第3話
「…ん? ああ、そうだな。では、お大事に…セオ、シノアの事は頼んだぞ」
「うん、シノアが俺が見てるから、2人は早いところ戻っててくれよ」
セオがにっこりと笑って2人を見送れば、2人は小さく会釈した後医務室を後にした。
その場に残されたのはセオとユトナばかり。
キーゼ達の姿が見えなくなるなり、ユトナは張り詰めた緊張の糸がぷつりと切れたようにへなへなとテーブルにもたれかかった。
「ふぅ、良かったぁ…。セオ、上手く行ったよね?」
「うん、大丈夫だと思うよ。あそこまですれば、流石に男だと思う筈だよ。…それにしても、シノアもお疲れ様。頑張ってたじゃないか、ユトナのフリ」
「そ、そうかなぁ…? ユトナとは顔は似てるけど、性格は全然違うから成り済ますの結構大変だったよ」
セオは事情を知っているため、わざわざ成り済ましている名で呼ぶことはない。
だとすれば、此処にいるのは正真正銘、シノアその人である。
だからこそ、体格も男性そのものであったのだろう。
それもその筈、シノアは嘘偽りなく男性なのだから。
「セオもありがとう、協力してくれて。ちょっと強引な気もしたけど…大丈夫だったかな?」
「いいってそんな、2人の事情は知ってるし、このくらいなら幾らでも協力するさ。もし、ユトナが女の子だってバレたら、それこそ騎士団を揺るがす大事件になっちゃうだろうしな。それに、確かにちょっと強引な感じはしたけど、一番分かりやすかったんじゃないかな」
一気に疲労が肩にのしかかってきたのか、もうやってらんねぇと言わんばかりに深々と溜め息を零すシノア。
「…でも、幾らごまかすためとはいえ、仮病はまずかったかな…?」
済まなさそうに肩を竦めるシノアの言葉の通り、本当はシノアは怪我一つしていない。
だが、何の理由もないのにいきなり上半身裸になるのは幾ら何でも違和感がありすぎるし、怪我しているという口実があれば前線を任される心配もない故に戦うすべを持たないシノアにとっては願ったり叶ったりだ。
「う~ん…流石に隊長にばれたら大目玉だろうけど…何とか誤魔化せば大丈夫…だといいな」
仮病を使うとは何事だ、と烈火の如く怒り狂うマディックの姿が脳裏に浮かび、思わず顔を引きつらせるセオ。
やれやれ、と肺の奥に溜まった息を吐きだしながら、シノアは改めて双子の片割れの事を思い浮べる。
「全くもう…ユトナのせいでこっちはいい迷惑だよ。いつも振り回されて貧乏くじ引かされるのは僕なんだから」
「あはは…シノアも大変だよな、兄弟がユトナじゃ…」
最早哀れみにも近い眼差しを送るセオ。
シノアは胃がずっしりと重くなるのを感じつつ、先程のキーゼやネクト、騎士団の風景がふと脳裏を過る。
「…でも、ユトナは騎士団の中でちゃんと居場所を作って…心配してくれる人もいて…。だから、ユトナの居場所を壊したくないんだ。その為の協力なら…まぁ、面倒は面倒だけど出来るだけしたいなって」
そう呟くシノアの双眸は優しく、日溜まりのような温かさに溢れていて。
誰にも入り込めないような、見えない絆で2人が結ばれているような気がして、セオは何処か微笑ましい気持ちになった。
「…何だかんだで、ユトナには甘いんだな、シノアは」
「い、いや別に、そんなんじゃ……っくしゅん! うー冷えてきたかも…。もう上着着て大丈夫だよね」
何となく認めたくなくて、そっぽを向いて否定するシノアであるが、ふと寒気を感じて盛大にくしゃみを一つ。
流石に、暫く上着を着ていない状態では身体が冷えても無理はないだろう。
とりあえず疑いも晴れたし大丈夫だろうと、シノアはいそいそと着替えを始めた。