第16話
「オブセシオン…何故貴方が此処に…?」
そう呟くロゼルタの顔色からは最早血の気が完全に引いており、小刻みに震える肩は彼の動揺と驚愕を表しているようにも見えて。
一方、突如現れた人影──オブセシオンは、眉一つ動かさずにチラリとロゼルタを一瞥した。
「忘れたか? 何時でも貴様を監視している事を。空間転移の術を使えば、すぐさま目的地へ向かうのは造作も無い事」
言い淀みの無い、感情を感じさせない事務的な声色に、思わずギリッと悔しげに唇を噛み締めるロゼルタ。
しかし、そんなロゼルタに最早興味は無いらしく、オブセシオンの視線はユトナへと向かう。
「成程…私もまんまと欺かれてしまったものだ。よもや、双子であったとは…」
「だーかーらっ、何なんだよオマエはすかした態度取りやがってムカつく! …つーか、双子って知ってるって事は…若しかして、シノア攫ったのはオマエか!?」
「…ならば如何する? 貴様に対抗する術は無い。…それから若、今まで御苦労であったな。これで貴様の役目も終わりだ」
「……っ」
オブセシオンにそう言われても、ロゼルタは険しい表情で彼を睨み付けるばかり。
…と、その刹那、それは起こった。
「オブセシオン…お主一体何を企んでおるのじゃ? 好きにはさせぬぞ!」
セルネの声が高らかに響き渡るのと時をほぼ同じくして、彼女は即座に呪文を完成させる。
すると、オブセシオンを中心として円を描くように数本の光の柱が地面から吹き上がったのだ。
これは結界を張る呪文であり、どうやらオブセシオンの周りに結界を作る事により彼をその中に封じ込めようという算段であろう。
しかし、相手も宮廷魔術師、一筋縄ではいかないもので。
フッと鼻で笑い飛ばせば右手を翳すと、一瞬にして光の柱が粉々に砕け散ったのだ。
「甘いな…この程度で私を捉えられるとでも?」
「……っ、相変わらず嫌味で傲慢でいけ好かない奴じゃのう…お主は」
燃え滾る悔しさの感情を吐き出す為か、いつも以上に毒舌なセルネ。
これで諦めてなるものかとセルネが再度呪文の詠唱を始めるも、それよりオブセシオンの方が早かった。
「…これで、ようやく私の望みが叶う…」
「は? 何訳の分かんねー事言ってんだよ!? だーもうっ、何で外れねーんだよコレっ!」
ポツリと呟かれたオブセシオンの独り言が傍に居たユトナの耳には届いたらしく、不可解そうに眉をしかめてみせる。
しかし、ユトナの問い掛けには答えずに、代わりに一つの魔術を完成させた。
オブセシオンとユトナの身体が一瞬煌いたかと思えば、瞬きしたら見逃してしまう程僅かな時の間に2人の姿は掻き消えてしまったのだ。
勿論、ユトナを拘束していた黒い影諸共、忽然と消滅。
セルネが咄嗟に食い止めようとしたが、今となっては後の祭り。
「くっ…あやつめ、まさかあんな即座に魔術を発動させる事が出来るとは…。…おい若君、これは一体どういう事じゃ? この期に及んでまだ隠すつもりはないじゃろう?」
「……。どうして、こんな事に…。あと少し、蒼月の日さえ凌げればそれだけで良かったのに…」
「それはどういう意味じゃ? 今宵、オブセシオンは何かやらかすつもりなのかえ?」
真っ白に燃え尽きてしまったかのように、その場に俯いて茫然と立ち尽くす事しか出来ないロゼルタに、セルネは容赦なく疑問をぶつける。
譫言のようにポツポツと何やら呟いていたロゼルタであったが、最早隠す必要も無いのかようやく重い口を開いた。
「彼は…蒼月の日に、何か大がかりな魔術を発動させるようです。詳しい事は、私にも教えてはくれませんでしたが…。その魔術を発動させる為には、シノアの…いえ、ユトナの内に秘める力が必要不可欠のようです。貴方も確か見ましたよね? 彼女が魔耀石を使用した際、膨大な魔力が溢れて暴走した事を…」
「うむ、確かにあの時ユトナの奥底には膨大な魔力が眠っていると感じたが…まさか奴がそれを狙っておったとはな。しかも奴はユトナとシノアが入れ代わっている事に気付かなかった。故に、シノアを攫ったのじゃろうて」
セルネは合点が言ったように頷けば、ロゼルタは彼女の仮説にコクリと頷く事で同意してみせた。
「ええ…だから、何としてでもユトナとオブセシオンを鉢合わせる訳にはいきませんでした。彼がシノアをユトナと思い込んでいるうちに魔術が失敗し、諦めてくれる事を見込んでいたのですが…」
「成程、ようやく合点が言ったわい。お主がそうまでして真実をひた隠しにしていた理由と、妾達の足止めをしていた理由を…」
ようやくこれで、バラバラになっていた様々なピースが一つの形を成してゆく。
…と此処で、何か思い出したようにハッと顔を上げるロゼルタ。