第17話
「こうしてはいられない…早く彼を追いましょう。彼が何処に行ったかは、把握していますから。もしかすると、今なら間に合うかもしれません…!」
「うむ…それはそうじゃが、お主はそれで良いのかえ? お主、オブセシオンに協力しておるのじゃろう?」
ロゼルタに対する猜疑心は、そう簡単に拭えるものでは無くて。
自分に向けられる猜疑心もある意味当然だと言いたげに、ロゼルタは苦笑いを浮かべてみせた。
「…正確に言えば、協力させられていた、ですけどね。彼としては悲願達成は目の前、私の事など眼中にないでしょう。もし、魔術を発動させてしまえば、魔力を奪われたユトナは…」
「……、ユトナの内に眠る魔力の正体は、大体察しがついておる。確かに…このまま放っておけば、最悪の事態を招く可能性もあるじゃろうて。よし、さっさと奴の元へ案内するが良い」
「やれやれ…一応私、王子なんですけどねぇ…。王子を顎で使うなんて、貴方くらいなものですよ?」
軽口を叩き合いながらも、切羽詰まった状況が彼等のすぐ傍まで忍び寄ってきている事を、勿論彼等が分からない筈も無く。
やけに冷静に振る舞ってはいるものの、内心動揺に支配されているのは言うべくもない。
下手に狼狽えてそれを態度に出さないのは、単に彼らの性格が成せる業なのであろう。
ロゼルタは軽く嫌味をぶつけてから、地下から出ようと駆け出してゆく。
まさか、わざわざ男装してまで騎士団に潜り込んだ見ていて飽きない少女がこの件に深く関わってくるとは…夢にも思わなかったから。
数多あるカードのうち、次々と悪いカードばかりを引き当ててしまったようにも思えて。
けれど、最悪のカードはまだ引き当てていない筈。
願わくば、彼女が無事であらん事を──…ロゼルタは心の中でそう呟くと、とある場所へ向けて一直線に駆け抜けていった。
◆◇◆
蒼月の日──およそ10年に1度起きると言われている、所謂自然現象のようなものだ。
そして今、その摩訶不思議な現象が世界中を飲み込んでいる。
普段、柔らかで優しい光を世界に送る月の姿とは打って変わり、蒼く輝く月は何処か神秘ささえ感じられて。
蒼い月光は世界中を等しく照らし出し、蒼く染まった世界は奇妙な不気味さと静けさを湛えていた。
街並みも、森も、海も、草原も、そして生きとし生ける全てのものが。
神秘の光に畏怖しているようにも思えた。
こんな言い伝えが、各地で言い伝えられている。
蒼月の日には、何か良からぬ事が起こる…そして魔物が一段と凶暴になる為、決して外に出てはいけないと。
だからなのか、蒼い月光が包み込む街はひっそりと静まり返っており、人の姿一つ確認する事は出来なかった。
そんな中、フェルナント城の屋上にて。
屋上にも蒼の光が降り注いでおり、そこにはそんな月光に照らされる幾つかの人影。
そのうちの2人は床に寝かされており、2人を包み込むようにして巨大な魔法陣が描かれている。
そして、2人から少し離れた屋上の手摺り付近には、1人の人物がぐったりと手摺りに寄りかかる様にして座り込んでいた。
3人共意識を手放しているようで、そこに寝かされているものの微動だにしない。
ピンと張りつめたような空気が辺りを支配する中、まるでその場を達観するかのように佇む1人の魔術師。
彼こそが3人を此処まで連れ去り、そしてたった一つの悲願を胸に此処まで上り詰めてきた。
蒼い月光に照らされたせいか、そんな彼の顔は酷く冷たく人形のようで。
「そろそろ、蒼月の日もピークを迎えるだろう。ようやく…ようやくこの日がやってきたのだ…! あと少し、私の願いは叶えられるのだ…!」
魔術師──オブセシオンはまるで憑りつかれたようにブツブツと独り言を零せば、魔法陣の前に歩み寄るなり呪文の詠唱を始めた。