第18話
オブセシオンが見つめる先には、夢魔の女とメイドの少女の姿が蒼い光に照らされて妖しい雰囲気を漂わせる。
2人を見遣る彼もまた、蒼い光を浴びて妖艶な微笑みを浮かべていた。
暫くして、メイドの少女から淡い光が放たれ始める。
その光は左胸へと収束し、それは次第に光り輝く小さな球体へと姿を変えてゆく。
「…これが、魂と魔耀石が結びついた姿か…素晴らしい」
球体が惹きつける奇妙な魅惑に憑りつかれたように、うっとりとそれを凝視するオブセシオン。
さらに右手を翳すと球体がゆっくりと彼の翳した右手へと揺れ動き始めた──その刹那。
「……っ!?」
突如、ビリッとした鋭い衝撃が指先に襲い掛かる。
一瞬電撃が走ったような…何かに拒絶されたような、小さな痺れを伴うもので。
しかし気にする事無く、気を取り直して精神を集中させるオブセシオン。
そんな彼に、運命の女神は悪戯な微笑みを浮かべる。
パン、と小さな破裂音が辺りに響き渡るなり、揺らめく球体が真っ二つに砕け散ってしまったのだ。
しかも半分の欠片は、メイドの少女の体内へと吸い込まれてしまった。
どうやらこの出来事はオブセシオンが仕組んだものでも無ければ想定していたものでも無かったようで、訳が分からず目を白黒させ動揺した素振りを見せる。
このままでは、自分が描く計画に狂いが生じてしまう──そんな不安さえが、彼の胸を焦がしてゆく。
「何故だ…何故此処まで来て、運命は私の邪魔をするのだ!? ええい、此処まで来て止める訳には行かぬ…! 私は10年待ったのだ、望みを叶える為に…!」
邪念を振り払うように頭を振ると、キッと前を見据えるその双眸には狂気の色が再び宿る。
多少の障害で止まる程、彼の決心は中途半端なものではないという訳か。
球体の欠片をその手中に収めると、逸る気持ちを抑えつつゆっくりと呪文の詠唱を始める。
あと少し、あと少しで願いが叶う──その思いばかりが彼を突き動かしてゆく。
10年前、あの出来事があってから彼の中の時は止まったまま。
けれど、今ようやく、彼の中で時が刻まれ始める──…
「レネード…頼むから戻ってきてくれ、私の元へ…! また、あの時のように…」
紡がれる悲願。その願いは目の前に横たわる夢魔の女へと注がれる。
力強く呪文を詠唱し自らの両手を天に翳せば、月から降り注ぐ蒼い光は一筋の光の柱となり夢魔の女へと吸い込まれて行く。
それと同時に、オブセシオンの手中にあった球体の欠片もまた、彼女の身体の中へと取り込まれていった。
途端、まるで昼間にでもなったかような強烈が光が彼女から放たれ、城を鮮やかに照らしてゆく。
しかしそれはほんの一瞬で止み、全ての光を放ち終えたかのように静寂が辺りを支配した。
眩しそうに光から顔を背けていたオブセシオンであったが、光の収束が意味するものを一瞬にした悟ったらしく、その顔には達成感と狂喜の色が浮かぶ。
何時も仏頂面で眉一つ動かさない彼にしては、此処まで表情が変わるのは珍しい。
「ふふふ…ははははっ! やはり私の思惑通りだ…蒼月の日でなければ、こうは行かなかったであろう…。あとはレネードが目覚めてくれさえすれば…!」
何処か狂気じみた、狂ったような笑い声が辺りに響き渡る。
それ程までに、オブセシオンの心は目的を果たしたという高揚感に支配されているのだろう。
ゆっくりと一歩ずつ、夢魔の女へと歩み寄ろうとした──その時。
招かれざる客が唐突に、突然に、この場に姿を現した。
「レネードさんっ! さっき蒼い光が集まってきてたし、もしかしたら此処に居るんじゃ……っ!?」
荒々しく扉が開かれる音がしたかと思えば、辺りに響き渡る青年の焦りを孕んだ声。
その声にピクッと動きを止めると、オブセシオンの顔がみるみる憤怒の色へと移り変わってゆく。
「貴様…性懲りも無く、また現れたか…! 一体どれ程私の邪魔をすれば気が済むのだ!?」
怒号を向ける先には、騎士の青年の姿。
そう──セオその人である。
一方、セオはといえばオブセシオンにまるで鬼のような形相で睨み付けられても怯む事無く、むしろ鋭い視線をぶつけ返す。
どうやら街中駆けずり回ったのだろう、肩で息をし汗が浮かぶ彼の顔はまさに疲労困憊といった所か。
「オブセシオンさん…? やっぱり、さっきの蒼い光は貴方の仕業って事か。……っ!? そこにいるの、もしかしてレネードさんじゃ…?」
「…ならば如何する? 最早、貴様が付け入る隙など何処にも有りはしない。何故なら、我が悲願は今し方、達成されたのだから」
「悲願…?」
彼の傍に横たわる夢魔の女こそセオが探し求めた女性、レネード。
レネードを前にし、どちらも一歩も譲らない。