第8話
「なっ…! 馬鹿言わないでくれる? 君なんかと一緒にしないでよ」
誘いとも言える言葉に、ムキになって拒むレネード。
夢魔の女の一連の行動は、同族であるレネードからも異端に映るようだ。
「あぁら…それは残念。別に、協力してくれなくてもいいけど…邪魔だけはしないでねぇ?」
真っ赤な唇から零れる、妖艶な微笑み。
夢魔の女は流れるような仕草で片手を翳せば、手のひらから魔法陣が生み出されそこから眩いばかりの閃光が放たれる。
咄嗟に閃光から逃れようと目を瞑ったのも束の間、恐る恐る開いた瞼の先には、神々しさと禍々しさを兼ね備えた1羽の巨大な真紅の鳥の姿。
それを目の当たりにするなり、レネードは険しい表情を浮かべた。
「これは…召喚獣ね。しかも、かなり高度なものよ」
「召喚獣…? それなら、尚更危ないよ。レネードさんは後ろに下がっていてくれ。あとは俺達で何とかするから」
表情を強張らせながら真紅の鳥を凝視するセオであったが、ふとレネードを気遣い後方に下がるよう指示を送る。
しかし、レネードから返ってきた答えは、セオの期待するものではなかった。
「何言っちゃってくれてんのよ~、あたしも協力するに決まってんでしょ? あたしも、あの女のせいで迷惑被ってるからね…一発ぶっ飛ばしてやらないと気が済まないって事」
「うっ…何か色々すいません」
「ふふっ、君、本当によく謝るよね~。それだけ素直って事かな」
ぐっと握り拳を作り、やる気満々なレネード。
そして、2人の会話を制したのはマディックであった。
「2人とも、お喋りなら後でやれ。ところで君は…信用してもいいのだな? それなら、共に戦おう。それにしても、あの鳥は厄介だな…。先程の揚羽のようなものなら、気を付けねば」
「勿論、協力するつもりだから。そうねぇ…それなら、紅い鳥はあたしに任せといて。だから、2人はさっさとアイツ倒しちゃってよ」
マディックの言葉に力強く頷いてから、ピッと真紅の鳥を指さすレネード。
3人は頷き合うと、示し合わせたかのように散開。
真紅の鳥は大きく羽ばたいたかと思えば、空を舞い散る無数の羽根が炎の矢となりレネードに迫り来る。
しかし、レネードは焦るどころか余裕綽々な表情。
「矢だったらあたしも得意なのよね~…行くわよッ!」
翳した手のひらから光り輝く弓が創り出されたかと思えば、引いた弦から魔力の矢が発射される。
魔術の矢は1本1本がまるで意思を持っているかのように精密な軌道を描き、飛びかう炎の矢をことごとく撃ち落していった。
その射撃の精密さ、まさに寸分の狂いも無し。
「この程度、楽勝ね。…さて、2人は上手くやってるかな~?」
フン、と鼻で笑い飛ばし、チラリとセオとマディックを一瞥するレネード。
2人は真紅の鳥の襲撃を掻い潜りながら、夢魔の女へと確実に間合いを詰めている所であった。
「いい男2人がアタシにアプローチって訳? モテる女は辛いわねぇ」
2対1という状況にも関わらず、相変わらず余裕な態度を崩さない夢魔の女。
その態度が癇に障るセオに対し、マディックはさほど気にも留めていないようであった。
「…セオ、少しいいか?」
「はい、何でしょうか……、分かりました」
マディックは夢魔の女に怪しまれない程度に素っ気なくセオに耳打ちをすれば、最後に頼むぞ、と言わんばかりに肩を叩いてやる。
すると、セオは力強く頷いて目配せをしてみせた。
…と、最初に動いたのはマディックであった。
素早く剣を鞘から抜いたかと思えば、一気に地面を蹴って夢魔の女へと間合いを詰める。
低い姿勢からの突撃で、まるで地を這っているかのような動きだ。
そのままの体勢で、掬い上げるように剣を下から上へと振り上げるマディック。
その凄まじい剣撃は、周りの空気さえも一刀両断してしまいそうなくらいだ。
…が、夢魔の女を捉えるまでには至らず。
それもその筈、夢魔の女は背中の翼を羽ばたかせ、上空へと舞い上がったのだ。
「なかなかいい動きしてるじゃないのぉ。でも、残念ねぇ…相手が人間だったら、当たっていたかもしれないわねぇ」
「くそっ、しくじったか……なんてな」
「……っ!?」
悔しそうに俯くマディックであったが、その口元には僅かな笑みが浮かぶ。
それはそう──計画通り、とでも言いたげに。