第6話
「確か、抜け道通ると近道だったのよね」
以前セオに教えて貰った裏道を通る近道を思い出し、急に方向転換するとそちらへ歩を進めるレネード。
裏通りと云う事もあって人通りは疎ら、閑散とした何処か薄暗い雰囲気を纏っていた。
しかし、レネード自身はそんな不気味な雰囲気は全く気にしていないようで、むしろ買い物の事を思い出して楽しそうに鼻歌まで唄う始末。
寄宿舎に帰ったら何をしよう、食事の準備でもしてセオの帰りを待っていようか…楽しそうにそんな事を考えていたのだが。
予想だにしていなかった災厄は、彼女のすぐ足元まで迫り来ていた。
上機嫌である事も、これから彼女が思い描いていた未来も…一瞬にして粉々に崩壊させてしまう程に。
「……レネード」
背後から、彼女を呼ぶ声が飛来する。
その声が耳に入るなり、レネードは頭上から稲妻が落とされたような感覚に襲われた。
まるで金縛りにでも遭ってしまったかのように、幾ら足に命令してみても棒のように全く歩いてはくれない足。
得体の知れない恐怖と不安が津波のように襲い掛かり、レネードの心を蝕んでゆく。
──怖い。恐ろしい。此処から逃げ出したい。
けれど…聞き覚えの無い筈の声なのに、何処か一瞬、懐かしさを感じたのは何故だろう。
だからこそ、この場から逃げ出せないのか。
レネード自身、本能がこう告げているのかもしれない──失われた記憶を取り戻すきっかけが、そこにあるのではないかと。
息を飲み、小さく息を吐いてから意を決したようにゆっくりと背後を顧みるレネード。
彼女の視界に映り込む、一つの影。
年齢は20代半ばか後半ぐらいだろうか、すっきりした顔立ちの所謂眉目秀麗、といった出で立ちの青年であった。
ローブを着込んでいる事から、彼が魔術師である事を示唆していた。
そして、その人物の最も目を引く所と言えば、その双眸であろうか。
一見涼しげで冷淡そうに見えて、瞳の奥に煮え滾るような静かな炎を湛えていて。
双眸に宿した光は、何物にも揺るがぬ強さと同時に狂気に歪む力をも持ち合わせており、そのアンバランスさが何処となく彼に不気味な印象を与えていた。
レネードの瞳は彼を映し出すばかりで、視線を逸らそうとも何故かその場に磔になってしまったかのように視線をずらす事が出来ない。
言葉を紡ぐ事さえ忘れてしまったかのように瞠目したままその場に立ち尽くすばかりのレネードに、青年はさらに言葉を続ける。
「…此処まで来るのに、10年の月日を費やしてしまった…。だが、君の事は1日たりとも忘れた事は無かった。ようやく、私は全てを揃える事が出来た…君を迎えに来たのだ」
「……? ど、どういう事…? 一体、貴方は誰なの…? ねぇ、貴方はあたしの事知ってるの…?」
ゆっくりと一歩ずつ、噛み締めるように距離を縮める魔術師の青年。
一方、記憶を無くしているレネードにとって彼は全くの初対面の相手としか思えず、目を白黒させながら茫然とするばかり。
だが、彼の口振りからしてレネードの事を何かしら知っているのは明白。
記憶を辿る手掛かりになれば、と魔術師の青年に向き直った。
「何でもいいの、あたしについて何か知ってる事があったら教えて…!」
「……、それはいずれ分かる事だ…。今の君に説明する必要性は感じられない」
「それ、どういう意味よ…?」
此処でようやく、レネードは一つの事実に気付く事となる。
レネードを見つめる青年の双眸は、彼女を見ているようで実は全く見ていないのだ。
彼女を突き抜け、その先にある何かを見つめているような、奇妙な眼差し。
それをいち早く察したレネードだからこそ、反射的に青年を拒絶する形となってしまう。
一緒に行こうと言わんばかりに差し出した青年の手を、咄嗟に拒んで数歩後ずさるレネード。
キッと鋭い視線で睨み付けるレネードに対し、青年は衝撃と存外さが入り混じった表情を浮かべた。




