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煌天の蒼月 第1部  作者: 天空朱雀
第5章 蒼月の日
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第4話

「あ~、今日は本当に疲れた…」


騎士団の駐屯所にて、ぐったりと壁にもたれ掛るのはシノアだ。

あれから、医務室を後にしたシノアはセオと共に隊に復帰すれば、一応負傷中と言う為激務に任命されるものはなかったものの、慣れない作業に戸惑うばかり。

故に、シノアは1日こうして騎士として奔走しただけでぐったりしているようだ。


「よぅシノア、乙ー。怪我の具合はどうよ、大丈夫か? ……ぶっちゃけるとさ、今まで…シノアってガチで男なのか? って気になってたんだけどさ…でも、さっき着替えてんの見てンな訳ねぇよな~って確信したよ。いや~あんなソース見せつけられたら、そりゃ疑いようがないもんな」


「あ…いや、元々怪我も大した事ないしもう大丈夫だよ。…え、そうだったのかよ? ぼ…じゃなかったオレとしても疑いが晴れて良かったぜ。大体、オレが女な訳ないだろー?」


いきなり背後から声を掛けられた上にがしっと肩を組まれてしまったせいで驚きのあまり口から心臓が出そうになるものの、何とか平静を取り戻して改めて背後に向き直るシノア。

彼の推測通り、声の主はキーゼで何かとユトナを女ではないかと疑っていた人物だ。

うっかり普段の口調が零れそうになるのを必死に堪えつつ、努めて平静を装いながらユトナに成り切る。

若干わざとらしい且つ棒読みになってしまっている感は否めないが、どうやらキーゼには感付かれなかったようだ。


「まぁでも、お前には期待してんだぜ? 剣の腕もすげぇし、力はあんまねぇけどすばしっこくてなかなかお前の動き捉えらんないもんな」


「あ、あはは…一応ありがとう」


肩をばしばし叩きながら、豪快にそう言ってのけるキーゼ。

一方、自分の事を誉められたわけでもない為、どう反応していいか分からずとりあえず愛想笑いを浮かべるシノア。


けれど、ユトナの存在も実力もこうして一目置かれて、こうして騎士として生きているユトナの姿を今まで見る事は叶わなかったから。

自分の知らない彼女のもう一つの側面を垣間見たような気がして、何とも言えない気持ちが胸を満たしてゆく。


そんな事をぼんやり思いながらも、ずっしり肩にのしかかる疲労感。

慣れない騎士としての任務に追われ、通常の数倍は疲労が蓄積しているのだろう。

剣の腕も力もまるで無いシノアにとっては、騎士の任務は重労働に他ならないのだから。


そして何より、自分とは真逆な性格のユトナを演じなくてはならない、というのもシノアが思っている以上に負荷を与えてしまっているようであった。


…と、そこで何か思い出したらしいキーゼが突如話題を切り替えてきた。


「…あ、そーだそーだ、伝言託ってきてたんだ。えーっと確か…宮廷魔術師がお前の事探してたぜ。何でも、この前魔耀石が暴走した事件の事で、何か聞きたい事があるとか何とか」


「え、僕に…? 分かった、教えてくれてありがとう」


自分を指差しながらきょとんと首を傾げるシノア。

それでも自分──というより、本来ならばユトナなのかもしれないが──が呼ばれているのならば、無視する訳にも行くまい。


それに、魔耀石の件と言えばユトナがいきなり暴走しその理由も未だはっきりしておらず。

もし、その宮廷魔術師とやらが新事実を突き止めたとなれば、話を聞かない筈が無かろう。


シノアは同僚に軽く礼をすれば、その場を駆け出した。

宮廷魔術師が待っていると言われた場所へと一目散へ歩を進める。


「えーっと確かこっちだったかな…? それにしても、何か人気なくて不気味な所だなぁ…。わざわざこんな所に呼び出さなくてもいいのに」


キョロキョロと辺りを見渡しながら、指定された場所へと向かうシノア。

彼の呟きの通り、此処は城の敷地内と言えど人の往来はほとんどなく、何処か鬱蒼とした寂しげな場所であった。


「確か此処だった筈だけど…あれ? 誰もいないや…」


ようやく指定の場所まで辿り着いたものの、そこには宮廷魔術師どころか人っ子1人いない状況。

はて、と首を傾げながらも1人ぽつんと待つ事にしたシノアであるが、こんな物寂しい場所で1人待つというのもなかなか堪えるものだ。


しかし、暫く待ったものの一向に現れる気配は無く。

いい加減痺れを切らしたシノアは同僚が何か伝え損ねたのか、そもそも宮廷魔術師自体が自分をからかったのか…そう判断したようだ。


「もう…誰も来ないじゃん。もう帰ろうっと」


むぅ、とむくれて不機嫌そうな表情を浮かべたシノアはその場から立ち去ろうとした…のだが。

予想だにしない危機がすぐ目の前まで迫り来ている事に、シノアが気づける筈も無く。


突如シノアに絡みつくように辺りに現れる、白い霧。

それはあっという間にシノアを飲み込んで、彼の視界を完全に遮ってしまった。


「……!? ちょ…な、何なのコレ?」


シノアもすぐさま異常事態と察知したのだろう、焦りと不安に支配された顔をぶらさげながら必死に辺りを見渡して状況を把握しようとする。

両手をばたつかせて霧を払いのけようとするも、そんな事で霧が晴れる訳も無かった。


次第に意識が遠ざかり始め、視界がだんだんと薄れてゆく。

頭を抱えながら何とか意識を引き戻そうと足掻くも、まるで頭に靄がかかってしまったようにぼんやりするばかり。


「なん…で、こん…な……」


呟きも最後まで放たれる事は無く、視界に真っ黒なカーテンが上からサッと下ろされてしまったようで。

抗う事も叶わずに意識を手放したシノアは、その場に力なく崩れ落ちる。


シノアがピクリとも動かなくなったのを確認するかのように暫しの沈黙が流れ、暫くしてゆらりと姿を現す一つの影。

その影の口元は狂気に歪み、不気味ささえ纏っていた。

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