から吐き出すようにそう締め括ると、悲痛の表情を浮かべつつその場に俯いてしまった。
彼の独白を聞き終えるなり、セルネは不快そうに眉間に深い皺を寄せた。
「人の心臓を意のままに操る呪いじゃな。よもやあやつ、遥か昔に封印された筈の邪術にまで手を出すとは…堕ちたな」
シノアもまた、先程に比べれば大分落ち着いてきたものの、まだ燻る思いは消えず。
怒りと悔しさを滲ませるように拳を強く握り締めれば、
「自分の目的の為には、手段を選ばないって事…? 酷い、そのせいで何の関係もないユトナまで…。若様、事情は分かりましたけど…でも、僕はやっぱり貴方のした事は許せない」
「ええ…分かっていますよ。元より、許して貰えるとは到底思っていませんから。…ところでセルネ、まだ残された道はあると仰っていましたね? 私に出来る事ならば、どんな事でもします。ですから…!」
こんな事で、自らの罪が消える訳ではない。
けれど、自分に出来る事が一つでもあるならば──…! という、ロゼルタの心からの叫びなのだろう。
すると、凛とした眼差しで真っ直ぐロゼルタを見据えつつ、セルネはゆっくりと口を開いた。