第7話
夢魔の女は一同が新たにやってきたのに気づくと、新しい獲物を見つけたような、捕獲者の視線を向けた。
「あぁら…また新しい餌がやってきたのかしらぁ? どれもこれも美味しそうねぇ…堪んないわ」
「お前が街の人の魂を奪ったのか!? 何故そんな事をしたんだ!?」
夢魔の女からの視線を不快に感じつつ、怒りをぶちまけるセオ。
しかし、返ってきた回答はセオの神経を逆撫でするには充分過ぎる程であった。
「もうバレちゃったのねぇ…残念。もっとバレないように大人しくやるべきだったわぁ。何故って…決まってるでしょう? 夢よりももっと美味しい餌を見つけたから…食事してるだけよぉ」
「……! 食事だって? お前のせいで、どれだけの人達が苦しんでいると思ってるんだ!」
セオの表情が、みるみる憤怒に支配されてゆく。
怒りのあまり頭は真っ白、頭が沸騰して湯気が出んばかりの勢いだ。
放っておけばそのまま突っ込んで行ってしまいそうな勢いのセオの肩を叩いたのは、マディックであった。
「セオ、怒る気持ちは分かるが、あんな安っぽい挑発に乗るな。確かに…私も今すぐあの夢魔を倒したい気持ちで一杯だがな。だが、頭に血が上った状態では返り討ちが関の山だ」
「あ…すみません、マディック隊長…。でも、もう大丈夫です」
マディックに窘められ、ようやく落ち着きを取り戻したらしいセオ。
改めて夢魔の女へと向き直ったその刹那、彼女の周りを数多の黒揚羽が舞い踊る。
「揚羽…? でも、どうしてこんなに沢山…?」
あまりの光景にぽかんと呆気に取られるセオ。
数多の黒揚羽達は縦横無尽に辺りを羽ばたくが、その光景を目の当たりにした騎士の1人が慌てふためいた様子で声を張り上げた。
「気を付けろ…! それはただの揚羽じゃない!」
「……え?」
きょとんとして声を張り上げた騎士を顧みようとしたその刹那、予想だにしない光景が一同の視界を埋め尽くす。
揚羽達が一瞬、瞬いたかと思えばいきなり破裂し爆発を起こしたのだ。
しかも、大勢乱れ飛ぶ揚羽達が一斉に。
回避は不可能、その場に身構えてこれから訪れるであろう痛みに備えようと歯を食いしばる一同であった、が──…
何時まで経ってもやってこない痛み。
不思議に思い、辺りを見渡したセオの視界に映り込んだのは、予想だにしない光景であった。
「これは…光の壁…?」
セオ、マディック、そして女性を包み込むような形で、ドーム状の光の壁が爆発から守ってくれているのだ。
これにはマディックも驚きを隠せない。
「一体どういう事だ?」
「ふふっ、ギリギリ間に合ったみたいね。渋いオジサマ、怪我は無い?」
「え? ああ…大丈夫だ。この光の壁といい、爆発した揚羽といい…訳が分からんな」
戸惑う2人に声をかけたのは、女性であった。
“渋いオジサマ”が自分である事に気づくのに遅れたマディックは返答が遅れるものの、不可解そうな眼差しで自身を包み込む光の壁を眺める。
「両方とも、魔術によるものよ。揚羽はあの女の仕業、んでこの壁はあたしが咄嗟に張ったシールド。2人とも、怪我が無いようで良かったわ」
「ありがとう…夢魔のお姉さん。君がいなかったら、俺達どうなっていた事か…」
こんな状況だというのに律儀にも深々と礼をするセオを見てクスッと微笑む女性。
「気にしなくていいよ、咄嗟に身体が動いたようなものだし。それから…あたしの名前、レネードっていうのよ。夢魔の女なんて言い方、アイツと同じみたいで嫌なのよね」
そう言い放つレネードの双眸は、しっかりと夢魔の女を捉える。
しかし、夢魔の女といえば涼しい表情は変えないまま。
「アタシの揚羽でみぃんな木端微塵にしてあげようと思ったんだけど…しくじったわねぇ。まさか、同族に裏切られるなんて」
「……! ちょっとそこのケバい女、あたしを君なんかと一緒にしないでくれる? あたし達夢魔は、人間に迷惑をかけない範囲で、共存していくものでしょ?」
「ケバ…! まぁいいわ。共存ねぇ…随分眠たい事言うのね。アナタ、自分の欲しいものを手に入れたいって、思った事ないの? 人間の魂は素晴らしいわよ…アナタも如何かしらぁ?」