第19話
「……貴様は、レネードを愛しているのか?」
「あ、あいっ!? ななな、何をいきなり…っ」
突如オブセシオンの口から零れた問い掛けに、林檎のように真っ赤に顔を染めるセオ。
視線を泳がせしどろもどろになるセオを、吐き捨てるような冷たい眼差しで見やりながらオブセシオンは自信たっぷりにこう言い放った。
「ならば、貴様は潔く身を退け。私とレネードの間には、誰にも入り込めぬ深い仲があるのだ。ずっと…幼き頃から、な」
「…貴方は、レネードさんの失った記憶の内容、知っているんだね? だったらレネードさんはどんな人で、どうして記憶を失ったのかも…知ってるんだろ?」
失われた記憶を求めて、各地を旅しこの街まで辿り着いたと零していたレネード。
何時か、彼女の記憶が戻る事を願っていたし、記憶を失う前は一体どんな人物だったのか…気になってもいた。
今、セオの目の前にいる人物は、彼が渇望していた答えを知っている者。
だからこそ、知っておきたい…オブセシオンが何をしようとしていたのか──否、今し方何をしたのかを。
オブセシオンは無言でセオを睨み付けていたが、やがてフッと唇の両端を僅かに吊り上げてみせる。
まるでそれは、勝者の余裕の笑みとでも言うべきか。
「貴様に教える義理も無いが…レネードが目覚める間、貴様の話し相手にでもなってやろう。…当然だ、私はレネードとは幼少の頃からずっと一緒に居たのだ。ずっと…彼女を愛していたし、おそらく彼女も私を愛していてくれた事だろう。だが…10年程前、忌まわしい出来事が彼女を襲った」
昔を懐かしむように、そして過去の辛い記憶を噛み締めるように。
遠い目をしながらセオに説明するというより独白するかのように、オブセシオンは言葉を続けた。
「レネードを襲ったのは、不治の病…。もう、手の施しようが無かった。しかし、私は諦める訳にはいかなかった…彼女を失う訳には行かなかったからだ。当時から魔術の研究をしていた私は、何とか助け出せる方法は無いか、必死に調べ回った。そしてその苦労の末、ようやく見つけたのだ…レネードを死の淵から救い出す、唯一の手段を」
昏く、妖しい光を放つオブセシオンの双眸。
一方、彼の話に聴き入っているのか、固唾を飲んだまま微動だにしないセオ。
「それは…レネードを人間から夢魔へと変える魔術だった。罹った病気は、どうやら夢魔には無害なようであったからな。その魔術の結果は…話さずとも分かるまい?」
オブセシオンの口から放たれた、信じがたい驚愕の真実。
むしろ、今まで信じていた常識や、レネードの記憶に関して色々と立てていた仮説さえも、無惨に崩れ去ってしまいそうで。
動揺のあまり小刻みに揺れる両足を何とか奮い立たせながら、セオは吠えるようにこうぶつけていた。
「レネードさんは…元々は人間だったって事か…? じゃあ、記憶が無くなったのは、その魔術によるもの…つまり人為的なものだったっていうのか?」
「そう云う事になる。口惜しい事に、ようやく失わずに済んだレネードは、私の事を何もかも忘れてしまっていた…。これも、運命の悪戯か…結局私は、最愛の女を失ってしまった。だが、此処まで来て諦めたくは無かった…!」
「……もしかして、ついさっき発動した魔術はレネードさんの記憶を取り戻す為のものだったのか…?」
緊張のあまり喉はカラカラで、張り付いてしまった喉を何とか震わせながら声を絞り出すセオ。
すると、オブセシオンの狂ったような高笑いが辺りに響き渡った。
「そう…そうだ、ようやく10年越しに私はレネードを手に入れた…! ようやく、私の中の止まってしまった時が動き出すのだ…! しかも、取り戻すだけでは無い、他に…」
「……成程、そういう訳であったか」
不意に、2人の背後から降り注ぐ少女の声。
自分達以外の声が零れる事がよっぽど意外だったのか、弾かれるように声の主へと視線をずらせば、そこには黒猫の獣人の少女、そしてオッドアイの青年の姿があった。
「オブセシオン…貴方の目的はそれだったんですね。…くっ、何としてでも、止めなければならなかったのに…!」
ロゼルタの口から零れたのは、歯痒さと口惜しさを滲ませた後悔の念。
セルネもまた、一歩遅かったと言わんばかりに無念そうに唇を噛み締めている。