第14話
ロゼルタは現れた槍を身構えると、いつもの飄々とした表情は何処へやら、獲物を狙うハンターのような双眸へと変わる。
彼が携える槍の切っ先には──セルネとユトナの姿。
「……、成程、やはり罠であったか。しかし、お主が何かを知っておる事、そしてそこまでひた隠しにせねばならぬ事情があるという事じゃろう? それに、わざわざ妾達に声を掛けこんな所に連れ出したのも…何やら事情がありそうじゃのう」
セルネは顎に手を置きつつ、槍の切っ先を向けられているというのに眉一つ動かさず、それどころか呑気に考察などする始末。
一方、ユトナといえば訳が分からず困惑する一方で、シノアの所在を未だ掴む事が出来ないもどかしさが焦燥感を生み、ユトナの心を焦がしてゆく。
「何で教えてくんねーんだよ? 早く探さねーと、シノアが…シノアがッ!」
ユトナの悲痛は叫びは辺りの空気を震わせるも、ロゼルタの耳には届かない。
一触即発の状態の中、先に腹を括ったのはセルネの方であった。
「…そちらが力づくで来るならば、妾も力づくで迎え打つだけじゃ。まぁ、相手が若君となれば…殺さぬ程度に口を割らせる必要があるがの」
「は? マジで言ってんのかよソレ? 何でこんな時に戦う必要が…」
「いい加減、お主も腹を括るのじゃ。シノアを助けたいのじゃろう? ならば、手段を選んでおる場合では無い」
セルネがぴしゃりと窘めるのとほぼ同時に、ロゼルタの手にしている槍に埋め込まれている翠色の石が妖しい光を放つ。
その刹那、ロゼルタが槍を一振りするなり凄まじい衝撃波が2人に襲い掛かった。
不意打ちに困惑するもののすぐさま回避行動に移り横に跳んで回避する2人。
地面に着地するなりセルネは呪文を詠唱、それが完成するなりロゼルタの足元に魔法陣が浮かび上がったかと思えばそこから無数の蔦が生み出され、ロゼルタを捕獲せんばかりにうねうねと機敏な動きを見せる。
しかし、それに狼狽える事もなく、蔦の動きを推測して丁寧に躱しつつ、躱し切れなかった蔦は槍で一刀両断してみせた。
「成程、蔦で私を拘束するおつもりでしたか…。考えはなかなかですが、その程度では私を捉えられませんよ」
「…チッ、無駄に強いのだから面倒な奴じゃ。お主の魔耀石は…風の属性か」
対峙し、互いに鋭い視線をぶつけるセルネとロゼルタ。
…と、空が一閃、不穏な空気を察知したロゼルタが頭上を仰ぎ見れば、そこには高く跳躍し頭上からロゼルタを狙わんとするユトナの姿。
咄嗟に後ろに跳ぶと同時に、ユトナが放った飛び蹴りは空を切り裂き、最後には地面に凄まじい衝撃を与える。
「ンだよ避けやがって。すばしっこい奴だな」
「…フフ、あれだけ躊躇っていたのに…吹っ切れると容赦無くなりますね、貴方は」
「…ケッ、言ってろ。オレはどんな事したって、オマエからシノアの事聞き出してやるからな」
体勢を整えるなりくるりと後転跳びをして数歩後ずさるユトナ。
そして、セルネはユトナの援護に回るつもりか、彼女の後ろに下がり後方からロゼルタの様子を窺う。
ロゼルタから目を離さないように鋭い視線をぶつけつつ、ふと思案を巡らせるユトナ。
(…それにしても、こんなひらひらした格好で戦う羽目になるとは思わなかったぜ。動きにくいったらありゃしねー。その上、武器もねーし…マジ最悪すぎるだろコレ)
流石にメイドが武装する訳にもいかないと、丸腰で居たのがこんなにも後々になって問題を生むとは。
元々、素手で戦う事は非力な彼女ではどうしても無理があり、彼女自身にも苦手意識がある為ロゼルタに対抗出来るとは到底思えず。
そんな中、ユトナの脳裏に一つの案が過ぎった。
(こうなったら…全部話して説得でもしてみるか…? オレとロゼルタは一応顔見知りっちゃー顔見知りだし、事情を話せば分かってくれるかもしんねー)
そう心の中で呟いてから、ユトナの脳裏には新たな疑問が浮上する。
此処までユトナが演技も何もせずにロゼルタに接したのだから、頭の回転の速い彼の事だ、目の前に居るメイドがユトナであると察しても可笑しくはないのに。
けれど、ロゼルタは一度として彼女を疑いもせず…否、意図的に自らの興味から外しているようにも見えて。
それに不自然さを感じたユトナは、考えるより先に本音が口から零れ落ちていた。




