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煌天の蒼月 第1部  作者: 天空朱雀
第5章 蒼月の日
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第9話

──時は少々遡る。

場所は変わって、此処は城内の宮廷魔術師の部屋。


此処で働く事を命ぜられたメイド──ユトナは、不得手というより普段ほとんどやってこなかった掃除等細々とした仕事に追われ、右へ左へ大忙し。

慣れない事をするといつもより数倍も疲れる、とはよく言ったものだ。

現にユトナも、あれこれ遣いを頼まれて休みなく働き回り、疲労は確実に身体に蓄積されてゆく。


雑巾がけをしていた所で、一休みをしようと手を止めぐっと背伸びをしてみせる。

──刹那、ユトナの背中を何かが通り抜けるような、ゾッと背筋が凍るような不思議な感覚を覚える。

例えるならば…そう、背中に冷たいナイフの切っ先を撫でつけられるような、不快な感覚。


「……? 何だ、今の…。何つーか、嫌な予感がすんだけど…」


首を傾げつつも、決してそれを軽んじる事は無くいつになる鋭い表情を浮かべるユトナ。

何故ならば、彼女は以前にも似たような感覚を覚えた経験があったから。


そういう奇妙な感覚を感じた時は、決まってシノアの身に危険が降り注いだ時。

双子特有の…危機感の共有、とでも言うべきであろうか。


だからこそ、ユトナの心の奥で不安がゆっくりと膨らんでゆく。

もしや、シノアの身に何かあったのでは…? という考えが、浮かんでは消え、また浮かぶ。

雑念を振り払おうと首をぶんぶん横に振ると、自らを奮い立たせようと妙に大声で独り言を漏らすユトナ。


「気のせいだよな、何でもねーって。さーて雑巾がけやんなきゃなー…」


「……ユトナ、まだ雑巾がけをしておるのか? 全く、たかが雑巾がけ一つにどれだけ時間をかければ気が済むのじゃ」


不意に背後から声が降り注ぎ、ビクッと盛大に肩を震わせてから反射的に背後を振り返れば。

そこには、呆れたような表情を浮かべ、仁王立ちをする宮廷魔術師──セルネの姿があった。


「あはは、あはははー。いや~すんません。すぐやるっすよー」


無理矢理口角を吊り上げて文字通りの誤魔化し笑いを浮かべるユトナであったが、完全に引き攣った顔では最早逆効果。

まるで小姑のようにチクチクネチネチ嫌味を零すセルネに、良い感情を抱いてはいないのだろう。

むしろ…どちらかといえば、疎ましく思っている事はユトナの表情を見れば一目瞭然である。


それでも雑巾がけを開始するユトナの姿を仁王立ちのまま観察する様にじっと凝視していたセルネであったが、不意にこんな言葉が飛び出した。


「…で、お主は何者なのじゃ? ユトナでない事は明白、誤魔化そうとしても無駄じゃぞ?」


「……っ!? へっ? いやいやいや、何をイキナリそんな事…っ!?」


「その程度で、あやつを演じていたつもりかえ? あやつならば、今頃雑巾がけを終えて食事の下拵えも終えておる所じゃろう。それに、性格や言動もあやつとは似ても似つかぬ。確かに姿形は似ておるが…。若しや、以前あやつが申して居った双子の片割れかえ?」


「……! な、何でそこまで知ってんだよ…!?」


思わず口から零れ落ちてしまった言葉に、しまったといった様子で口を両手で押さえるユトナ。

幾らユトナでも、否が応でも気づかされてしまったのだろう。

先程自分が、とんでもない失言をしてしまったと…。


「…やはり、お主はユトナ…否、シノアではないと云う事か。どちらがどちらかややこしい所じゃが…お主が“本物”のユトナじゃな? そして、今まで妾に仕えておったのがシノアである…と。間違えは無かろう?」


彼女自身が正真正銘のユトナである事に変わりは無いが、シノアが演じていたユトナではないという、何ともややこしい構図が出来上がってしまった為に若干頭がこんがらがり混乱に陥りそうになるユトナであったが、とりあえずセルネの結論にはこくこく頷いてみせた。


「おう、それで大体間違いねーぜ。…どうやら、全部ばれちまってるみてーだし、今更嘘ついても意味なさそうだからな。オレとシノアは双子で、お互い入れ替わってんだ。けど今日だけはちょっと事情があって元に戻ってたんだけどな。…けど、オマエ全部知ってんだろ? でも…その、シノアに何か言ったりしなかったのかよ?」


「ふむ、最初はあやつも隠しておったが妾の目は誤魔化せぬ。あっと言う間に見抜いてみせたわ。流石に、少々驚きはしたが…シノアはなかなか働き者でのう。此処で素性を白日の下に晒して城から追い出した所で、妾にとって不利益はあっても利益は無いのでのう。じゃから、このままあやつにはメイドをやって貰っておるのじゃ」


「あー、成程…。つーかバレんの早過ぎんだろアイツ…。ま、オレも人の事言えねーけど」


ポツリと呟くユトナの脳裏には、腹の底が見えない食わせ物の王子の顔がちらついて思わず顔をしかめる。

バレてしまえば気も楽になったのか、全く持ってメイドを演じるつもりの無くなったユトナをジト目で見やるのは、セルネであった。

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